390.捜索開始
その後アニムス家の屋敷が半壊し、ラティーヌが消えていたことは周知となった。
メレフィニスの泣き腫らした顔を見て、王子王女達は事情を察したが……情報だけを掴んでいた貴族達は震え上がる。
ベルナーズ家とアニムス家が手を組んでも、武力制圧できない個。
二つの名家が辿った末路は第二王女メレフィニスが健在であることを示し、ベルナーズ家に協力しなかった自分達の判断に胸を撫で下ろすこととなった。
公爵家の番犬が不在でも、番犬より恐ろしい虎の機嫌を損ねる者はいない。
「あら、どうしたのセルドラ様?」
「はぁああああ……!」
全てを終わらせたメレフィニスはセルドラと共に公爵領へと戻っていた。
帰ってくるなり、セルドラが大きなため息をついた理由は……。
「おお、戻ったということは解決か。ご苦労だったなセルドラ」
「生きてるのかよ!!」
屋敷で普通に過ごしているラジェストラを見つけたからだった。
謁見の間で訃報を聞いたセルドラがどんな気持ちだったかを思えば、苛立ち交じりの大声も仕方ない。
「メレフィニス殿と話し合ってな、俺は死んだほうが都合いいだろうと」
「ええ、完璧でしたわ」
「何!? メレフィニス殿は知っていたのか!?」
非難の目がメレフィニスに向けられる。
メレフィニスは悪びれもなく、にこっと笑顔を見せた。
「ええ、もちろん」
「そうか……人はこういう時に殺意を抱くんだな……!」
人を虜にする笑顔も、父の死を本気で悲しんだ今のセルドラにとっては煽りにしか見えない。
つい拳を作るも、父が無事という安堵が後から襲ってきたのか、セルドラの肩の力が抜けた。
「ちょっと待て。俺だけか!? ルイ、貴様は知っていたのか!?」
「知りませんでしたが、ラジェストラ様かメレフィニス様の策だろうなとは……前にカナタ様が似たようなことやってましたので……」
「お、勘がいいな。流石はカナタの専属使用人」
「恐れ入ります」
つまり、結果的にはラジェストラの訃報を信じていたのはセルドラだけ。
本気で悲しんでいたセルドラからすれば、納得いかないのも当然と言えよう。
「セルドラの貴族としての弱点は、家族に重きを置きすぎるところだ……だから今回はそれを利用させてもらおうと思ってな」
「必要だったのはラジェストラ様が本当に亡くなったという説得力。公爵家が動けず、その場にいたベルナーズ家だけに派兵させるべきという状況を作るのが重要だった。ベルナーズ家もセルドラ様の様子を見て、ラジェストラ様の訃報が策の一つという可能性を無意識に排除していたわ……あそこまでとんとん拍子でうまくいったのはセルドラ様のおかげでもあるのよ」
「おだてているようだが、除け者にされた怒りとはちっとも吊り合わんからな!」
と言いつつも、先に知らされていたら、呆然とした演技などできなかっただろうともセルドラは思う。
自分の貴族としての弱みを利用されたのは腹立たしく、情けなくもあるが、それがラジェストラとメレフィニスの二人にとって最善であるというのも理解できた。
……それとは別に、自分がまだまだ未熟であることを突き付けられたようで落胆は隠せない。
そんなセルドラを見て、ラジェストラは声を掛ける。
「セルドラ、家族を想いすぎるその情は貴族としてのお前の弱点だ……未確認の情報で呆けるなどあってはならない。与えられた情報を鵜呑みにしすぎるのも視野が狭いぞ」
「どうせ俺は甘っちょろい若造ですよ……」
「だがそのようなお前だからこそ、公爵家の次期当主に相応しい。金や権力よりも情を取るお前だからこそだ。その情を民や屋敷の人間を守るために使え。そうすればいい当主になれるだろう」
珍しい父の言葉に、セルドラは年甲斐もなく口元が緩む。
弱点だと思っていたものを美点と言われるのは、悪い気がしない。
「メレフィニス殿も、ありがとう。メレフィニス殿の強さなら心配はないと思っていたが……まさか本当に全て計画通り終わらせるとは流石の手腕だ」
「公爵も無事でなにより。本当に死んじゃってたら、ルミナに顔向けできないもの」
メレフィニスとラジェストラは軽く握手をする。
今回の計画を完全に共有していた者同士、いわば戦友のようなものだ。
それもこれも、全てはこれからやることを邪魔されないため。
「これで、ルミナとカナタの捜索に入れる。メレフィニス殿の疑いが晴れ、公爵家が悪意に晒されていたという事実は王族も共有することになるだろう。トラルリヒに対する疑いはまだ晴れないだろうが、少なくともメレフィニス殿の共謀は否定された。これならば外交として情報を仕入れることができるし、協力も取り付けられる」
「ええ、早く聖女に接触して情報を手に入れないと……それに、捜索のための実働部隊をどうするかも……」
「あー……そのことなんだがな、メレフィニス殿。実は……」
「……? なにかしら?」
珍しく歯切れの悪いラジェストラに、メレフィニスは怪訝な表情を浮かべる。
その時、執務室の扉が勢いよく開いた。
「公爵! 第二王女が帰ってきたというのは本当か!」
「え……!?」
「うお!?」
「ふぅー……まぁ、こういうことなのだメレフィニス殿……」
貴族とは思えないマナーのなさ、そして足や胸元が思い切り見える着崩した着物。
よく言えば艶やかだが、淑女にしては豪快すぎる女性が飛び込んできた。
瞳は赤いが、その黒い髪はカナタと長く会えていないメレフィニスにカナタを連想させる。
「ほほう、目の下が赤いな第二王女。意外にセンチな女だったとは、私の目も節穴だ」
「第三位のマドカ……!? 何故、公爵領に……?」
予想外の人物が公爵領に来訪していることにメレフィニスは動揺する。
確かに手紙で要求はしたが、直接来るのは流石に予想していない。
メレフィニスは説明を求めるように、ラジェストラに視線を送る。
「マドカ殿は、南部からわざわざ公爵領に志願しにきてくれたのだ。二人が帰ってくる三日前には到着して、滞在していただいている」
「志願……? 一体何の……?」
「おいおい、決まっているだろう第二王女」
戸惑うメレフィニスの肩に、マドカが手を回す。
ラジェストラは訝しむようにマドカを見ながら、続ける。
「現在行方不明中であるカナタ・カレジャス伯爵とその夫人ルミナの捜索に、ありがたくも宮廷魔術師第三位である彼女……マドカ・セルオーニ殿が協力してくれるとのことだ」
「はぁ!?」
「!?」
「ははははは! 大船に乗った気でいるんだね!!」
セルドラは理解できないと言いたげな声を上げ、メレフィニスは目を剥く。
マドカはこの場に感じる警戒に対して、豪快な笑みで返していた。




