377.向き合うこと
「根回しはぬかりないな」
「はいお父様。ベルナーズ家とアニムス家の名前であれば大抵の人間は抱き込めます。ですが第一王子周りは流石に固いですね」
「第一王子周りは固いがゆえに放置でいい。過保護でスケールの小さい老人ばかりだ。鈍亀はレースに参加させなければいいだけのこと。元第二王女派閥の人間は?」
「アニムス家と手を組んでいる話をしたら見事に抱き込めましたよ。彼等は第二王女があのような新参の子供と婚約したことを不満に思っていましたから」
王都のタウンハウスにて、ディグラバは眉間に皺を寄せていた。
ディクラバの前でグラスを呷るのはベルナーズ家長男のレコンド。すでに自分達が勝ったと思っているのか上機嫌だ。
葉巻の煙が漂い、グラスの氷が優雅に鳴る。
ディクラバが豪気な体躯に対し、レコンドは誰もが振り返るような美青年。
正反対に見える親子だが、胸の内は一つ。ベルナーズ家の完全なる復権。
今は公爵領になってしまっているかつてのベルナーズ領を取り戻すことで一杯だった。
「奴等が後手後手になっている内に、我々は狼のように喉笛に噛み付く。番犬のいなくなった公爵家の喉元にな」
「後は第二王女を捕らえることができれば不安要素はなくなりますね」
「時間の問題だ。以前の第二王女なら難しかったろうが、今ならば」
「しかし、間違いないのですか? 第二王女が第四域から落ちているというのは?」
レコンドがグラスに酒を注ぐと、ディグラバは口角を上げる。
「ああ、間違いない。第四王女メリーベルと第五王女リュシオルの茶会に出てきた話を王宮に潜り込ませている使用人が掴んだ。第四王女が貰った手紙にその内容が書かれていたことも裏が取れている。後継者争いが終わったからと身内で慣れあうとは実に女らしい迂闊さよな」
「第四王女は今日、妨害してきましたね」
「ああ、次は第二王女との関係を挙げて無力化する。無理に第二王女を犯人に仕立て上げるのではなく、ゆっくりと空気を作らねばな」
「そういう意味でも、アニムス家の協力を取り付けられたのは大きかったですね」
ディグラバはグラスを呷る。
視線がアニムス家の屋敷がある方向に向いたのは無意識によるものか。
「ああ、今回の策を盤石にするに相応しい兵力を提供してくれた。長く実戦を離れているが、人形の技術は未だ健在……二百体を超える人形は王都に向かう道で第二王女を徐々に消耗させてくれる。第四域から落ちたのであれば、数の手も有効となる」
「それにしても前線から離れているのによく二百体もの人形がありましたね」
ディクラバは嘲るように笑う。
「娘が捕まってからおかしくなったらしい。人と応対する時は普通だが、一人になると娘そっくりの人形にご執心になるそうだ」
「それで、あの悪趣味な人形ですか」
レコンドは第二王女に少しだけ同情する。
自分の母親が、自分の顔そっくりの人形で襲ってくる娘の心情はいかに。
「おいおいレコンド……悪趣味などとひどいことを言ってはならんぞ」
「これはこれは。失礼しました」
「母の愛と呼べ。こう言えば、大抵の話は美談になるものだろう?」
◆
「人形遣いはゴーレムサモナーと違って比較的、新しい魔術師でね。現代で第四域に至ったのは私の母でまだ二人目だけれど……ルイ、そっちの足を見せてくれる?」
「はい」
進む馬車の中、メレフィニスは“虚無の孔”で捕獲した人形を凝視しながら、自分の母について説明していた。
セルドラには何をしているのかはわからないが、ルイに具体的な指示をしているところを見るとメレフィニスには何かが見えているのだろう。
「骨の魔術師バーデゴはわかる?」
「……? わかりますが……」
「当時は違ったけど、そのバーデゴが今ではパペティアに分類されるから、あれが一人目ってことになるわね」
「え」
「物質操作なら宮廷魔術師にイティスがいるけど、あれはゴーレムサモナーだから」
セルドラは一瞬、言葉を失う。
骨の魔術師バーデゴは、魔術史に必ず出てくる骨を操る魔術師。
二百年前に実在したいわば歴史上の人物であり、そんな人物と比べる相手がいない希少性と元宮廷魔術師という肩書きを持つ魔術師が、公爵家の敵に回っていることに息を呑む。
何とかポジティブな情報はないかと探したところに、宮廷魔術師のインパクトに隠れていた、元、という単語に縋る。
「失礼、メレフィニス殿。あなたの家を詮索するのをお許しいただきたい。あなたの母君は何故、宮廷魔術師でなくなったので?」
「簡単よ。第四域から落ちたの、今の私みたいにね」
セルドラが失礼と前置いたのは、敵対する相手とはいえ、王女の家の私情を詮索したことについて。
しかし、答えを聞いて申し訳ないと思ったのは、メレフィニスが陥っている状況を改めて想起させたからだった。
弱点を改めて言わせてしまったようでばつが悪くなる。
「王の妾になった時に落ちたらしいわ。どんな解釈だったのかは知らないけど」
「申し訳ありません」
「ん? 別にいいわよ。私は自分の家嫌いだし」
その言葉を聞いて、セルドラの口からつい言葉が零れる。
「家族なら、わかりあうことはできませんか?」
メレフィニスがぴたっと止まる。
ルイは静かに、足を持ち上げたままだった。
「……わかりあう?」
わかりやすく、馬車の空気が変わった。
冷たく、重く、そして鋭く。肌を削ぐ極寒の冷気が訪れたかのように。
セルドラはこれがメレフィニスに対しての失言だとわかっていた。
「血の繋がる家族だから……これを理由にできるのは、あなたが家族に恵まれているからよ。世の中にはどうしようもなくわかりあえない家族だっている。家族と言っても他人同士だし、相手が家族以外のものしか見ていないのならなおさらね」
「……」
「事実、私を救ってくれたのは……私を見てくれた初めての他人だった」
互いの頭に思い浮かんでいるのは同じ人物で間違いない。
話題がそこに辿り着いて、ようやくほんの少しだけ空気が柔らかくなる。
「メレフィニス殿はカナタと出会った後、お母様とお話されたことはありますか?」
だがセルドラは、その空気に安堵するでもなく再び踏み込む。
人形に視線を戻したメレフィニスの表情が、不愉快を表していたとしても。
「……ないわ」
「出過ぎた発言で申し訳ございませんが……自分が変わられたというのに、他者が変わっていないと切り捨てるのは、逃避ではないでしょうか」
「――」
メレフィニスは目を剥いて、顔を上げた。
セルドラの表情には少しの脅えがある。圧倒的な強者に対する出過ぎた発言。
しかし。それでも。
「家族であれば敵だと一蹴する前に、一度は向き合うべきかと思います。相手の為ではなく、自分がこれから先、後悔しないような選択ができるように」
セルドラは、自分を切り捨てることなく向き合ってくれた家族のおかげでここにいる。
自分が一度、向き合うことから逃げた人間であると知っている。
だからこそ、逃げてはならない時がわかるのだ。
「……考えておくわ」
「失礼しました」
調べていた人形をごとん、と床に置く。
メレフィニスの眼差しはいつの間にか、窓の外へと投げ出されていた。




