387.過去を振り切った……?
(流石に、有象無象とは違うわね)
道中に遭遇した魔法使いは第三域になっただけの連中ばかりだった。
しかし目の前の女は違う。かつて第四域に到達した壁を越えたことのある魔術師。
メレフィニスの魔術の剣を人形の腕一本で防いでいる点からもその実力の高さが窺える。
その才能は血の繋がりを感じられずにはいられない。
「“起動”」
「!!」
ラティーヌが魔術を起動させる呪文を唱えた瞬間、屋敷中から音がする。
部屋で立っているだけだった人形も動き出した。
給仕や世話をしていたメレフィニス人形は、使い手であるラティーヌの命令で戦闘用の殺戮人形に変わる。
部屋にいた人形達がメレフィニスに飛び掛かるが、
「けれど、数で私を倒せるとでも?」
メレフィニスは垂直に飛び、天井のシャンデリアを掴んでぶら下がる。
「『月無烏乃宴』」
メレフィニスの魔術で現れるのは無数に広がる剣の群れ。
襲い掛かってきた人形狙って部屋を飛び交い、人形を串刺しにしていく。
ラティーヌは察していたからか、壁の陰に隠れて飛んでくる剣を防ぐ。
そして同時に、屋敷中から駆け付けた人形がメレフィニスのほうを見て群がってきた。
「逃げ場はないわよ可愛い娘」
「逃げないためにここに来たのよ」
人形遣いの人形は、操作範囲内なら使い手の意思で自由に動く。
道中で襲い掛かってきた人形達はメレフィニスを捕まえる、他の人間は口封じで殺す、などの命令で動いていたため細かい動きはできなかったが、今は違う。
人形達は上に見えるメレフィニスを捕まえるべく、人形同士で連携し合って踏み台になる人形とその踏み台を上る人形で分かれた。
着々とこちらに近付いてくる人形達を見て、メレフィニスは口角を上げる。
「ふふ、家に未練がないってのもやりやすいわね」
「まさか……」
メレフィニスは手に持つ黒剣でシャンデリアを吊っている縄を切り裂いた。
天井に釣られていたシャンデリアは揺れと共に、水晶がぶつかりながら落下する。
貴族らしい見栄が見え隠れする巨大なシャンデリアの重量は、上ってこようとしていた人形達を下敷きにしながら、轟音と共に砕け散った。
メレフィニスは地面に衝突する直前に跳び、黒のヴェールをはためかせる。
「『冥闇の邪手』!」
メレフィニスの右腕から伸びる複数の黒い腕が、ラティーヌに向かって伸びる。
今ラティーヌの周囲に彼女を守る人形はいない。全てシャンデリアの下敷きだ。
シャンデリアの明かりが消えて暗くなった部屋が、メレフィニスの魔術を隠す。
「『滑稽な惨劇』」
「!?」
ラティーヌは唱えながら、指をごきごき、と鳴らした。
瞬間、メレフィニスは右腕から感じる魔術の感覚が乱れるのを感じる。
気付いた時には、ラティーヌに向かっていたはずの黒い腕が反転してメレフィニスに向かってきていた。
「なるほど、人形遣い……」
普通なら慌てるかもしれないが、メレフィニスの目は術式を見ることができる。
ラティーヌの魔術に見えた術式から、慌てるどころかむしろ納得して、コントロールを奪われた自分の魔術を手に持つ黒剣で切り落とした。
「パペティアは魔術によって人形を操るエキスパート。言うなれば操作系魔術に特化した魔術師よ……いくらあなたでも、私より操作系魔術が秀でているわけはないわ。お母さん……これでも、昔は凄かったのよ」
「舐めていたわけではないけれど……面倒ね」
宮廷魔術師第四位。それがラティーヌに持っていた元々の肩書き。
今でいえばオルフェと同格の使い手だ。第四域からは文字通り格が違う。
壁を越えた者にしかわからない、魔術に対する認識の差。
第三域よりも魔術の深奥に踏み込んだ感覚が、常識外の魔術を行使させる。
第四域から落ちても、当時積み上げていた魔術の腕前は健在。
ラティーヌ固有の魔術が、メレフィニスにやりにくさを感じさせる。
「アニムス家は昔から魔術の才能に秀でた由緒ある家柄……私は当然、その血に受け継がれてきた才能を持ったわ。そして、私の血が流れるあなたにも。あなたと私、互いの魔術が拮抗しているのがわかるでしょう?」
「……」
「それは、同じ血を持って生まれた家族だから……そんなあなたを私は愛している。愛しているけれど、あなたは王女らしく生きようとしないから仕方ないわよね。でも安心してちょうだい。本物に成り代わった人形の素行を見れば、あなたもどうすればよかったのか気付くはずよ。王女らしくするっていうのは、こういうことをすればいいんだって、ね」
ラティーヌは落ち着かない様子で、早口ながらメレフィニスに語り掛ける。
メレフィニスは無表情で母の言葉を聞いていた。
「私達のこの才能こそが、私達が家族である証であり繋がり。そしてあなたは私以上の才能を持つ王になるべき娘だった……いいえ、娘なの。だから私は今度こそ、本物の娘を作るのよ。あの日失った家族を取り戻すの」
「……ふ……」
「あなただってお母さんが……なに?」
無表情だったメレフィニスの顔が笑いをこらえるように崩れて、ラティーヌは首を傾げる。
「く……くふふ……! あははははは!!」
次の瞬間、メレフィニスは大声で笑い声をあげた。
ラティーヌにはメレフィニスが何故笑っているのかわからない。
「同じ血? 才能こそが繋がり? あはははは! 笑わせてくれるわねラティーヌ……下手な人形劇は滑稽に見えるらしいけれど、本当にその通りね」
メレフィニスは自分の胸に手を当てる。
「才能こそが繋がり? 同じ血? 家族? 悪いけれど、家族ならもういるの」
「嘘よ。あなたには陛下と私しかいない」
「才能は、私が現実を否定したくてもがいた結果。そして血の繋がりは私に家族をくれなかった……誰でもない私が一番わかっていること」
家族らしい団欒は確かにあった。だがそれは第二王女に指定された時に奪われた。
呼ばれなくなった自分の名前と共に、メレフィニスは家族を失ったのだ。
失ったからこそ先程は期待してしまった。かつて奪われたものが戻ってくるんじゃないかと期待して。
「私の家族になってくれたのは、私を救ってくれたカナタと私を受け入れてくれたルミナ……第二王女が欲しかったあなたじゃない」
けれどやはり家族と聞いて思い浮かぶのは新しい家族達。
もう、ここにはいないカナタやルミナの顔、そして領地に住む臣下達の顔。
目の前にいる、母親だった人じゃない。
メレフィニスは改めて黒剣を構える。
ラティーヌが呼び出したのか、追加の人形が部屋に飛び込んできた。
「人形遊びなら、子供の頃にしたかったなぁ……」
自分が無意識に呟いていたことに、メレフィニスは気付いていなかった。




