382.弱体化の情報源
「お父様……!」
「狼狽えるな」
ディグラバはすぐに精神を立て直し、息子であるレコンドを諭す。
顔に刻まれる皺という年輪が、人生は思い通りでないのが常だと知っている。
ラジェストラは殺せたが、メレフィニスを捕らえることはできなかった。
ただそれだけのこと……なのだが。
(ラーザランドやモルウォーでも捕らえられぬか……涼しい顔をしおって……)
メレフィニスを捕らえるための刺客の数は、公爵邸に送ったのと同等。
ベルナーズ家は在野の第二域魔術師や当主になれなかった貴族の次男と三男……魔術学院を退学せざるを得なかった貴族の子供などを拾い上げ、戦力として抱えている。
メレフィニスただ一人に公爵邸を落とすのと同じ人数の魔術師部隊を投入し、さらにはラティーヌの人形も五十を超える数がメレフィニスを狙っていた。
だがメレフィニスを見れば顔に多少、かすり傷がある程度で平然としている。
これでベルナーズ家が持つ私兵は半減といったところだろう。ディグラバは選りすぐりだった魔術師の名前をつい惜しんでいた。
「あら、あなたがベルナーズ侯爵?」
「……いかにも」
人一人分を空けて、メレフィニスとセルドラがディグラバ達に並ぶ。
メレフィニスは膝をつきながら、ディグラバに笑いかけた。
「割と厄介なのもいたわ。何人かは人形の口封じからも逃れてたけど、生きていた連中は国境警備の魔術師達に突き出したから二度と会えないと思うわよ」
「何のことか、わかりかねますな」
「ええ、侯爵は何も知らない。それでも一応教えてあげようと思ったの」
ディグラバは舌打ちしたい衝動に駆られる。
戦力を惜しんでいるのを見透かしたかのような声掛けは動揺を誘う毒。
ここで安堵を欠片でも見せれば、主導権を握られてしまうと悟ってディグラバはその表情を貴族の仮面で覆い隠した。
そこは年季の違いか。表情や反応でボロを出すようなことはしない。
「王都から公爵領はどう短く見積もっても二週間以上かかる。この二人が到着したのは三時間前ほど……今の今まで、検査を受けていた。どうやらメレフィニスは五日前に訃報を出してきた公爵家の事件とは関係なさそうだな、ディグラバ」
「……はい。どうやら、状況証拠だけを重視し、見誤ってたようです。どうかお許しください」
ディグラバはすぐさま自分の非を認める。
ここから完全に目的が達成されることはない。
「待ってください……屋敷で何かあったのですか……?」
王とディグラバの会話に、セルドラが顔を上げる。
「そうか、そなたらは先程到着したばかりでわからぬのも無理はない……今さっき、公爵領からの魔術連絡によって、公爵家当主ラジェストラの訃報が届いた。何者かに狙われていたらしい」
「そん……な……」
セルドラの顔から血の気が引いていき、力が抜ける。
それでも王の前だからか、顔は青褪めても傅く体勢だけは崩さなかった。
「こちらではカレジャス伯爵と夫人が揃って行方不明になったことで、メレフィニスが疑われていた。二人が来たのはその否定のためか?」
「仰る通りです陛下。公爵家当主ラジェストラ様はカナタが行方不明になったことで自らを狙う賊が極端な動きを見せることを危惧しておりました」
「それだけでなく、今の状況が私に罪を被せる絶好の機会であるともラジェストラ様は気付いていたのです。自らだけでなく、私を狙う賊の存在にまで」
メレフィニスは体勢を維持するだけで精一杯のセルドラに手を向ける。
「なのでこうして、公爵家当主代理であるセルドラ・ヴィサス・アンドレイス様と共に公爵家の見解を陛下にお伝えするべく登城させていただいたのです。公爵邸を出発したのは一ヶ月半前のことでした」
「ずいぶんと到着が遅れたのだな?」
「公爵領の北ルートを通っていたものですから」
メレフィニスからの説明を聞きながら、ウィスカは感心するよう頷く。
ディグラバはその横で静かにそれを聞いているだけだった。
公爵を殺害した犯人をメレフィニスに擦り付け、そのメレフィニスをラティーヌに差し出して王都の権力に深く入り込むという百点の結果にはならなかった。
だが、ベルナーズ家にとって最も利益となるラジェストラの殺害には成功した。
ベルナーズ家が抱えている魔術師は元々、在野の魔術師や拾い上げた者……ベルナーズ家との関わりは薄いので足がつくこともなく、魔術契約もしている。
ラティーヌの協力があったとはいえ、使い捨ての兵隊で一国の公爵を亡き者にできた自分の手腕にディグラバは満足していた。
(待て……? 何だこの違和感は……)
だがその満足感を、メレフィニスの話が違和感となって邪魔をする。
(そうだ……何故この女はわざわざ一番遠い北ルートを選んでいる……?)
ディグラバはゆっくりと、横目でメレフィニスの横顔を見つめる。
(ラジェストラが狙われるというのはわかっていたはず……ならば、最短ルートで王城を目指すのが道理ではないのか? いや、最短でなくとも、次点のルートを選んでもいいはずだ……何故わざわざ一番遠いルートを選んだ? それに、これでは道中、何度も狙いに来てと言っているようなものでは……ない……か……)
ディグラバの鼓動が大きくなっていく。
貴族として優秀であるがゆえに、ある仮説が浮かんでしまった。
「道中は、本当に大変でした。恐らくは公爵を殺した者の仲間であろう魔術師達が幾度も襲ってきたのです。その都度、撃退したために余計に時間がかかってしまいました」
「それはご苦労だったな」
「もったいないお言葉です。ですが、狙われたのが私でいいとも思うのです……何せこの一ヶ月半、三十人近い魔術師が私を襲ってきました。真正面から戦いに来てくれたおかげで、それだけの賊を捕まえることができたのです」
次の瞬間、メレフィニスが横目でディグラバのほうに視線を向ける。
視線が合った瞬間、ディグラバの肩が小さく揺れた。
(こいつ……こいつっ! こいつ!! 間違いない!!)
