375.断ち切れぬ縁
星と月の光を遮る葉の天蓋……その下で人影が蠢いた。
森の中で吹く夜風は生き物の温もりを奪うが、その人影には関係ない。
一つ。二つ。三つ。
人影は増えていった……いや、増えたのではなく動き始めただけ。動く理由を見つけただけ。
自分達が動くべき理由に向かって人影が三つ進んでいく。
全く同じ動きをしながら進む姿はまるで、光に合わせて動く影のようだ。
その髪は明かりを欲していない。
その腕は誰の温もりも求めていない。
その足に何かを選ぶ意思はない。
ただ……そう。
その姿は、夜が似合う風貌ではあるのだろう。
終ぞ森は無人のまま……人影だけが一点に向かって進んでいた。
「メレフィニス殿……大丈――」
魔力反応を頼りにメレフィニスを追ってきたセルドラは、自分が何を言おうとしていたかが馬鹿馬鹿しくなった。
メレフィニスの目の前には拘束されている三人組。
自分のような凡人が心配する必要などあるわけがない、とセルドラは苦笑いを浮かべる。
弱体化したといっても、その才能は一時期、スターレイ王国の貴族社会だけでなく他国にすら影響を与えていた個人。
最初の不意打ちが失敗した時点で、結果は決まっていたのかもしれない。
「あら、そっちは大丈夫だった?」
「ええ、止血をして拘束しました。村の人間にはルイが謝罪して回ってます」
「そ。こっちは裏付けが終わったところよ。やはり今回の黒幕はベルナーズ家で間違いないみたい。基本的に傘下の貴族や雇った魔術師が投入されているみたい。流石に騎士団は動かせなかったみたいだけど」
「騎士団は目立ちますからね。動かすだけで威圧行為のようなものですから」
「公爵邸には三十人近く派遣されてて、王都への道中には大体、魔術師部隊が置かれていてそちらの詳細はわからないって言うんだけど……本当よね?」
メレフィニスは黒い剣を、拘束した男の喉元に当てる。
男は青褪めながら声を出そうとするが、あまりの恐怖で声が出ないのか小さく頷くだけだった。
昔のセルドラならば、ここまで脅える意味がわからなかったかもしれないが、魔術学院で真面目に授業を受けている今のセルドラにはわかる。
メレフィニスの魔力はわかりやすく巨大だ。
普通の魔術師ならば魔術を使用している時にしか魔力反応は感じ取れないが、メレフィニスの場合はむしろ、自分の魔力が巨大すぎて自分の魔術の魔力反応をかき消してしまっている。
(魔力の密度が人間じゃない……。この三人は俺よりも戦闘に慣れていて強いはずだが、この女の前では俺と等しく赤ん坊みたいなものだ。格が違うとはこういうことを指すのだろうな)
セルドラは呆れながら行方不明の友人に思いを馳せる。
(はは……。おいカナタ……お前、本当にどうやってこの女を倒したんだ……)
自分の友人が改めて、滅茶苦茶な人間であることにセルドラは笑いを零す。
心配よりも笑いが先に出てしまうことをやってのけるカナタもカナタだ。
妹が行方不明でも希望を持って行動できるのは、カナタが一緒の可能性が高いというおかげもあるだろう。
少しばかり現実から思考が逸れて、セルドラは冷静になる。
実はというと、突然奇襲を仕掛けられて心臓が早鐘のように鳴っていたのだ。
「ちょっと待て……? 多すぎでは……?」
冷静になったおかげが、聞かされた規模の異様さに気付く。
暗殺に魔術師三十人? それだけの数を一度に投入?
