376.王宮の動き
国王とは、国の頂きに立つ者である。
しかし、勘違いされがちなのは……思うように国を動かせるような力があるわけではないということだ。
国の力とは王の力ではなく、貴族の力であることのほうが多い。
王は力を持つ貴族を味方につけるために貴族の功績に報いる対価を授けるが、かといって全てを近付けてはならない。味方の振りをして自分の言いように国を動かそうとする貴族も少なくはないのである。
「トラウリヒで起きたカレジャス領領主カナタと公女が行方不明になった事件……我が娘が関わっていると?」
「状況から考えて、間違いないでしょう。第二王女はかつて学院での事件でもトラウリヒの魔道具を使っておりました」
国王ウィスカの前で跪くベルナーズ家当主、ディクラバもその一人だった。
彼が穏健であったなら、公爵家であるラジェストラはもっと楽であっただろう。
ラジェストラと共に魔術師よりも貴族としての道を選んだ者らしく、その行動はあまりに素早く、大胆な手も打って出る。
カナタが行方不明という情報を掴み、配下の貴族を動かすではなく、自らも登城した決断の速さはまさに貴族に才能と言えよう。
公爵家とメレフィニスの連携が遅ければ、すでに公爵家は混乱の中にあったはずだ。
「……俄かには信じ難いが」
「被害はカレジャス伯爵とその婚約者である公女様。彼等二人がいなくなって得をするのは第二王女に他なりません。トラウリヒからの報告は魔物の仕業ということですが、この不自然な状況下でどう信じろと言うのか。私とて、トラウリヒ全体が関わっているとは思いませんが、中枢の人間が第二王女と繋がっていたと考えるのが妥当でしょう」
ディグラバはいち早く王都に到着し、犯人がメレフィニスだという方向に話を持っていこうとしていた。
国王ウィスカは当然それを信じていないが、状況があまりに悪い。
かつて国を転覆させようとしていたメレフィニスにあてがわれた婚約者とその第一夫人が異国で行方不明……しかもメレフィニスにはトラウリヒの違法魔道具を使っていたという記録もある。
どう見ても、裏でトラウリヒと繋がり、婚約者の領地を乗っ取ったようにしか見えない。
何より、あの第二王女ならそれくらいする、と誰からも疑われていないというのが厄介だ。否定したい側に否定できる材料が全くない。
国王であるウィスカが何の根拠もなく擁護すれば、それこそ王として危うい。
ベルナーズ家は、公爵家憎しで様々な貴族を取り込んでいる。裏で妨害をしているのも間違いないが、ウィスカが玉座からできることは何もなかった。
「ちょっと待ったぁ!!」
そんな時、謁見の間に扉を思い切り開く音が響く。
とある少女の声と共に。
「メリーベル……!?」
「……」
声と共に謁見の間にずかずかと入り込んできたのは第四王女メリーベル。
非礼ながら堂々と、チャームポイントである金の縦ロールを揺らしながらウィスカの前まで歩いてくる。
ディグラバの横で止まると、そのまま話に割り込んだ。
「お父様! メレフィニスお姉様がカナタとルミナに手を出すなんてありえませんわ! 私、カレジャス領に視察に行きましたが、三人共仲良く暮らしていましたし、領地を手に入れるどころか、領地をカナタのものだと民に認識させるための配慮まで行っておりましたもの!」
メリーベルは跪いているディグラバを横目で見下ろす。
「この者が言うようなことは有り得ませんわ! お姉様は心を入れ替え、それはもう歳相応の淑女らしく振る舞っていてましてよ!」
「……」
……普通ならば、ウィスカがメレフィニスを擁護できないように、姉妹だからと一蹴できる子供の戯れ言。
しかしスターレイ王国の王家は、後継者争いによって互いに敵対していたことが認知されている。中でもメリーベルがメレフィニスを恐れていたのは有名な話。
そんなメリーベルの意見を、擁護と一蹴するのはディグラバにも難しかった。
「……我等ベルナーズ家は王家の忠臣。この国を守るために急ぎ陛下の指示を仰ぐべく意見したに過ぎません。第四王女殿下がこのように仰るのであれば、憂慮の時間が必要かと思われます」
「すまないなディグラバ。私とて人だ。しばし時間をくれ」
「当然でございます。ですが何の方針も示さないようであれば、我等とて抱く不満もありましょう。スターレイ王国の貴族として」
これ以上、話を続ける必要はないと判断したのかディグラバは立ち上がる。
ディグラバはウィスカに一礼したかと思うと、振り返り様にメリーベルを睨みつけながら退室していった。
「ふぅ……」
ディグラバが退室したのを見て、メリーベルは頬の冷や汗を拭った。
◆
「あのおじさん恐い目しちゃって全く……私を睨みつけるだなんて不敬ですわ!」
「よくやったメリーベル」
第一王子ファーミトンの離宮にて、メリーベルはソファに体を投げ出した。
ドレスがどうなろうと知ったことかという勢いで愚痴を言いながら寝転がっている。
そんなメリーベルを、ファーミトンは労った。
「メリーベルちゃん完璧だったねー」
「当たり前ですわ! このメリーベルの演技力をもってすれば!」
寝転がるメリーベルの横には、ラビリス……ではなく第五王女リュシオル。
三人は今回トラウリヒで起きたカナタとルミナの誘拐事件を、メレフィニスの仕業だと捻じ曲げられないように動いていた。
「お父様が娘であるメレフィニスを擁護するのは難しいが、かつて後継者争いでメレフィニスを畏怖していた私達であれば一つの意見として機能する」
「ファーミトンお兄様ってばメレフィニスお姉様をとっても警戒していたものね、お姉様の派閥にいた私とすら会話してなかったのを思い出すわ」
「だからこそ、今あいつの味方をできる。状況証拠はメレフィニスが黒だ。本人が来なければ無意味な時間稼ぎだが、ベルナーズ家に今回の一件を任せるわけにはいかん」
ファーミトンは公爵家とメレフィニスの動きを把握していないものの、カナタとルミナのどちらもがいなくなった時、事態がどうなるかくらいの予測はできていた。
即座に国王に進言し、メレフィニスと交流のあるメリーベルとリュシオルも味方につけてベルナーズ家とアニムス家の動きを妨害している。
「心配ありませんわお兄様! あのディグラバとかいう男! 私が入ったら逃げるように出て行きましたもの!」
高笑いをするメリーベルに、ファーミトンは頷く。
「ああ、よくやった。謁見途中に乱入するなんて馬鹿なことが自然にできる王族は希少だからな」
「そうでしょうそうで……ん? ファーミトンお兄様?」
「そうそう! 私やファーミトン様だったらあんなことしても説得力がないから! メリーベルちゃんだからこそ!」
「リュシオルお姉様?」
褒められているはずなのに、引っ掛かりを覚えるメリーベル。
「メリーベル、こんな馬鹿の役目はお前にしかできない」
「うんうん! メリーベルちゃんってば本当にお馬鹿な子がぴったりで凄いよー!」
「全然褒められてる気がしませんわ!? もっとちゃんと! 大活躍したこのメリーベルを褒めたたえてくださいまし!?」
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