388.闇を踏む夜天
部屋に人形が雪崩れ込む。
同時に、ラティーヌは吠えた。
「『血塗れにならない綺麗な手』」
ラティーヌの両手から不可視の魔力糸が全ての人形に伸びる。
メレフィニスに似せて作られた悪趣味な人形が呼応する。それはまるで母に従う娘を求めたラティーヌの願望のよう。
しかし、魔術師としては絶技に近い。
ただでさえ人に近い動きを見せる人形に、魔力糸を繋げることでさらに精度を上げる。
「お母さんの言う通り」
「お母さんが好きよ」
「お母さん愛してるわ」
「だって、私はお母さんの娘だもの」
カタコトだった声も、魔力糸が繋がったことで滑らかな声へと変わる。
入ってきた十九体の人形は壁を這い、メレフィニスを包囲するように動く。
そんな人間らしからぬ動きがなければ人間と間違ってもおかしくないくらいだ。
精巧に作られたからこそ、人形ならではの動きが不気味に見える。
人形のままなら許容できていた違和感が人形の完成度を物語っていた。
「悪趣味ね、これがあなたの言ってほしい言葉なのかしら?」
「いいえ、あなたが言うべき言葉を並べてあげているの。文字を覚える時みたいに」
押しつけがましい欲望だが、その欲が魔術を昇華させている。
自分の声に囲まれているメレフィニスを人形が囲った。
「!!」
シャンデリアが落ちて、飛び散った水晶を人形が踏んだ。
その音にメレフィニスが反応した瞬間――壁を這っていた人形がメレフィニス向けて襲い掛かる。
先程までの人形のように、考えなしに飛び込むのではない。
ラティーヌが操るからこそ、人の間隙を狙う人間らしいやり口。
人形のスペックに人の思考と魔力が合わさって、今までの人形よりも武器の生成も速い。
人形の腕が枝分かれして、魔力の刃が何枚もメレフィニスに振り下ろされる。
「『咲き誇れ夜よ』」
響く金属音。メレフィニスの防御魔術が刃を弾く。
振り向きざまに黒剣を横に薙ぐ。
飛び掛かってきた人形は横腹が削られる。両断はできない。
今までにはない人形の硬さはやはりラティーヌ自身と接続しているためか。
「あなたにそっぽを向かれてから、私は魔術を磨いたわ。来る日も来る日も」
メレフィニスは展開させた花形の防御魔術を手に構え、人形達を迎撃する。
襲い掛かる人形達はどれもメレフィニスの得意魔術である『踊れ婀娜の夜に』の黒剣では両断できないほど固く、攻撃をいなしているが倒すまでいかない。
人形の間から見えるラティーヌが浮かべる笑みはあまりに憎たらしい。
「あなたが生まれるまで私が縋ったのは魔術だった。だからもう一度縋り直したの。今度こそ理想のあなたを得るために」
「っ……!」
「婚姻は政略でも子を愛する私の心は政略にない感情……あなたへの愛を基に前とは別の形で私の魔術が研ぎ澄まされていくのを感じたわ……!」
第三域の魔術でも破壊できない人形達はその言葉が真実である証明だった。
持ち前の硬度とラティーヌの魔力が合わさって、疑似的な魔術耐性を獲得した人形は騎士団よりも遥かに厄介。
メレフィニスの魔術に耐える人形など、どこを探してもいないだろう。
「お母さんが好き」
「お母さん愛している」
「王にならないと」
「っ……! 私が言わないような言葉を並べて……!」
自分の声で囁かれる不快感が全身に走る。
メレフィニスは次々に襲い掛かってくる人形の猛攻を何とか防ぎきっていたが、いつまでもというわけにはいかない。
動揺が隙を作ったか、人形の刃でメレフィニスのドレスが破かれ、柔肌を掠った。
はためくように乱れる髪と、白い肌から流れる赤い血。
そんなメレフィニスを見て、ラティーヌは恍惚の表情を浮かべる。
人形としか接しいないがゆえに、生身の人間を傷付ける時の嗜虐性。
しかもそれが愛してやまない自分の娘とあらば。
同時に、人形の魔力も上がる。使い手の精神に呼応して。
「愛しているわメレフィニス……愛しているから、私の理想を着て生きなさい」
天井から、壁から、床から人形が一斉に襲い掛かる。
ラティーヌは指を動かすだけでいい。
不死である人形は決して手を緩めない。恐怖しない。
「……『星探しの乙女』」
――だからこそ、壁を越えられない。
「……!?」
メレフィニスの魔術で、首のない女の巨体がメレフィニスを抱き締めるようにして人形の攻撃から防ぐ。
巨大な魔力の塊に人形の攻撃が突き刺さり、一瞬……人形の動きが止まった。
「“膨張”。『飢える夜禽の羽搏き』」
その一瞬を狙って、メレフィニスは自身が持つもう一つの得意魔術を唱える。
魔力の光と同時に放たれるのは不可視の斬撃。
一瞬、動きが止まった人形達はメレフィニスが放った四つの斬撃に両断された。
「え……?」
「私の顔で、かさかさする虫みたいな動きしないでほしいわ」
ラティーヌは一瞬で引っくり返された戦況に目を剥く。
今までメレフィニスを一方的に押していた人形達があっという間に両断された光景は現実を疑わせる。
