385.向き合うために
「完璧なタイミングでしたわ。ファーミトンお兄様」
「そうだろう? こそこそと機を見計らうのは新鮮だったぞ」
謁見が終わり、日も傾いた頃……メレフィニスは第一王子の離宮に招かれていた。
同席しているのはファーミトンとリュシオル、メリーベル。
今回の一件でメレフィニスに協力した王子王女が集っている。
「リュシオルお姉様もメリーベルも、ありがとう。私が弱体化したという噂はしっかり広がっていたみたいで助かったわ」
「とはいっても、メリーベルの話とお茶会してただから協力したって感じはあんまりしなくて……」
「わたくしはとーっても協力しましたわよメレフィニスお姉様!」
誇らしげに胸を張るメリーベル。
メレフィニスはファーミトンにちらっと目配せをする。
「本当だ。ケネス王弟の反乱以降、陛下の立ち位置は難しい。あれだけ内政に関わっていた男が反乱を起こしたことで貴族達は懐疑的になり、心も離れかけている……貴族達に餌を与え、いい顔をしなければいけないこの時期に、ベルナーズ家の要求をのらりくらりと躱し続けるのは理屈に合わない。そんな中メリーベルは空気の読めない妨害で話の進行を妨げていた」
「お兄様、何か一言多くありませんこと?」
「そう……メリーベル」
「何ですの? メレ――」
呼ばれて見ると、手招きしているメレフィニスに一瞬メリーベルは身構える。
それでもメリーベルは立ち上がり、メレフィニスの隣に座った。
座ったメリーベルにメレフィニスが手を伸ばすと、メリーベルは過去の記憶からかぎゅっと目を瞑る。
「ありがとう、あなたがいてくれてよかったわ」
「――」
メレフィニスが手を伸ばした先は、メリーベルの頭だった。
感謝と共にメレフィニスはメリーベルの頭を撫でる。
年齢を考えれば、子供扱いしないで、と跳ね除けたいところだが……メリーベルは逆にメレフィニスのドレスをぎゅっと掴んだ。
生きる世界が違うとまで考えていた姉からの温もりは、どんな宝石よりも得難い。
子供扱いされるこの時間があまりにもったいなくて、例え自慢の縦ロールが崩れたとしても今はよかった。
「あ、当たり前ですわ! だって、わたくしはお姉様の妹ですのよ!?」
「ええと……。撫でるって……こんな感じで、いいのかしら?」
「ええ! ええ! もっともっと! わたくしを撫でて下さいませお姉様!」
かつて恐怖の象徴でしかなかった姉に向けられる柔和な笑顔。
決して、恐くなくなったわけじゃない。
それでも、この人はもう自分を恐がらせるようなことはしないのだと理解して、メリーベルは涙ぐんだ顔をメレフィニスの胸に埋めた。
「メレフィニス。念のため問うが、二国の動きは本当に問題ないんだな?」
ファーミトンの懸念は、シャーメリアンとフランダラスクのことだろう。
メレフィニスの仕込みと理解した上で話に乗ったが、詳細はわからない。
「ええ、シャーメリアンはカナタが持つ密偵のコネだし、フランダラスクのほうは宮廷魔術師に協力を仰いだ見せかけよ。あの人なら船を何隻か拿捕しているだろうって思ってね」
「今回の一件と並行して国外の問題をでっちあげ、登城したベルナーズ家を半強制的に従わせる口実を作るとは……何ともスケールの大きなハリボテだ」
「せっかくカナタの敵を炙り出せたんだもの。徹底的にやらないと」
「それにしても、お前が我々を頼るとは思わなかったぞ。どんな心境の変化だ?」
ファーミトンに言われて、メレフィニスは天井を見上げる。
「……私ね、カナタに救われて……私を見てくれるのはカナタだけだと思っていたの。牢獄にいる時もね」
見上げた先は天井か、それとも今は行方の知らない誰かか。
「でも、カナタの領地に来てからわかったのよ。私をちゃんと知ろうとしてくれる人や向き合ってくれる人は他にもいるんだってね」
