384.その全ては手の平で
(一体どういうことなのだ……?)
レコンドは何故、メレフィニスが笑っているのか、父であるディグラバがうなだれているのか見当もつかなかった。
確かに、隣国が動いたのは妙だ。
内戦中のシャーメリアンが国境近くに軍を置くのも、船長が失踪して国内が混乱しているフランダラスクの船がこちらの海域に現れるのも、二つが同時に起きるのもおかしなことではある。
だが、それが一体この場にどう影響しているのかがわからない。
(この場とは一切関係のない出来事ではないか……?)
レコンドは父に目配せをしようとするが、同時にメレフィニスの目も見てしまう。
「どの家も後継者の育成には難儀しているようね、ディグラバ侯爵」
「ああ……。貴族としての手腕をどれだけ磨いても、自分の分身たる後継者は用意できんものだな」
「あなたという存在に、甘えているからではなくて? 公爵は、自分の息子を蹴落としたわよ」
メレフィニスは、隣のセルドラに目を向ける。
呆然としたままのセルドラに、ディグラバは口角を上げた。
「……かもしれんな」
父の死を聞いて呆然としているセルドラと、聞いても理解できないレコンド。
公爵家と侯爵家の後継者はどちらも、二人の会話が何を言っているのか理解できなかった。
「国境近くにシャーメリアンの軍隊、海からはフランダラスクの船……それは確かに緊急だな。何故現れた?」
「不明です。フランダラスクのほうは侵攻でしょうがシャーメリアンは……」
「各国の真意はともかく確認しに行く必要があるな。誰を行かせるか」
国境近くに軍隊が現れただけでも、国としては緊急事態。
今すぐにでもこちらも兵を派遣する必要がある。
普段は宮廷魔術師であるマドカが仕切っている南部から連絡が来たということは、応援を寄越せという要求に等しい。
ウィスカとファーミトンの会話に割って入るように、メレフィニスが手を挙げる。
「発言をお許しください陛下、隣国の意思を確かめるべくどなかたを派遣するのでしたら……こちらに適任がいらっしゃるではありませんか」
メレフィニスはそう言って、自分の隣にいるディグラバとレコンドに手を向けた。
「……」
「なっ!?」
「先程ディグラバ侯爵が仰った謝意の言葉、私ときたら柄にもなく感動してしまいましたわ。例え王族である私に対しても、公平に疑惑を持つことのできる厳しい目、そしてそれほどに国の未来を憂いている忠義……彼等こそ貴族の鑑と言えましょう。ベルナーズ侯爵家こそ真なる忠臣。彼等なら、この大役を見事こなしてくださること間違いありませんわ」
メレフィニスは、白々しい褒め言葉を並べながらベルナーズ家を推薦する。
国境近くに現れた軍や、海域に現れた船……各国の真意を確かめに向かう役割は普通ならば誉れだろう。
だが、今ベルナーズ家がその役割を命じられたら全てが露見してしまう。
移動だけで一ヶ月近くかかる距離……その間に王族が派遣する調査員によってベルナーズ家が送り込んだ刺客達を尋問し、公爵領での聞き取りを終えるだろう。王族の調査が入ると知れば、ベルナーズ家と繋がりのある貴族が情報を売り飛ばす可能性も高い。
「本来なら公爵家も兵を派遣すべきでしょうが、ご報告の通り公爵家は何者かの攻撃を受けている上に、当主の訃報……満足に動ける状態ではありません。当主代理の立場であるセルドラ様にもお時間が必要でしょうから」
「っ……!」
薄い笑みを浮かべるメレフィニス、レコンドは声を出すこともできない。
メレフィニスの提案は第三者視点で見れば至極真っ当な推薦すぎる。
「ベルナーズ侯爵家は我が国の忠臣。メレフィニスの言う通り、任せるに値する者達だな。ディグラバ……頼めるな?」
「……もちろんで、ございます」
「お父様!?」
……この提案を拒む術はベルナーズ家にはなかった。
彼等は先程、メレフィニスに疑惑を向けた謝罪に際して、自分達の忠義を主張してしまっている。そんな貴族が、国外の問題を無視するなど不忠そのもの。謝罪の正統性すら疑われる。
