383.根回し
(間違いない……こいつ、わざと自分の情報を流していた……! 今回の件でそれを利用したのだ……! 我々が今回のチャンスに有力な兵隊を注ぎこむと確信して……遠回りも、我々の兵隊が襲いかかる機会を増やして、我々の力を削ぎ落すために……!)
ベルナーズ家は今回の一件で戦力となる魔術師をほとんど投入している。
カナタとルミナが不在、メレフィニスは弱体化という状態をこれ以上ない機と考えて。
(だがラジェストラは死んだ……! そう、死んだのだ……!)
ディグラバは、してやられた、と思いながらもラジェストラの死を思い出す。
公爵領を小さくするばかりか、貴族としての手腕で先代よりも領地を拡大させた憎き男。
それだけで、今回の一件はやった価値がある。
メレフィニスがこの場にいることで、擦り付ける相手はいなくなってしまって調査の手が入るだろうが……ベルナーズ家の仕業だと断定できる材料はないはず。
ラジェストラのいない公爵家など、徐々に衰退していく。
そうなれば自分の息子レコンドがベルナーズ家の悲願を果たす。
公爵領となったベルナーズ家の故郷となる地を取り戻すと。
「現在、三十人以上もの魔術師を私的に動かせる貴族はそう多くはありません……どうやら侯爵は私を疑っていたご様子ですが、他に心当たりはございませんか?」
「……っ!」
動揺の最中、話を振られてディグラバは苦々しい心情を言葉のつまりの中に隠す。
その一瞬のつまりを見られ、メレフィニスは続けた。
「王族たる私が怪しいと即座に疑い、動いたくらいですもの。侯爵なら他の犯人候補がすぐにわかるのでは? 何せ相手はラジェストラ殿を暗殺できる手練れを従え、私を嵌めようと用意周到に動ける人物……私のような世間知らずの乙女では掴んでいない情報も掴んでらっしゃるのでしょう?」
「い、些か無礼ではないか第二王女殿下……!」
「あら、侯爵の御子息かしら? その殿下を疑ったあなた方が無礼を口にするとは、侯爵も教育にご苦労なされているご様子」
レコンドの表情が青褪め、ディグラバが馬鹿めと内心で息子を罵る。
ディグラバは自分達がコントロールされている側であることに気付いて切り替えていたが、レコンドにはまだ自分達がコントロールしている側だと思い込んでいたようだ。
今メレフィニスは、犯人であると疑われたという無礼をカードにしてベルナーズ家の二人を口撃している。ラジェストラが死んで作戦は半分成功したが、この場での形勢はすでに逆転しているのだ。
非礼を詫びれば平行線にできたかもしれないというのに、レコンドのプライドが足を引っ張る。
(だからまだ当主の座を譲れんのだ……! 計画通りにいかなかったからとプライドの使い方を間違えおって……!)
この場さえ乗り切れればベルナーズ家は勝ったようなもの。
メレフィニスからの詰問に、ディグラバは両膝を折った。
「誠に申し訳ございません陛下、そして第二王女殿下……今回の一件で混乱をもたらしたのは我が不徳。王族たる皆様方に無礼を重ねたこと、平にご容赦下さい」
「お父……様……」
「しかし……しかし! 我々の無礼は国を思い、王家に忠義を捧げるこの国の貴族であるからこそのものであると覚えていただきたい。公女はもちろん、カナタといえばあの歳で独立した貴族の鑑のような少年……未来ある若者が二人も行方不明となった一大事を一刻も早く解決せんという思いあってこそでございます。どうかご理解を」
ディグラバはウィスカに向かって言葉を紡ぐ。
あくまで自分達はこの国の忠臣であるというスタンスは崩さずに。
この場で受けるであろう罰を軽くするために、国王であるウィスカの心を打つような言葉を選ぶ。
国王に無条件な味方となる人間の少ないことをわかっているからこそ、自分達はそういう人間ではないのだと。この間違いは領地にこもって動かない怠慢な連中と一線を画すものであると。
「忠義か……ディグラバの言葉、嬉しく思うぞ」
「光栄でございます」
ウィスカの言葉に、ディグラバは頭も下げる。
ベルナーズ家の未来のため、ディグラバは自らのプライドを投げ捨てていた。
(賭けの敗北を受け入れるのもまた器量……心証は悪くない上、第二王女の経歴を考えれば死罪はない……。一番厄介なラジェストラは死んだのだ。後は口封じを逃れた魔術師達を消し、我々が動いた証拠を完全に――)
思考の途中で、ディグラバはメレフィニスの様子を確認した。
そこには――。
(何故笑って――?)