それどころか、メレフィニスの斬撃は部屋の壁まで両断していて、鈍い音と共に壁が崩れ落ちていった。
壁が屋敷の外に落ちていって、部屋には星と月の明かりが降り注ぐ。
まるで舞台の主役を示すかのように、メレフィニスを照らしていた。
「確かにそこらの第三域なら、魔術耐性のある人形はお手上げでしょうけど……私を誰だと思っていて?」
「ありえ……ない……」
「ヘルメスですら警戒していた私の魔術が、第四域から落ちたままのあなたが超えられるわけないでしょう? そりゃ硬いけれど、加筆詠唱をする隙さえ作れば突破できる程度だわ」
メレフィニスは服をぱんぱんと叩きながら、嘲るように笑った。
「まるで、あなたが恐がっていることを表したかのような人形ね」
「何を……」
メレフィニスの背後で、上半身だけになった人形がゆっくり動く。
ラティーヌが指をくいっと動かすと、上半身だけでメレフィニスの背中に襲い掛かった。
「え……」
だがメレフィニスが手の黒剣を空中で振ると、人形は途中で止まる。
まるで動力を失ったかのように、地面に落ちた。まだ蠢いてはいるが、襲い掛かるような力は残っていない。
「これだけ明るければ、黒い魔力糸も見えるに決まっているわ」
「!!」
メレフィニスが斬ったのは、ラティーヌの指に残っていた最後の魔力糸。
使い手と繋がっていなければ、いかにラティーヌの人形といえど先程のような鋭く、精巧な動きはできない。
壁が斬られて暗闇の中に魔力糸を隠せなくなり、自慢の耐久性すら正面から破壊されて、ラティーヌの魔術は完全に攻略された。
「第四域から落ちたのが、恐かったのねラティーヌ」
「何を……言っているの……?」
「結婚して、私を産んで、私に王になるように言っていたのも……王の母になりたかったのも……力を失った自分を守ってくれる何かが欲しかったから……」
「違う……違うわ……。私は……」
「だから、私にそっくりな人形を作ったのね。誰もが恐れる私を模した人形に囲まれて、人形を飛び切り硬くして……その人形の後ろにいる自分が傷つかないように」
皮肉にもこの瞬間、二人の視線がぴたりと合った。
絶対に理解できないと思っていた母が隠していた、あまりに普通の弱さをメレフィニスは見つけてしまう。
歪な精神に至ったきっかけは恐らく普通の人間が抱く恐れ……常識外の力を持つ第四域から、常識内の第三域に落ちた不安。
母と向き合うことを決めたメレフィニスはようやく、母の本当の声を見つけた。
「やっぱり親子ではあるのね、私達……似ているわ」
自分が、カナタにそうしてもらったように。
「似ている? 同じでしょう?」
ラティーヌの目はいつの間にか、焦点が合うようになっていた。
自分の奥底にあった不安を娘に見抜かれたからか、声が震えている。
「あなたも第三域に落ちたのでしょう? そうよ、私もそうだった……。嫁いでから“術式の解釈”がどうしても……取り戻せなくて……。もう自分にとっての魔術が何だったのかがわからなくなって! 仮想領域を、自分の世界を失ったわ!!」
「……」
「それなのに、あなたは私から離れていく。理想から離れていく。私を王の母にもしてくれない……第二王女らしく、もっと他の兄弟を殺さないといけないのに……あんな子供の下に嫁ぐだなんて……。でもあなたは最後に帰ってきてくれた! 今はほんの少し喧嘩をしているけれど! わかってくれたのよね!! お母さんの苦しみを!!」
ラティーヌは髪を掻き毟りながら、身勝手な欲望を叫ぶ。
首は曲がってはいけない方向に動き、関節もどこか妙に動いて……それはメレフィニスがさっき人形に抱いた不気味は違和感と同じだった。
メレフィニスは、ラティーヌが自分の体の一部を人形に変えていることに気付く。
確かにアニムス家の財力とラティーヌの才能が合わされば可能だろうが、第四域から落ちた不安は人にそこまでさせるのか。
「やっぱり私達は似ているんじゃなくて同じなんだわ可愛い娘!! 家族だもの!! 娘だもの! 私はあなたの母だもの!!」
そんなラティーヌの叫びに、メレフィニスはため息で返した。
「私は、あなたの生き写しではないわ」
「私の……カワイイ……」
メレフィニスはラティーブの叫びを、短く一蹴する。
「だから、似ていると言ったのよ。似ているというのは、同じではないということ。私も“術式の解釈”を失って第四域から落ちたけれど……あなたのようには腐ったわけじゃない」
「違うわ……だって私達はぁ!!」
ラティーヌの瞳が魔力で輝き、腕には魔道具のように術式の線が走る。
絶叫と共に襲い掛かるその姿を、メレフィニスは静かに見つめていた。
「自分の中に生まれた、新しいものを見つめたのよ」
狂気の矛を向けられながらも静謐に。
その表情には一切の恐怖はなく。
戴冠式に等しい荘厳さで、その声は夜に響いた。
「――【闇を踏む夜天】」
第四域の幕を上げる鐘の音のように。




