372.羨ましい
明朝。
夜明けと共に、公爵家の屋敷がある町シェンヴェイラから馬車が出発した。
北門から普通の馬車よりも速い速度で走っている。車輪の音が早朝の空気を揺らすようだった。
「公爵家の家紋の馬車が出ます」
「第二王女か?」
「わかりません、固定術式で遮断されている模様。馬の数は四頭」
「……」
その様子を観察する数人の男達がいた。
正体はカナタが消息不明になったことを聞き付け、即座に兵を動かしたベルナーズ家派閥の魔術師達。
全員が第三域まで昇りつめたものの、貴族の次男や三男で当主になれなかった者達をベルナーズ家は魔術師として雇っている。
騎士団所属や、魔術師部隊所属の人間もいるので貴族のプライドが邪魔して指示系統が混乱することもない。
今回の指示役が爆走する馬車を見て、目を細める。
「待機だ。公爵家の家紋が刻まれた馬車が、泥酔した親父も飛び起きそうなほど速く走っているのは不自然すぎる。早く襲ってくれと言わんばかりだ。我々がすでに門を見張っているのを見越しての囮だろう」
「自分も同意見です。それに、第二王女があんな荒れ馬が牽く馬車に乗るなんて到底思えません。しかも一台だけで護衛もいない」
馬車は道のちょっとした小石をその勢いで踏み潰すどころか、砕くんじゃないかと思うほどの速度で走っている。そのためか、客車の揺れが尋常ではない。
いくら公爵家の馬車とはいえ、中では相当な揺れが乗車している人間を襲っているだろう。
何より、護衛がいないのがおかしい。
「私達があの馬車を襲撃したところを、馬車の中の魔術師と町から様子を見ている魔術師で挟むつもりだ。公爵家は汚い手を使う連中ばかりだからな」
「念のため、囮の馬車がいたことを共有します。慎重に行動せよと」
「ああ、頼む」
ベルナーズ家の魔術師部隊は、その常識的な判断から馬車を静観する。
メレフィニスが乗る馬車を見極めるべく、門のほうに視線を戻す。
「北は囮……他の門の可能性が高いな」
◆
「うぶっ……!」
「セルドラ様、吐きますか?」
「何を言うか! 淑女の前でこの俺様が吐くなんて……うぶっ……」
「うふふ、別にいいのよ?」
魔術師部隊がスルーした爆走する馬車の中に、メレフィニスと公爵家長男のセルドラは乗っていた。
中は風に煽られた吊り橋のように大きく揺れていて、セルドラの喉元にはすでに吐き気が迫っている。
同乗しているルイもまだ平気で、メレフィニスも余裕そうに微笑んでいた。
「な、何故二人はそんな平然と……」
「私は魔術戦で体が激しく動くのも、動かされるのも慣れているから」
「カナタ様と一緒のほうが常に目まぐるしいので……」
「俺様も一応、乗馬で揺れにはなれているというのに……うぉえ……」
セルドラは今にも吐きそうな顔色だが、プライドで堪えているのかまだ吐く様子はない。
ルイが念のために袋を横で準備しているものの、まだ踏ん張れそうだ。
「……それにしても、あなたの言う通り、本当に何も起きずに出立できましたね」
「ええ、相手も馬鹿ではないでしょうから、ほんの少し裏をかかせてもらったわ」
メレフィニスは昨日、わざと公爵家の家紋が刻まれた馬車に乗ることをラジェストラとセルドラに提案していた。
ベルナーズ家はこれが公爵家を貶める千載一遇のチャンスと捉えているはず。
大胆にも仕掛けているが、その仕掛け方には慎重になっているに違いない。
ならば、わざと馬車を目立たせてその慎重さを利用すべきだと。
このような乗車した人間を気にも留めない走り方も、御者にそう命令している。
もう少し距離を取ったら、馬を休ませるがてら普通の走りに戻るだろう。
「すでに殿下の身柄を捕縛するために魔術師部隊が配置されているというのは……」
「ふふ、メフィって呼んでいいのよ?」
