381.悪趣味な舞台
「公爵家から訃報だとっ!?」
ベルナーズ家当主のディグラバの謁見中、国王ウィスカの声が響く。
頭を下げているディグラバはその声に笑顔を浮かべた。
報告に来た初老の男はそのまま続ける。
「はい、魔術による緊急連絡にて報告が……記録は五日前となっております」
「五日前……」
「何でも、魔術師達の襲撃によって当主ラジェストラ様が命を落とされたと……」
「なんたることだ……」
知らされた訃報に、ウィスカは額を押さえる。
公爵家とついにいい関係を築けた矢先にこの事件。
公爵家の人間が死ぬのは単純にこの国にとって大きな損失であり、王であるウィスカにとっても協力できる大貴族を一人失ったのは痛手に他ない。
ディグラバは悪意を湛えた笑みをしまい込むと、顔を上げる。
「残念な報告ですな……。我々ベルナーズ家とはよい関係ではなかったとはいえ、ラジェストラはこの国を思う貴族に他なりませんでした。彼を失うのはスターレイの損失ですな」
「まったくだ……」
ウィスカは力なく頷く。
その様子を見て、ディグラバは勝利を確信していた。
人を最も操りやすいタイミングは、失意の時。
ディグラバはそれをよくわかっていたからこそ、王都に滞在していた。
自分達の作戦が成功した時、いの一番に国王へ進言できるように。
「彼は魔術師としても優秀な男でした。さらには堅固な城に守られ、騎士団も並大抵の人材ではありません。そんなラジェストラを殺めることのできる者は限られましょう。例えば、宮廷魔術師クラスの腕前を持つ者でもなければ難しいかと」
「……」
ディグラバは当然、ラジェストラを狙っていたのが、自分の手の者とメレフィニスの母ラティーヌの仕業だとわかっている。
だが、そんなことを確認できるのはこの場にはいない。
ディグラバは王都で一連の事件はメレフィニスが裏で糸を引いていると言い続けてきた。カナタとルミナが行方不明になって得するのはメレフィニスだと。
一ヶ月以上も王都に滞在し、その危険性をウィスカにずっと訴え続けてきた。
この国の忠臣であるかのように振る舞って警告を続けた成果。
ラジェストラを殺せるのは、メレフィニスくらいしかいないだろう。
ディグラバは言葉の裏で、暗にそう言っている。
自分の警告通りの恐ろしい事態が起きただろう? と。
自分で公爵家を脅かしておいて、平気でそう吐くのだ。
「そうだな、お主の言う通り公爵家は堅固だ。よほどのことがあったのだろう」
「公爵家は敵も多いですからな」
「敵が多い、か」
「はい、歴史ゆえに」
ウィスカが報告に来た男に何かを告げると男はそのまま退出した。
公爵家からの連絡に対する返事を送るよう命じたのか。
どちらにせよディグラバにとってはもう関係ない。
自分の策は成功した……ついにラジェストラに勝ったという多幸感がディグラバを包む。
付き添いである息子レコンドと顔を見合わせる。
レコンドもまた感情を隠しきれていないのか、口角が上がったままだ。
ベルナーズ侯爵家とアンドレイス公爵家の対立は根深い。
誰が言ったか、生まれた時から対立していたのではないか?
そんなジョークを言う者も多いが、実際は領地問題のせいだ。
公爵家が持つ領地の中にベルナーズ家が元々持っていた領地があり、ベルナーズ家はそれを取り戻すために公爵家をあの手この手で貶めようとしている。
かつてはメリーベルと組んで、公爵家を脅かしたこともあった。
失伝刻印者という公爵家の力の象徴さえ消えれば、後はラジェストラをどうにかするだけ。宮廷魔術師デナイアルの力によって本当ならもっと早く公爵家の力は削がれているはずだった。
――あの少年さえいなければ。
ディグラバが最も恨んだのはあの日……運命を捻じ曲げた少年カナタ。
確かにベルナーズ家の配下は切り捨てられた。それでも、失伝刻印者を確実に表舞台から消し、公爵家は奴隷のように落ちぶれていくはずだったのに――たった一人の少年がその未来を潰した。
宮廷魔術師を殺すような、何をしでかすかわからない爆弾がいてはいかに社交界で力を持とうとも手出しもできない。公爵家に唯一足りていなかった圧倒的な個。
あの少年が公爵家に拾われなければ。何度もそう思っていた。
そんなカナタとルミナがいっぺんに消えたことを知ったディグラバがどれほど喜んだか、想像もつかないだろう。
(勝った……私の代でついに、公爵家を……! 見ていますか我等の先祖よ……父よ、祖父よ……!)
ラジェストラが死ねば、後はまだまだ尻の青い次期当主とその弟だけ。
公爵夫人は社交界にもほとんど出ていないので、公爵家らしい力もほとんどない。
番犬であるカナタもおらず、失伝刻印者のルミナも失踪。
天はやはり自分達を選んでくれた。
ディグラバに信心などないが、今だけは運命に感謝していた。
「どうでしょうか陛下。ラジェストラの暗殺事件……この許せるはずもない事件の調査を優先すべきかと。公女が行方不明になったことといい、立て続けに公爵家が狙われているとわかった今、手掛かりを掴めば一気に進展するのではないでしょうか」
「……意外だなディグラバ。我々に一任しろとは言わないのか」
「恥ずかしながらベルナーズ家とアンドレイス家に多少の確執があるのは事実。私達が見つけた手掛かりでは周囲が納得しないでしょう。ベルナーズ家は陛下の忠臣……だからこそ、この場で私ができるのは私情のない公正な調査を求めることかと」
「自分達を客観的に見ているからこその進言というわけか」
これで王都が調査を開始すれば、公爵領でメレフィニスの目撃情報がいくつも出てくるのも織り込み済み。
先手を取ったからこそか、ベルナーズ家はラティーヌの協力でラジェストラ達が動き出す前からメレフィニスの顔をした人形は公爵領で数日に渡って過ごさせている。
王都の調査員が公爵領内を操作すれば、必ず住民から目撃情報が出る。
そうなればメレフィニスが犯人というのはほとんど決定的と言っていい。
ベルナーズ家がやったことは全て、メレフィニスの犯行と見なされる。最低でも拘束されるのは間違いない。
その間にトラウリヒからの書簡などを捏造すれば、擁護も不可能になるだろう。
(元々、犯罪者の王女……最後に利用してやったのだから感謝してほしいくらいだ)
ここまで話が進めば何故かあった王子王女の妨害も不可能。
ディグラバが勝利を確信している中、
「だが役者が足りぬようだ……入れろ」
「……?」
突然、ウィスカは扉付近の衛兵に顎で指示を出した。
ディグラバが後ろを見るとそこには。
「なっ――!?」
「王国の頂きに立つ竜たるウィスカ陛下にお目通り願います」
扉が開いた先にいるその女は、今頃捕まっていなければならないはずの者。
青藍色の髪を揺らし、白いドレスの裾を持って行うカーテシー。
豪華絢爛な謁見の間に咲く黒い花。
王都に到着していたメレフィニスとセルドラが、堂々と謁見の間を歩いていく。
「さあ、趣味の悪い舞台を終わらせましょうか?」




