373.二通の手紙(前)
メレフィニス・セルドラが出発してから一週間後。
「その人、アウトですです」
「え……? どういうことで……」
物資を搬入する馬車の御者を指差して、キュアモが断言した。
御者は何を言われているかわかららない、という素振りをするも騎士が取り囲む。
キュアモの言葉に疑いを持っていない騎士の動きはあまりに早かった。
「くっ……! 『雷音――」
「ふんっ!!」
「ごっ……!?」
魔力で強化された騎士に接近されては、第三域の魔術師でも対応できない。
御者に扮した刺客は、騎士が握った筋肉の拳によって苦しそうに崩れ落ちた。
鳩尾に容赦なく打ち込んだせいか、刺客は声を上げる余裕すらなく、口から出たのは苦悶を示すよだれだけだった。
「これで三人目、か」
ベルナーズ家の刺客はメレフィニスの出発を妨害できなかったからか、今日まで様々な刺客を公爵家に送り込んできていた。
どれだけ裕福だろうと、人間である以上は食べ物や水といった当たり前の物資は外から入れざるを得ない。
しかも、警戒中で人員を多くしているので食料は普段より必要になってしまう。
そこを狙って商人や御者に扮し、公爵家に入ろうとする刺客が出始めたが……全てキュアモの目によって捕まえることに成功していた。
キュアモの魔眼は、他者が見た過去の光景を見ることができる。
御者や商人らしからぬ場所が見えた瞬間、キュアモの判断で拘束するのだ。
「流石騎士様いいパンチ。ラジェストラ様に報告して、尋問に回しましょましょ」
「了解です。キュアモさん」
この一週間、共に警戒していたのもあって騎士とも良好な関係を築けている。
キュアモは家を捨てた貴族なので、爵位もなければ家の名も名乗れない。
扱いとしては完全に平民なのだが……公爵家ではカナタという前例があるからか、キュアモが身分を理由に困るようなことは一切起きていなかった。
「それにしても便利ですな。過去を覗ける目というのは」
「過去って言っても、断片的だし、生き物が映らないので黒幕とかはわかんないんですけどね。でもこの人はよくわかんない人形とか魔術書に囲まれてたんで、ただの御者なわけないですです」
「魔術に詳しい御者ですか。もし本当にいるのであれば騎士団に欲しいくらいです」
「あはは、確かに」
「ですが、そろそろ刺客を送り込んでも無駄とばれるでしょう。ここからは強硬策で来るかもしれませんな」
「気を引き締めないとですねすね」
門の警戒を仕切っている中年騎士と、緩みかけていた危機感を改めて引き締める。
メレフィニスとセルドラが王都に到着するのは当分先。その間に公爵家当主であるラジェストラを殺害できれば向こうの勝ちと言ってもいいのだ。
キュアモは拳を握り締めながらも、三人目を自分の力で捉えたことに自信を持つ。
「……あれ?」
自信を持って余裕が出てきたのか、キュアモは別のことを考えていた。
公爵家とかベルナーズ家とかではなく、この魔眼を使ってトラウリヒで見たとある光景についてだった。
(そういえば……トラウリヒで教皇を見た時は何で魔物が映ってたんだろ……? カナタくんを見た時は普通に戦場の光景とかだけだったのにな……?)