領地戦争じゃあるまいし、とセルドラは呟く。
「あなたもそう思う?」
「はい、そこまでの数を一気に動かすのは流石に……事が露見する可能性を高めては逆にベルナーズ家の地位を危うくする」
「私の予想だと手練れの魔術師を数人、バックアップに数人、それと切り捨てやすい傭兵がいるくらいだと思ったのだけれど……魔術師三十人はもう暗殺じゃなくて戦争よね」
「それに尋問できたということは魔術契約もしていない。これは……」
「動いているのはベルナーズ家だけじゃない。事態をもみ消せる後ろ盾がいるわね」
しかし、ベルナーズ家は侯爵家。その後ろ盾になる家は限られる。
二人が頭を悩ませる前に……その答えはすぐに姿を現した。
「え」
「……人? いえ、あれは……」
闇の中に、人影が浮かぶ。
森の奥から、こちらを覗く何かがいる。
海を漂う小舟のように、幻ではない確固たる存在感を持って。
人の形をしたそれは森の闇でも美しさを隠せず……セルドラとメレフィニスどちらにも見覚えがある姿をしていた。
「私――!?」
森の奥から現れたそれは、メレフィニスの姿をしていた。
「あきゅっ……」
「ひいい!?」
「!!」
突如現れた異常によって思考が塗り潰された隙を突かれる。
森の奥に見えた人影と同じ何かに、拘束していた男の一人が頭を割られた。
目の前に現れたそれもメレフィニスと同じ姿をしていて、
「人形……!?」
別方向から現れたその二足歩行の手足にはパーツを繋ぐ球体関節が見える。
男の頭を割ったのは、手から枝分かれした斧のような魔力の塊だった。
人形は顔が不気味なくらいメレフィニスそのものなである意味、人間味がない。
黒い髪に黒いドレスが、処刑人として森に舞う。
「助け――ぶひゅ」
「ちっ」
「うおう!?」
メレフィニスの姿をした人形によって二人目が殺される中、メレフィニスは舌打ちをしながらセルドラを背後に隠すようにする。
あまりに力強い庇い方にセルドラはメレフィニスにしがみついた。
名誉のために言うが、決してセルドラがひ弱なわけではない。
しがみつくと力強さより女性らしさのほうが印象強いのは、やはり彼女の強さは魔力量によるものということだろう。
「情報源が!」
「無理よ。助けられない」
「この……! 『炎撲――」
三人目の男が人形相手に魔術で対抗しようとするもそれは叶わなかった。
「ベ」
森の奥から飛んできた魔力の剣がその口に突き刺さる。
間の抜けた断末魔と凄惨な死に様にセルドラはつい目を逸らした。
剣が飛んできたほうを見れば、森の奥で右手をこちらに向ける人形が見える。
「オトコ……コロス…」
「カワイイ……カワイイ……ダニオウジョ」
「……そういうわけね」
人形の言葉にメレフィニスは忌々しそうにしながらも納得する。
そのまま人形は凄まじい速度でメレフィニスに飛び掛かった。
「『恐れる者達』」
「ワタシノ」
メレフィニスの足下から伸びる黒い手が一体目の人形の動きを止める。
自らの影から伸びる拘束魔術で、メレフィニスが使えばそれは破格の性能を発揮するが……ぎぎぎ、と人形は力づくでその拘束を外す。
「私の第二域を力づくでってことは、一体一体が第三域クラスと見ていいわね」
「何をのん気に分析してるんですか!?」
メレフィニスは手に持っていた黒い剣を振るう。
人形はそれに合わせて右手から隠し腕を出し、受け止めようとしてくるがそれよりもメレフィニスのほうが速かった。
黒い剣は人形の喉元に突き刺さり、頭が飛ぶ。
「自分の顔したやつの首を斬るなんていい気分じゃ――!?」
しかし、隠し腕は止まることはなかった。
伸びた隠し腕はメレフィニスの右腕を掴む。
常人であれば腕を潰されたであろう力に、メレフィニスの顔が歪む。
そして、森の奥にいたもう一体がこちらに腕を向けた。
その向けた手の平には先程放った魔力の剣が形成される。
近距離と中距離。そして首が飛んでも機能を失わない人形としての特性をもってメレフィニス本人を追い詰めるが、
「――『飢える夜禽の羽搏き』」
黒い羽搏きが、人形を二体とも両断する。
放ったのはメレフィニスの得意魔術。
メレフィニスの目の前にいた人形は魔力の斧と隠し腕ごと体を両断され、森の奥にいるもう一体は頭から股にかけて二つに別れた。
首が飛んでも死なないが、大きく破損すれば停止するようで……二体の人形は動こうとしながらも、そのまま沈黙する。破損した箇所から魔力が漏れているようだった。
「ふう……助か――」
セルドラが安心しかけたその瞬間、頭上から音がする。