そんな戦力は今ない、と拒絶でもしたら間違いなくそこを追及される。
ベルナーズ家は嫌でもこの命令を受けるしかないのだ……隠蔽も根回しもできないまま、公爵家の襲撃について調査されてしまうとわかっていても。
ディグラバが力なく項垂れていたのは、先んじて自分達が詰んでいると気付いていたからだった。
(十中八九、シャーメリアンとフランダラスクの動きは第二王女の仕込み……遠回りのルートで時間をかけたのは我々の兵を削るためだけでなく、時間稼ぎか……最初から我々が王都にいることを見越して、この画を描いていたな……)
隣のレコンドはディグラバに反論を期待して目配せするが、何とかしろと言わんばかりの息子の視線がディグラバをより落胆させる。
「あなた達は、とても早かった。褒め言葉ではないわよ」
メレフィニスはボードゲームの感想戦のように語り出す。
「カナタ不在という絶好の機会。そして私の弱体化の噂。機を逃さない優秀な貴族であるように見えるけど……いくらなんでも早過ぎる」
「何が……言いたい……」
「私が公爵領に到着した時から感じていた複数の魔力反応、道中に遭遇した刺客達……いくらなんでもフットワークが軽すぎるのよ。刺客の動きが早過ぎて、他の家と協力を取り付けられなかったと容易に想像できるわ」
「!!」
「だから私は、あなた達を何とかするだけでよかった」
なけなしのプライドで突っかかったレコンドは、図星で表情が歪む。
そう……ベルナーズ家が話を持ち掛けた他の貴族達は今回の件に目を瞑ることは了承しても、協力の要請には決して応じてはくれなかった。
唯一応じたのは、メレフィニスという目的があるアニムス家のみ。
ベルナーズ家があれだけ迅速に刺客を送り込めたのは、動かせたのがベルナーズ家と魔術契約を結ぶ私兵と人形だけだったから。
他の貴族の戦力が混じっていたら、合流や指揮系統などの関係でもっと時間がかかっていただろう。
公爵家を蹴落とせるかもしれない最大の機会にどの家もベルナーズ家に協力しなかった理由……それは――。
「あなた達が協力を要請した貴族達は……私が弱体化したという噂があってなお、私に関わりたくなかったんでしょうね」
「っ……ぐ……!」
「私は十歳の頃から貴族社会を混沌に陥れ、隣国からも監視され、挙句の果てには自国の国家転覆を目論んだいかれた女……侯爵家の名前よりも、私の名前に恐怖した」
メレフィニスは、その異様な才能とカリスマ性から各国が警戒している個人……対してベルナーズ侯爵家は高位ではあるものの、ただの一貴族。
ベルナーズ侯爵家の権力と、国を跨いで恐怖を振り撒いていた怪物。
どちらを恐れるかなど、言うまでもない。
「あなた達は他者を動かせず、私は動かした。この結果はその差よ」
レコンドはつい、上体をメレフィニスから離れるように引く。
こちらを見つめるメレフィニスの瞳が……そう、あまりにも。
あまりにも、冷たかったから。
「今後のために、忠告してあげる」
自分にそんな目が向けられていることが恐ろしくてレコンドは歯を鳴らした。
何でこんな無謀なことをしたんだろう?
そんな風に本能が問い掛けていた。
「自分の敵が蝶か獅子かくらい、見極められるようになることね……いくら私を直視できなくても、暗闇に目を凝らさないと見えないわ」
レコンドは父親とは一周遅れで、力なく崩れ落ちる。
そして口を開いたかと思えば、今度は一周遅れの疑問を口にした。
「いつ……から……。こうなるって……考えて、いたんだ……?」
「……」
先程、父ディグラバがしたのと同じ質問。
メレフィニスは二人の心が折れたとわかったからか、先程流した問いを今度は答えた。
「私が公爵領に到着した時から。ああ、でも流石に人形は予想外だったわよ」
「……」
それを聞いて、レコンドは今度こそ何も言わなくなった。
隣で父のディグラバが受け答えするのをただ聞くだけになって、そのまま謁見の時間は終わった。




