379.南部の宝石
「……」
「……」
「……」
スターレイ王国南部にて、エメト達は無事、港湾都市セクアナに到着した。
宮廷魔術師が住んでいるらしい小高い丘の上にある屋敷を訪ね、快く通されたが……彼等は今、床に正座をさせられている。
「どうやら本物ですね」
「へぇ、こんなアウトローの匂いがする連中が本当に使いだとはね」
執事らしき壮年の男性がソファに踏ん反り返った女性に手紙を渡す。
その女性こそこの屋敷の主人であり、宮廷魔術師第三位マドカ・セルオーニ。
異国の服装である着物を着崩して、帯も緩いのかあちこちがはだけて見える。足や胸元を隠さないのは貴族女性の普通とはかけ離れた格好だ。
だがそんな恰好でも特に目を惹くのは端正な顔立ちと黒い髪と血のように赤い目。
何より、色っぽいと言うよりは豪気な印象が勝つ女性だった。
「フランダラスクの連中の仕業かと勘違いしたよ。私はマドカ。詫びにソファで座ることを許してやろう」
「ど、どうも」
「この座り方痛いわね……どこの国のやつよ……」
疑いは晴れ、エメト達は無事に後ろにあるソファに座ることができた。
何とか客人にランクアップできたようである。
エメトは静かに、ダーオンとジェニーは足を擦りながらソファに座った。
「私の知る第二王女とはずいぶん印象が違うね。公爵家と連携してる? あの女が?」
「ええ、メレフィニス様は――」
「私が聞くまで黙ってろ」
それはそれとして、まだ発言権は貰えていないようでエメトは黙らされる。
だが有無を言わさない上から目線でも、傲慢さはあまり感じない。
彼女は一度侵攻を許した海賊国家フランダラスクを押し返し、港湾都市セクアナを守護している魔術師……この町の英雄的存在でもある。自分達の仕事を完遂するためにも逆らうのは得策ではないとエメトも判断した。
「あの化け物が第二夫人として婚約したのも驚きだが、君らの主人のために動いてるのがもっと驚きだ。留学から帰ってきた時に見かけたが、周りの人間全てを石ころのように見ていた子供だったのに」
「化け物って……」
「黙れと言っている。私やデナイアルの上を行く女が化け物以外の何だという」
マドカはメレフィニスからの手紙を読みながら、断言する。
エメトは冷や汗をかきながら手を挙げた。
「発言しても?」
「許可を求める者には無論、許そう」
「マドカ様は、メレフィニス様に……あまり、いい感情を持っては……」
「当たり前だ」
エメトの質問に答えながら、マドカの眉間には皺が寄る。
貴族は普通感情を隠すが、不機嫌を隠しもしない素直な表情。
これは手紙を届けても無駄だったか、とエメトは肩を落とした。
「私は、あの女とデナイアルのせいで……目立たなくなったんだから」
「……はい?」
想像とは違った言葉にエメトはつい聞き返してしまう。
「私は見ての通り、凡人とは違う。魔術師になっても万人から羨望を受ける宝石そのもの……だったのに! 最年少宮廷魔術師の称号はデナイアルに奪われるわ! 魔術の才能も第二王女が現れたせいで話題にならなくなるわ! あいつらが現れてからというもの、全然目立たなくなったのよ!」
「なる、ほど……?」
「このマドカが! 第三位にいるこのマドカがよ! この屈辱ときたら!」
「……」
どうやらこの話題はあまり波風を立てないほうがいいとエメトは再び黙る。
エメトには全く気持ちがわからなかったが、プライドの問題なのかもしれない。
そこで話は終わったかと思ったが、
「でもメレフィニス様って化け物って感じしないわよね。子供っぽい方ですわよ?」
あえて空気を読んでいないのか、ジェニーが唇に指をあてながら、聞かれてもいないメレフィニスの人物評を語る。
エメトとダーオンの背筋が凍った。
「黙れと……子供っぽい?」
「領地にいる時にお見掛けしますが、孤児院の子供と遊びますし、夜中にこっそりキッチンで果物を食べてたり、サプライズパーティを企画したり……人間離れしたような印象は受けませんわ」
「あの女が……? 孤児や果物……?」