教皇が復活する直前にその過去を見た時、キュアモの眼には魔物が映っていた。
キュアモの魔眼はあくまで場所や光景を見れるだけなので本来なら映らない。
眉間に皺を寄せ少し考える素振りを見せた後、はっ、と何かに気付いたようにキュアモは目を剥いた。
「も、もしかして……私にはまだ真の力が眠って……!?」
「キュアモさん? 真の力がなんです?」
わなわなと自分の伸びしろを妄想した背中に騎士から声が掛けられる。
「うひゃあ!? なんでもないですです!」
キュアモは恥ずかしそうにしながら跳び上がって、今捕まえた刺客の尋問に協力するべく騎士達についていった。
◆
「エメト様! おかえりなさいませ!」
「ソンラ。うちの面子は揃ってっか?」
一方、カレジャス領では命令を受けたエメトが帰還した。
カレジャス領は商人以外の来訪をほぼ全てを断っている。
領民達の理解も早く、傭兵達もひりついた空気ながら領地の治安を守っていた。
メレフィニスの専属使用人であるソンラは安心したように一瞬表情を明るくするも、エメトの険しい様子からまだ終わっていないと察してしまう。
「はい、ダーオン様もジェニー様も、シメルタ様も帰ってきております。メレフィニス様の命令でしたので引き止めておりました」
「よし、どこだ?」
「エメト様が帰ってきたので、応接室に呼んでおりました」
エメトは早足で屋敷を歩き、応接室の扉をノックなしで開ける。
「てめえら仕事だ」
「エメトおかえり。トラウリヒ大変だったんだってー?」
「相変わらず忙しいなエメト殿は」
「カナタ様に雇われてからずっとだろう」
貴族のところに情報を抜きに行っていたジェニーははだけたドレスで手を振り、ダーオンとシメルタはいつも通りかと呆れていた。
エメトが率いるカレジャス領自慢の情報屋が揃っている。
「トラウリヒでカナタ様が攫われた。そのせいで公爵家周りが不穏だ。俺達には仕事が与えられた。説明終了」
「あ、カナタ様が攫われたのって本当なんだー……助けに行かないの?」
「そっちは後だ。現状こっちのがやべえから俺達はまだ休みなしだ」
「それはいいけどぉ、私とか役に立つわけ? 荒事は無理よ?」
「俺達の仕事は配達だ」
エメトは懐から手紙を二通出す。
「宛先は西のシャーメリアン商業連合と南で海賊国家フランダラスクとばちばちにやりあってる宮廷魔術師第三位だ」
「待てエメト。フランダラスクを抑え込んでるお貴族様に俺達のようなごろつきが取り合ってもらえるのか?」
ダーオンの心配はもっともだが、エメトは手紙に封を公爵家のシーリングスタンプが印された封蝋を指差した。
「だから公爵家の封蝋ってわけだ。それに、その抑え込んでる宮廷魔術師さんだからこその用件らしいぜ」
「……?」
「んで、シャーメリアンのほうは……」
シメルタを除いた全員の視線がシメルタに集まる。
シャーメリアン商業連合国のスパであるシメルタに。
「……私だろうな。しかしここからではシャーメリアンは遠いぞ。一月以上かかると見ていい」
「ああ、だからあれ使えんだろ? お前の主人の何か瞬間移動みてえなやつ」
「私の主人を利用する気か? いくらエメト殿の願いやカナタ殿がピンチと言えど、それは無理だ。私が要請できるのは私の任務に起因するもののみ」
断固たる態度で、シメルタは自分の主人に魔術を使った移動は頼めないと断った。
それも当然で、シメルタは主の命令を受けて、スパイとしてスターレイ王国に滞在している。
メレフィニスとの戦いの時に増援を送るように要請できたのは、シメルタの任務がいわゆる第二王女への警戒から始まったものだからこそ。
あのままではスターレイ王国どころか、シャーメリアン商業連合までメレフィニスの世界に吞み込まれる可能性があったため、その妨害のために要請できたに過ぎない。
「いいじゃないシメルタ、ご主人様と仲いいんでしょ?」
「仲は良好だとも。しかし、任務は任務。スパイということがみなにばれていてもここだけは曲げん」
シメルタは任務でここにいる。
第二王女案件、もしくはスターレイの王族に関することでしか動かない。
(仲間を利用しろ……)
エメトはメレフィニスに命令ついでに言われた言葉を思い出す。
頑として断るシメルタを見て、エメトは納得したように手を叩いた。
「あぁ、利用しろってそういう意味か。シメルタ、お前の任務って第二王女の監視とか動向の把握じゃねえのか?」
「想像にお任せする」
「おう、じゃあ想像が合ってるものとして話すぜ。この手紙よ……公爵家の封蝋はされてるが、中身はメレフィニス様の手紙なんだよ」
シメルタの眉がぴくっと動く。
(わかりやす……)
(わかりやすいな……)
それを見たジェニーとダーオンは内心でつい呟く。
「第二王女様が、どーしても、シャーメリアンの偉い人とコンタクトを取って欲しいんだってよ……要は、あの第二王女様がてめえのご主人様に借りを作ろうって言ってるわけだ」
「私の主が……第二王女に借りを作れる……!?」
シメルタはもう表情を取り繕うことすらできていなかった。
大きすぎる。あまりにも大きすぎるメリット。甘露な響き。
正体不明の天才と恐れられた第二王女と個人的なコネクションを持てるチャンス。
一体、どこの誰がこんな機会を捨てるというのか。
エメトはぷらぷらとシャーメリアン宛の手紙をシメルタの前で揺らす。
「つまり、これは第二王女案件ってわけだ。お前の管轄だろ? スパイくん?」
「……人目のつかないところから出発してもよいか」
「確実に届けてもらえるならいくらでも人目を避けていいぜ。俺達はなーんも知らねえから。じゃあ俺達三人は宮廷魔術師のほうに行くからよろしくな」
「癪だが……! 任せておけと胸を叩くしかなかろう……!」