天井を見上げるメレフィニスは幸福であることを実感しているような笑顔。
メリーベルを撫でる手も、その関係性を慈しむようだった。
「だから、これからも頼らせてねお兄様。兄なら妹のお願いは聞くものよ」
「それとこれとは話が別だ馬鹿者。暴君の理論を隠せるほど、妹という立場は巨大な免罪符ではあるまい」
「あら残念。ならリュシオルお姉様に甘えてしまおうかしら」
「お姉ちゃんに任せてメレフィニス! 私、なーんにも権限ないけどー!」
「ふふ、ありがとう。さて」
メレフィニスは抱き着いているメリーベルを引き離して立ち上がる。
窓の外を見ればもうすぐ日が落ちてしまう時間だ。
「ああ、そうだ。父上にも感謝しておけ。お前の策を察してただの案山子でいてくれたんだからな」
部屋を出ようとするメレフィニスの背中に、ファーミトンが声を掛ける。
扉の前で立ち止まったメレフィニスは、振り向くことなく口を開いた。
「……私、感謝できるのかしら?」
「お前次第だろう」
そのまま、メレフィニスは部屋を出ていった。
メレフィニスの後ろ姿が自分達と話していた空気とは違い過ぎて、リュシオルは不安になる。
「あの子ったら、どこに行くのかな……」
「決まっている。決着をつけにいくんだろ」
「……?」
リュシオルとメリーベルは顔を見合わせて、首を傾げた。
◆
アニムス侯爵家の屋敷からは、王都にそびえ立つ王城がよく見える。
それはまるでいつか自分達がいるべき場所に飢えているかのように。
屋敷には、人の気配がほとんどない。
務めていた使用人は全て辞めるか、自決するか、殺された。
それでもこの屋敷は清潔で綺麗に保たれている。
「オカアサマ」
「オカアサマ」
「ええ、私の愛しい娘達……お母さんはここにいるわよ」
ベッドの上で人形に囲まれる女性ラティーヌ・アニムスは、かつて使用人がやっていた作業を全て人形に任せて屋敷を管理させている。
その精度は魔術師としては賞賛されるべき練度。
洗濯や掃除、料理……人が自分の手でやるのは比較的容易だが、人形を動かしてやらせるとなると人以上の労力がかかる。魔術で組み上げた人形にやらせるより、人を雇うほうが遥かに簡単なのは間違いない。
だが、ラティーヌは息をするかのようにやってのける。
かつて宮廷魔術師であり、人形遣いの魔術師として衰えぬ腕前。
彼女にとって、人形を動かすのは苦ではなかった。
「いい子ね……お母さんをこんなに愛してくれるだなんて」
ベッドで寝転がるラティーヌの手をメレフィニスの姿をした人形が握る。
決まった動きではなく、使い手の意を汲んだ動きをする人形。
それはまるで息づいているかのようだが、そんなことはない。
あくまでラティーヌの意思が反映された結果、人形が生きているかのように動くのだ。
だからここには、生きている人間は一人しかいない。
……ほんの少し前までは。
「……!」
ラティーヌはベッドから起き上がる。
自分以外の人の気配。そして、自分の人形が破壊される感覚。
「ああ……ああ……! ええ、ええ、わかっているわ! 誰かなんて、確認するまでもない……だってここは、あなたのおうちだもの!」
ラティーヌは自分の手を握っていた人形を床に叩きつけて起き上がる。
紺色の髪を束ねて、椅子を二つ用意して、扉に向けて両手を伸ばす。
近付いてきていた気配が、部屋の扉をゆっくり開けた。
「ああ、やっと……!」
部屋の扉を開けたのは、冷たい目で部屋を見渡すメレフィニス。
左手には人形の頭が掴まれていて、部屋に入るなり放り投げる。
そんなメレフィニスの姿を見て、ラティーヌは涙ぐんだ。
「久しぶりね、お母様」
「おかえりなさい! 私の可愛い可愛い第二王女!!」
それは、母と娘の何も噛み合わない再会。
床に転がった人形の頭は、無表情のままその再会を見つめていた。




