380.公爵家での企て
「耐えろ! 耐えるのだ!」
公爵家の城で、ラジェストラの檄が飛ぶ。
騎士達と護衛の魔術師が入り口を守りながら、その声に呼応した。
メレフィニスとセルドラが出立して三週間……今日まで忍び込もうとする刺客を見破り、ラジェストラを守り続けていたが、敵がついに強硬策に出た。
彼等を襲うのは、メレフィニスの姿をして魔力の武器を振り回す人形達。
どこからか現れた人形達はラジェストラを狙って城を襲う。
「ワタシノカワイイカワイイ」
「オトコ。コロス」
「コウシャク……イラナイ……」
メレフィニスに似た声で、呪いのように繰り返しながら城門に押し寄せる人形。
人間味のない不気味さと、一体一体が力強く蠢く様子は虫のよう。
顔がメレフィニスのものなのが、不気味さを加速させている。
「水属性を得意とする者は温存せよ! 城に火が放たれ可能性もある!」
「シャトラン殿! 防御は私がしますます!」
「うむ! 入り口を固め応戦せよ! 飛び道具はキュアモ殿が防ぐ!」
押し寄せる人形を騎士団が食い止め、人形が投げ込んでくる魔力の武器をキュアモの防御魔術が弾く。
元々、堅牢な城である公爵邸は防御に適している。騎士団の練度も考えれば公爵邸はそうそう落ちない。
しかし、相手が痛みを感じない人形と言うのが騎士達の精神的な疲労を増す。
恐らくは誰かの魔法であるこの人形を倒したところで、果たして敵を消耗させられているのだろうか。
相手が生き物ではないがゆえに、そんな不安が付き纏う。
「ラジェストラ様、奥へ!」
「ならん! 敵の狙いは俺だ! 下がればフロンティーヌや使用人を巻き込む!」
「しかし!」
「この人形共は厄介だが、簡単な命令しか下されていないのが弱点と見える! 俺が逃げ回れば人形は分散し、俺達もまた戦力を分散せざるを得なくなる! 俺を餌にして侵入経路を限定できる城門で迎え撃つのが最善だ!」
ラジェストラの言う通り、人形はほとんどが同じ動きで城門に押し寄せている。
周囲を警戒しているが、城門以外から来る人形は数体ほどでラジェストラの言う通り、大半の人形は餌であるラジェストラに釣られているようだった。
「魔術は強力で動きは拙い……恐らく、使い手はこの場にいませんな」
「同意見だ。騎士団で抑え込めるかシャトラン?」
「一体一体が強固といえど、使い手がいないのであれば動きは単調。いくらなんでも我等が後れを取ることはありません。キュアモ殿もいますしな」
シャトランの言う通り、騎士は人形達に遅れは取っていない。
侵入できる程度の幅で城門を半開きにして、入ってくる人形を切り伏せている。
玄関ホールの床に動かなくなった人形がごろごろと転がっていて、全てメレフィニスの顔をしているのでいい気分にはならないが。
「シャトラン様! 新手です!」
「む」
騎士の報告と共に、人形を盾に向かってくるのは数人の魔術師達。
この強行は侵入が不可能と判断した最後の手段か。
城門にかけられている固定術式を魔術で破壊し、城門が動く。
人形を雪崩れ込ませて乱戦に持ち込みたいのだろう。
「キュアモ殿! ラジェストラ様を頼む!」
「はい!」
シャトランは黒いマントを羽織ったかと思うと、放たれる魔術の軌道を見ながら人形の群れに突っ込む。
流石は騎士団の長というべきか、使い手不在の人形では止められない。
しかも人形の特性を完全に読んでいるのか、最低限の動きで人形達の間をすり抜けるように進んでいく。
人形はラジェストラを狙うように命令されているせいか、間を縫って駆けるシャトランを積極的に狙おうとはしていなかった。
それどころか、シャトランは押し寄せる人形の陰に隠れて魔術師達に接近する。
「城門を破壊しろ! そうすれば人形が――」
夜の中に走る銀の一閃。
人形の後ろで命令を下していた魔術師の首が飛んだ。
「シャ、シャトランだ! 騎士団長が出てきたぞ!」
「人形は何で――うべっ!?」