「ええ。第一夫人であるルミナ様とも関係は良好ですし、可愛い方だわ。あら、王族のことを可愛い方だなんて失礼だったかしら」
マドカは別の人間と間違えているのか、と手紙の署名を確認しながら困惑する。
それもそのはず。マドカが見かけたのはカナタと出会う前のメレフィニス。
マドカの記憶にある印象と、ジェニーが今見掛けているメレフィニスの印象が合致するわけがない。
(この顔……嘘ではない……)
マドカは思考を巡らせる。
次に自分の持つ手紙を今度は真剣な眼差しで読み始めた。
少しだけ静かな時間が続いたかと思うと、手紙を読み終わったマドカが再び口を開いた。
「人が変わったとしたら、君らの主人の影響と? デナイアルを殺し、あの女を止めた……確か名前は、カナタ?」
「はい、そうっす」
「……今の話だけなら信じなかったろうけど、この手紙からも行方不明になった君らの主人の留守を守るために動こうという意思が伝わってくるのも確か。どうやら、本当に前とは違うと仮定するしかないらしい」
マドカは、信じ難いが、と呟きながら頷く。
「けど要求の内容は悪名高き第二王女そのままね。やることが終わってる」
「そんなにすか」
「確かにフランダラスクの船はいくつも拿捕してあるとはいえ、普通はこんなことしないというか、考えないだろうさ」
「……?」
フランダラスクとは海の向こうにある海賊国家であり、マドカがスターレイ王国への侵攻を食い止めている敵国でもある。
その船を一体何に使うのか、エメトは手紙の内容も知らないので想像がつかない。
「けど、それを踏まえてもこの手紙の内容……受けてやろう」
「本当ですか!?」
「報酬が魅力的だ。王族に貸しを作れることに加えて、あの女がもらっている予算の一割を南部に回してもらえるらしい。軍事費はいくらあってもいいからな。私はベルナーズ家とは何の関係もない、それなら王女様のおままごとに付き合うほうが南部にとって得になる」
マドカは手紙をしまうと立ち上がり、窓の方へと歩き出す。
「『輝鳥の囀り』」
マドカの手の中に白い鳥が現れる。
窓を開けて、マドカがその白い鳥にぼそぼそと話しかけたかと思うと、その白い鳥は飛んでいった。
「今のは……?」
「王都に報告を送った。南部では私の声が全てだ」
「そうすか……えっと、俺らは何か必要すか……?」
「ここで君らを働かせる気はない。ご苦労だったな。この手紙をよくぞこのマドカに届けた」
エメトはようやく肩の荷が下りたかのように安堵する。
王族と公爵家が連名となっている手紙の運搬などという重大な荷物は今まで運んだことがない。
ここに来るまでずっと張り詰めていたものがエメトの中で溶けていった。
「ごろつきみたいな顔に似合わず、ずいぶんと肩肘を張っていたようだが?」
「ええ、まぁ、今の主人が気に入ってるもんで……しっかり届けないとって思ってたんすよ……」
「早くこのバタバタしたのが終わって、カナタ様を捜しに行ける体制が整うといいんだけどねぇ」
「……ふむ」
マドカはエメト達の様子を見てか、再びソファに座る。
「話せ」
「え?」
マドカはくいくいと指を動かし、エメト達に要求する。
いや、要求というよりは命令に近い。
「君らのようなごろつきがらしくない忠誠を捧げ、あの第二王女にここまでさせる奴に興味がわいた。このマドカにカナタという男について話しなさい」
「え……と……」
「私という存在に気後れする必要はない。ただ私は、私と同じく宝石になり得る存在に興味があるだけだ。行方不明、だったな?」
どこからか執事が人数分のグラスを置いた。長丁場にする気満々だ。
エメトは冷や汗を流す。恐らくは話すまで逃げられないと悟った。
「あいつは宝石っつうより……魔術滓?」
「魔術滓? 何故あのゴミの話になる?」
「えと……これは魔術契約もされてないんで言いますが……」
エメトの話を聞いたマドカは目を剥いた。
しばらく考え込んだかと思うと、先程の鳥の魔法をもう一度飛ばしていた。




