378.凡人として
苛立っている理由の半分は、何も知らない人間に無責任な言葉を言われたから。
(頭に残ってしまうのは……)
もう半分はその言葉がもっともであると納得している自分がいるから。
メレフィニスは襲い掛かってくる人形の顔を踏み潰しながら、思考に浸かる。
メレフィニスは一度、母親の教育から逃げている。
それを間違っていたと思うわけでは、断じてない。
あのままあの家にいて、母親の思うような人間になっていたら、メレフィニスという人間は歪な人形になっていた。
メレフィニスは自分を守るために、家族に砂をかけざるを得なかった。
それは間違いないのだ。
「こんな人形を差し向けてくる相手とわかりあえるわけはないけれど……向き合ったほうがいい、と言いたいのよね、きっと」
自分と似た人形を切り裂きながら、セルドラの言葉の意図を咀嚼する。
家族に恵まれた人間の、あまりに普通な良識。
腹立たしい。腹立たしい。
それでも、妥当な選択肢であることを否定できない。
メレフィニスという人間は変化した。
魔術だけが最後の希望だと夢を望み、その夢をカナタに砕かれ、同時に救われた。この世界にたった一人の理解者だとカナタに依存した時期もあった。
そしてまた変化して……この世界も悪くないと心の底から思っている。
それは第四域が使えなくなったことから間違いない。
変わった今だからこそ、過去と一度向き合う必要がある。どんな形であれ。
「困ったわね……感情以外で否定する理由が、あまり思い当たらないわ」
メレフィニスは自分が母親を避けていることを自覚している。
向き合いたくないと感情が叫んでいる。
あの家は、メレフィニスをメレフィニスとして扱わなかった。
どう思い出しても嫌な記憶しかない家と関わろうとするなんて馬鹿げている。
…………けれど。
「カナタは……向き合ったのよね……」
メレフィニスは当時『トラウリヒの微睡み』をカナタに使った。
あの魔道具は、人の記憶で作られた魔術領域に人間を閉じ込める魔道具。
――カナタはあの中で過去と向き合っていたはず。
そうならなかった過去に溺れず、向き合い……そうして脱出したカナタに自分は敗北した。
あの時、実力は間違いなく自分の方が上だったというのに。
「ガワイイ……ガワ……イイ……」
足下で顔を踏み潰された人形が、魔力を明滅させながらメレフィニスの足を掴む。
最後の最後に、人形は魔力を振り絞り、メレフィニスの足を潰そうとするも。
「考えごとをしているのだから、邪魔をしないでちょうだい」
「ガワッ」
メレフィニスは足を大きく振り上げ、ふわっとスカートをはためかせながら人形を叩きつけた。
鉄と木片が周囲に舞い、人形らしいただ途絶えるだけの断末魔が鳴る。
メレフィニスは舞い上がったスカートの裾を手で押さえながら、足首を掴んでいる人形の手をそこらに放る。
自分と同じ顔といえど、メレフィニスに躊躇いなどあるわけもない。
今日、馬車を襲った人形は五体だが、メレフィニスは片手間に処理してしまう。
「お母様と会ったって何も変わるはずはないわ……時間の無駄よね」
――でも、自分は変われたじゃない。
そんな意地悪な自分の声が心の中から聞こえる気がする。
「時間の……」
伝わらないと諦めるのではなく、恐怖を乗り越えて自分を伝える。
その一歩を、勇気と呼ぶことを彼女は教えてもらっている。
◆
「やはりまずかったか……? 今はカナタの元にいるとはいえ王族だからな……!」
一方、セルドラは馬車の中で自分の発言に冷や汗をかいていた。
メレフィニスといえば、あの第二王女。
今は味方だが、かつては貴族社会を震え上がらせていた天才。
少しでも機嫌を損ねれば一体どうなるか、と言われていた人物だった。
カナタとルミナの友人になってからはそんな噂も消えたが、先程の眼光を思い出すとぶるっと震えつぃまう。
「メレフィニス様はあのようなことでは怒りません。安心してください」
そんなセルドラとは対照的にルイはけろっとしている。
「いや、しかしだなあ……」
「メレフィニス様は外見こそ冷淡な印象を受ける髪色と瞳で誤解されがちですが、見た目ほど恐くないですよ。中身は遊びたがりな年下の女の子だと思ってください」
「そんなわけあるか! どんな印象を抱いているのだ貴様は!」
まさか、正解がルイのほうであるとは夢にも思うまい。
魔術師として天才であることは、メレフィニスの一要素でしかない。
「失礼ながら、何故あのようなことを?」
「……」
ルイとて、メレフィニスの過去を全て知っているわけではない。
だがそれでも家の事情が複雑なのは反応からわかる。
セルドラとて、それがわからなかったわけではないだろう。
「俺だってな! あんな人形を差し向けてくる母親と本当にわかりあえるだなんて思っているわけなかろう! ただの確認のつもりだった! だが……だがな! あのメレフィニス殿がただ諦めているように見えているから踏み込みたくなったのだ!」
セルドラは半ばやけくそ気味に心内を吐露する。
止まらない口から察するに、吐き出してしまいたかったのかもしれない。
「あれほどの人物が最初から諦めているなどおかしな話だ! よほど根深いのだろうが、逃避とは続けるものではない! カナタとルミナがいないところで過去の足枷を見つめる時間があっては幸福に影が差すだろう。どんな形であれ、向き合わねばならんことが人にはある」
セルドラがメレフィニスとちゃんと話したのは今回が初めてと言っていい。
どんな人物かわかっておらず、噂によって聞いた恐怖のほうがまだ大きい。
それでも、これからカナタとルミナと共に過ごす人物だ。
ならば幸福になってほしい。そして彼女もまた友と妹を幸福にしてほしい。
そう願うのは、おかしなことだろうか?
「ならば言うしかなかろう! 凡人が天才に勝るのは目を逸らしたくなるような現実と向き合った経験くらいなのだから!」
「……仰る通りかと」
恐れつつも、セルドラは言葉を撤回する気はなかった。
ルイもまたセルドラに同意する。
「待て……というか貴様、そんな落ち着いた性格だったか?」
「今はカナタ様がいらっしゃらないので、通常仕様です。ご理解を」