罠にかかった餌を見る蜘蛛のような目をした、メレフィニスがいた。
「陛下、謁見中のところ失礼致します」
「ファーミトンか」
今度は謁見の間にファーミトンが乗り込んでくる。
前回のメリーベルの件もあって、ディグラバは話の腰を折られたような気分に舌打ちしたくなるが、ファーミトンは緊急なのかそのままウィスカに駆け寄った。
「緊急につきご容赦願いたい。ご報告が二件……西部と南部からのものです」
「なんだ」
「……?」
一体何が起きているのか、ベルナーズ家の二人にはわからない。
しかし、ファーミトンがその報告を口にすると顔色が変わった。
「西部国境付近にシャーメリアン商業連合の軍が出現……加えて、南部では海賊国家フランダラスクの船が境界ギリギリまで接近しているとのことです」
「なんだと!?」
「他国の軍が一体何を……お父様?」
ファーミトンからの報告は確かに緊急性のあるものだが、レコンドは他人事だ。
しかし、隣で膝をつくディグラバは違った。
レコンドは何故か顔面蒼白になった父ディグラバに目を剥く。
ディグラバは息子の声など耳に入っていないかのようにゆっくりと、メレフィニスのほうを見た。
「いつ、から……」
「さあ?」
「遠回りは……このためでもあった、か……」
メレフィニスとディグラバの会話は短く、ディグラバは全身の力が抜ける。
放心状態のセルドラと、理解できていないレコンドの二人だけがこの場の流れについていけていなかった。
◆
「マドカ様! あんなもんでいいすか!」
「ええ、どうせ第二王女の自演だもの。見栄えがある程度よければ問題ない」
港湾都市セクアナの沖合いに、海賊国家フランダラスクの船が並ぶ。
本来であれば緊急性の高い敵国からの襲撃だが、実際はマドカ達率いる舞台が拿捕した船をただ並べているだけ。
エメト達が届けた手紙の内容は、依頼だった。
――港湾都市セクアナが緊張状態になるような状況を作り出してほしい。
南部において絶対的な権力を持つ宮廷魔術師マドカにとっては簡単な依頼だった。
何せ拿捕した船を並べるだけで一見、敵国の襲撃に見える。これだけで王族から直接金を巻き上げられる上に、第二王女とのコネが手に入るので至れり尽くせりだ。
都市に住む住民にはマドカが事前に説明すれば混乱も最小限。断る理由もない。
「南部の状況も把握しているのは腐っても王族か……いや、腐っていたのか腐らされていたのか、私にはわからないな」
マドカは自分達で海に並べた敵国の船を見ながらため息をつく。
酔狂な要求だったが、少なくとも依頼は果たした。
後は数日、船を並べ続けてから回収すればいい。王都からの視察が来たら撤退した、と報告して終わりだ。
フランダラスク国内の状況もマドカは把握している。今は南部に攻めてくることもないだろう。
「姉さん! この後はどうします?」
「どうもしないよ、一先ずはお疲れさん」
「フランダラスクの連中……何かやってきますかね?」
「何もしてこないでしょ。国内の問題が片付くまでは」
マドカは水平線の向こう側に視線を投げる。
「少し休んでから行く。後は任せるよ」
「ういっす! お任せを!」
「密偵からの連絡はかかさず受け取りなさい。困った時はアプレンティスにいるオルフェに手紙を送るといい」
そう言い残して、マドカは自室に戻っていった。
◆
「あの婆さんの命令で国境近くまでついてきたけどよ……こんなとこに軍を置いたらスターレイ王国を刺激すんじゃねえのか?」
シャーメリアン商業連合国とスターレイ王国の国境近く。
カレジャス傭兵団団長ウヴァルはあくびをしながら掲げられた旗を見上げた。
シャーメリアン商業連合の国章が記された旗は堂々と風ではためている。
「国境にシャーメリアンの軍を置くのはスターレイ王国の人間からの依頼らしい」
「あー、仕込みってことか……だから非正規の兵隊ばっかなわけか……」
カレジャス傭兵団含め、ここにいる半分が非正規の傭兵だ。
シャーメリアン商業連合は現在、内戦状態と言ってもいい状態なので傭兵が仕事の匂いを嗅ぎつけて大勢いる。
後はシャーメリアンの旗を掲げるように命令すれば、かかしの軍隊の完成だ。
滞在以上のことをせず、戦闘も回避するように厳命されているので傭兵としてもおいしい仕事だ。ただここにいるだけで金をもらえるのだから。
「スターレイ王国ではカナタが行方不明になったという話も聞こえてくる。何か起きているのは間違いないだろうな」
「ほーん?」
グリアーレはちらっとウヴァルの反応を確認する。
今カレジャス傭兵団はシャーメリアンのとある人物に雇われている状態。
カナタが行方不明だからと、スターレイ王国に……というわけにはいかない。
「行方不明とは穏やかじゃねえな。あいつどじったのか?」
「心配にならないのか?」
「あいつはもう独り立ちしてんだ、ガキじゃねえんだからうまくやるだろ。うまくやれなかったらそれまでだ」
グリアーレの予想に反して、ウヴァルの反応はあっさりしたものだった。
それは強がりか、それとも信頼か。
少なくとも、強がりでないことは間違いない。
「それに、あいつの周りにはもう俺ら以外の味方が大勢いんだろ。もしやばいんならそいつらに任せるさ」
「……ああ、そうだな」