ディグラバの中にあった満足感が小さくなっていく。
屈辱と焦りを、貴族の仮面の下に隠して、内心で叫ぶ。
小さい震えは、拳となって抑え込まれた。
「私が狙われたおかげで……この国で公爵を狙うような不届き者を、大幅に排除することができたでしょうから」
メレフィニスはそう言いながら、口元に笑みを浮かべた。
ディグラバは確信する。
(こいつ、自分が弱体化した情報を……っ! 自分で流したな!?)
◆
カナタとルミナがトラウリヒへの旅行が決まった頃、メレフィニスは自分の状態をチェックしていた。
“術式の解釈”が自分の魔術から離れていく感覚と、第四域への手応えのなさ。
領地を任されるにあたって、自分という戦力を客観的に見るために。
「やっぱり使えなくなってるわね……」
メレフィニス自身も予感はあった。
カナタに救われ、ルミナへの後ろめたさもなくなり、領地での生活を手に入れた。
婚約者に加え、一緒に婚約者を支える同性の友人、自分といい意味で距離を取らない臣下達、孤児院の子供との交流……メレフィニスの“術式の解釈”は現実が満たされていたら成立しない。
自分が第四域へのチケットを失ったの自覚したことに、ショックはなかった。
(……この情報を使って、カナタや周りの人を狙う勢力を炙り出せないかしら?)
それどころか、彼女の中に生まれていたのはカナタや周りの人間への献身だった。
自分は恐れられているからこそ、周囲から正攻法で攻められることはないとメレフィニスは理解している。
派閥があった時も、その名前は目立ちすぎるがゆえに多くの悪人が第二王女の名の陰に隠れて、ついには王弟ケネスのような人間まで生んでしまった。
カナタは正面から戦闘を仕掛けられたら強いが、政治にも搦め手にも知識がない。
部下を移民として領地に潜り込ませ、不和を起こされるだけでも重労働だろう。
(この情報を流せば、カナタとルミナが旅行に行っている間……私相手に刺客を送ってくれるかも……そいつらから家を特定できれば、繋がりのある貴族を芋づる式でリストアップできる……)
メレフィニスはいい事を思い付いたと言わんばかりにメリーベルを呼び出した。
「あなたに頼みがあるの、メリーベル」
「何でしょうお姉様」
「私が第四域を使えなくなったことをそれとなく広めてくれないかしら
?」
「え!? お姉様が!?」
丁度カナタとルミナが出発した翌日にメリーベルは到着した。
ただのお茶会だと思っていたら、重大な事実をカミングアウトされたメリーベルは驚きで立ち上がるほどだった。
「……ローバストお兄様を殺した私が言うのも少しおかしいかもしれないけれど、幸運なことに私達の代の継承者争いは比較的落ち着いた形で終結したわ」
「ローバストお兄様はちょっと問題があったし、それにあの事件があったからこそ、継承権のある王子王女が継承者争いから早々に辞退したり、隠れてたりして無事だったんですもの! 結果オーライですわ!」
「あなたは、本当にそう思ってくれていそうで嬉しいわ」
メレフィニスはメリーベルに向かって手招きする。
招かれるままにメリーベルがメレフィニスに近付くと、メレフィニスはメリーベルの右手を軽く握った。
「私が言いたいのは、こうして継承者争いが終わったのだから……腹違いの姉妹であろうと協力できるんじゃないかって思えたこと」
「もちろんわたくしはお姉様に協力しますけど……これって、つまりはお姉様を狙うように仕向ける……ってことでは?」
「ええ、この情報を流せばカナタに反感を持っている貴族達の目を私に向けることができるかもしれない。不意にばれるより状況をコントロールしやすくなるし、私は荒事のほうが向いてるもの。それに……」
メレフィニスは口元で笑う。
「私が弱体化したなんて情報を聞いて、嬉々として襲ってくるような腑抜けた連中が……私に勝てるわけないでしょう?」
「……っ!」
圧倒的な自信は決して、根拠のないものなどではない。
弱体化してなお自分が一般的な魔術師から大きく離れているという確信がある。
メリーベルは過去に感じていたメレフィニスの存在感が毛ほども変わっていないことに気付いて、緊張からか生唾を飲み込んだ。
同時に、そのメレフィニスは自分を頼ってくれることに対する高揚感も。
「頼りにして、いいかしら?」
「まっかせてメレフィニスお姉様!! 帰ったらリュシオルお姉様にこのことを伝えて、早速お茶会の日程を組みますね!」
メリーベルはメレフィニスに頼みごとをされたのがよほど嬉しかったのか、満面の笑みで自分の胸を叩く。
そしてメレフィニスも、自分を恐がっていた妹と自然に話せる今が嬉しかった。
「ありがとうメリーベル。王子王女の中でこんなデリケートな話題を話しても自然に思われるのは、デリカシーがないと思われているあなたしかいないもの……頼りにしているわ」
「はい、お姉様! このメリーベルが必ずや……あれ? 何か素直に喜べないのですが……今、褒めてくださいましたよね? お姉様?」
「…………ええ」
「お姉様! メレフィニスお姉様ってば! 何故目を逸らすんですか!?」