音に反応して視線を上にすれば、そこにはメレフィニスと同じ顔をした三体目。
手には肉食獣の爪を模した魔力の塊が伸びていて、感情も躊躇もなく、セルドラの頭に振り下ろされる。
「『障壁!』」
間隙を突かれても思考を止めず、セルドラは咄嗟に防御魔術を唱える。
メレフィニスごと取り囲んだ防御魔術に爪が立てられたその時。
「はい、じゃあね」
突如、人形が落ちる先に黒い穴が現れる。
メレフィニスの周囲には、失伝魔術の術式の影響で“虚無の孔”と呼ばれる異空間がある。
上から襲ってきた人形は、その“虚無の孔”の中にすぽっと入り、メレフィニスはそのまま入り口を閉じた。
「ふう……」
「咄嗟に防御魔術を唱えられるのね。素晴らしいわ」
「……どうも」
セルドラは額に浮かんだ嫌な汗を拭う。
対して、メレフィニスは死んだ三人の様子を見ているようだった。
「駄目ね。全員死んでいるわ……殺す気はなかったのに」
セルドラはその横顔が意外だった。
まるで敵の死を憂いているような。
「それにしてもこの人形は……口封じか」
セルドラは恐る恐る人形に近付く。
精巧ではあったが、止まった状態でよく見れば、顔以外は普通に人形とわかる。
髪色も微妙に違うし、思い出せば声も似ているだけの偽物だ。
「口封じ兼私を狙った魔術でしょうね」
「魔術……?」
「ええ、人形遣いと言ってね、ゴーレムサモナーと並んで珍しい人形を使う魔術師のことを指すわ。遠隔操作に特化していて命令の精度で実力が出るの」
「初めて知りました……流石、お詳しいですね」
メレフィニスは説明しながら、転がっている頭のほうまで歩いていく。
自分そっくりの生首が転がっている気分は最悪だろう。
「詳しくて当然よ。先程言った後ろ盾だけど、この人形でどの家かわかったわ」
「本当ですか?」
「ええ、私の家よ」
「……え?」
「予想はしていなかったわけじゃないけれど、こうして直面すると呆れるものね」
メレフィニスは足元にある自分そっくりな人形の頭を踏み潰す。
「ベルナーズ家に協力しているのは私の生まれであるアニムス家。そしてこの人形は元宮廷魔術師ナディーン・アニムスの魔術……私の母親のものよ」
◆
王都・アニムス侯爵家の屋敷。
その一室で割れるような音が響いた。
「ああ、よかった……ようやく見つけた……! 私の愛しい愛しい子……我が娘!」
その女性の足下には、粉々になったティーポットとカップが散らばっていた。
ポットに入っていた紅茶は割れた勢いそのままに床にぶちまけられて、女性の足にかかってしまっているが、熱そうにはしていない。
床に零れた紅茶は湯気を立てているというのに、気にする素振りはなかった。
女性――ナディーン・アニムスの目尻には涙が溜まっている。
火傷の痛みではなく湧き上がってくる喜びで、笑顔と涙を浮かべていた。
「喧嘩をしてしまったものね。だから少し家出をしてしまったのよね。大丈夫。わかっているわ。お母さんはあなたのことをわかっているわ。誰よりも、誰よりもよ!」
周囲には、メレフィニスの顔をした人形が何体も並んでいた。
椅子に座るメレフィニスの人形、窓の外を見るメレフィニスの人形、ナディーンの隣には黒いドレスを着るメレフィニスの人形。
本を読むメレフィニスの人形。お辞儀をするメレフィニスの人形。
何かをしている娘の人形を並べているその様子は、おままごとに近い。
しかし、この家では誰もそれを指摘する者はいなかった。
「ああ、本当に変わらないわね可愛い子。昔から可愛くて、愛しくて、才能の溢れた子だった……すれ違って、少し離れてしまったけれど……でも……」
ナディーンは笑顔を浮かべる。
「でも!」
ナディーンは首を振る。
その視線の先には常にメレフィニスの人形があった。
「でもでもでもでもでも! でもおおおお!! 私の人形と遊んでくれたわぁ!!」
勢いのまま、ナディーンは自分の隣に座らせている人形を抱き締める。
ナディーンが抱き着いたその人形は、めきき、と音を立てて潰れるようにひしゃげていった。
「ああ、愛しい我が娘……! 王になる子……! 私のことを、王を産んだ母にしてくれる愛しい子! 早く戻ってきてちょうだい! 私の可愛い可愛い第二王女!!」
Q前話でメレフィニスが奇襲に気付いたのって何でですか?
Aこの世界の魔術は使うと魔力反応という魔術を使った痕跡のような魔力が出ます。魔術学院や王都みたいにそこら中で魔術を使いまくってる場所なら紛れることもできますが、ここは魔術師なんていない辺鄙な村なので魔力反応でばればれでした。