シャトランが二人斬ったところで、魔術師達の標的がシャトランに変わる。
しかし、魔術師であり魔剣士でもあるシャトランに接近を許した時点で遅い。
「『海鳥の――」
「『石槌』」
シャトランの背中を地面から伸びた石の壁が押す。
体が吹き飛ぶような勢いのままシャトランは剣を振るい、魔術を唱えようとした魔術師を両断した。
頭から股にかけて両断された味方を見て、魔術師達は後退る。
「魔剣士への警戒の薄さ……実戦経験不足であるな」
「うぁあああああああああ!?」
シャトランは普段の所作から勘違いされがちだが、流麗な剣技ではなく剛剣によって敵を叩き伏せるのを得意とする騎士。
味方を両断したその剣が、今度は自分達に向けられることを想像した魔術師達は悲鳴を上げて逃げていく。
シャトランの言う通り、ベルナーズ家の魔術師は実戦不足。経験不足。
領地を守り続けているアンドレイス家とは違い、ベルナーズ家が戦争を経験したのは一世代前のこと。血と死に慣れていない魔術師など、シャトランからすれば大したことはない。
「全員で向かってくれば私一人倒せたろうに、人を両断した程度のパフォーマンスで敵の力量を見誤り、心が折れたか。カナタの精神力を見習わせたいものだな」
少し親バカな呟きを残して、シャトランは人形の後ろから斬りかかる。
逃げた魔術師の魔術が背後に飛んできたものの、心の折れた魔術師の魔術など大したことはない。
正面と背後をとったラジェストラ達は無事に、人形の襲撃を守り切った。
「何人やられた?」
「十五人です」
「この物量だからな……治療を急げ」
怪我をした騎士達に使用人が治療を施す。夜が深くなった頃、ようやく公爵家に差し向けられた人形が底を尽きたのか襲撃は止まった。
戦闘を終えたラジェストラやシャトンラの前には、城門が閉じられないほど多くの人形が積み重なっている。
動いている時も不気味だったが、動かなくなっても不気味だ。
全て同じ顔の人形は、隠しきれない狂気を感じさせる。
「人形遣いか……珍しすぎて誰の魔術かわからんな」
「一般的な魔術ではありません。アプレンティス出身の使い手では?」
「カナタが行っていた宮廷魔術師を育成するあそこか。確かに、ここまで得意な魔術ならば可能性はあるな……人形がメレフィニス殿の顔なのは、冤罪目的か」
「ええ、恐らくメレフィニスが公爵家周辺にいたという事実を作るため、明るい時間にはこの人形を周辺の町で歩かせているかと思います。聞き込みをしてすぐに証言が得られるようにしてあるかと」
ラジェストラ達は、人形遣いの正体がメレフィニスの母だということは知らない。
だが、人形を使ってメレフィニスに罪を被せようとしている敵の思惑はこれ以上ないほど感じ取っていた。
人形全てがメレフィニスの顔……これでラジェストラが殺され、かつメレフィニス本人を捕らえることができれば、ベルナーズ家は公爵家に害をなした大罪人としてメレフィニスを突き出すことができる。
周囲の町に聞き込みをして、メレフィニスの特徴に当てはまる人間を見かけたという証言が取れればもう疑う余地もない。
「万が一を考えて人形をメレフィニスが無罪である証拠にしたいところですが……」
「魔術によるものなので、多分消えてしまうと思いますます……少なくとも、メレフィニス様の顔ではなくなるかとかと」
「私もキュアモ殿と同意見です。明日にはただの人形でしょう」
「ということは、この人形の始末は自分達でということか……本当に面倒だな」
その時、動かなくなった人形の山から、影が飛び出す。
誰もが戦闘が終わったと考え、全員の気が緩んだタイミング。
左腕がないだけの人形が、ラジェストラに向けて右腕に伸びる魔力の刃を向ける。
「オトコ。コロス」
「ラジェストラ様!!」
「っ!!」
――シャトランが叫んだ次の瞬間。
その凶刃が、ラジェストラの命目掛けて振り下ろされた。