「お戯れを……これから追われる身で名前を呼ぶわけにもいかないでしょう」
「それもそうね。残念」
メレフィニスの眉が下がる。
「……では、人の目がないところではメレフィニス殿と呼ばせていただきます」
「あら、嬉しい」
メレフィニスの表情がぱぁ、と明るくなる。
こっちが正解なのか……と内心ほっとするセルドラであった。
子供の頃からのプライドはありつつも、人を見る目が順調に育った結果、メレフィニスが本当に残念がっているのを汲み取れたようである。
(あれだけ恐れられていた第二王女……まるで子供みたいなことで喜ぶのだな……。忙しさにかまけず、カナタに一度話を聞いておくべきだったか……)
セルドラは魔術学院で過ごしながら、長期休暇の際は領地経営について学ぶ日々。
公爵領は広いので、補佐になるであろう弟ロノスティコと共に視察も多かったのでカナタとはあまり話せていない。
こんな状況になるとは思うはずもないので、後悔するのも仕方ないのだが。
「改めて、すでに魔術師部隊が配置されているというのは間違いないのでしょうか」
「ええ。配置されていなかったらむしろ、ベルナーズ家は情報収集にも実行力にも難がある無能貴族と言わざるを得ないわね。私の出立を妨害できずとも、その部隊をそのまま公爵の暗殺に動かせるのだから人員も無駄にならない……私だったら町に密偵を入れて、かつ各門に部隊を配置するわ」
ルイが小さく手を挙げる。
「何? ルイ?」
「こんな荒く走っているのも作戦なんですよね?」
「ええ、そうよ。この速度だと、他の門にいる部隊に確認を取っている間に町を大きく離れてしまうでしょう? 万が一私がいるとばれても、相手の足並みが揃わなければ、それだけこちらも対処しやすいから。セルドラ殿の体調には申し訳ないけれど」
「お構いなく……」
セルドラの顔色は相変わらず悪い。
我慢しているのと、大丈夫なのかはまだ別の話だ。
顔色とは別に、セルドラが神妙な面持ちになったことにメレフィニスが気付く。
「何か、言いたいことがあるならどうぞ?」
「失礼な物言いで申し訳ありませんが……正直言って、自分は父がメレフィニス様の要求に吞み過ぎでは? と疑問を持っておりました。ここは公爵領だというのに、外部の人間主導で動くなんてらしくありませんから」
「私は一応、王族だから私を立てているのよ。私がカレジャス夫人になる予定でも、私が王族の血筋であることに変わりないわ。接し方を間違えて、王族との関係が悪くなるだなんて馬鹿らしいでしょう? 王族と公爵家は少し前まで関係がいいとは言えなかった。カナタが繋いだ関係を、わざわざ悪化させるような態度なんてとるはずがないわ。」
セルドラが考えていたのは、今回自分が同行する意味だった。
今ラジェストラが領地を出るのが危険なのはわかっている。
だがそれを差し引いても、母であるフロンティーヌでもいいはずだ。
公爵夫人として、公爵の代理を務めるに申し分ない。
馬車の中も女性だけになって、この旅路もやりやすいことが多くなるだろう。
それでもラジェストラは、セルドラを同行者に選んだ。
「公爵がそんな風に接してきたからこそ、私は図々しくも今を切り抜ける最低限の要求をあっさりとできたわ。互いの利害が一致していて、私が主導したほうが早いとわかっていたからこれだけ早く動けたのよ。公爵がそこらにいるプライドだけの貴族ではないということ……あなたのお父様は優秀だわ。そういったバランスをしっかり考えた上で私と接してくださったのだから」
「なるほど、流石は父上ということですか」
「ええ、セルドラ殿は立派な父を持ったようね」
自分が同行者に選ばれた意味……その理由は間違いなく、王都に行くまでの旅路で多くを学び、吸収すること。
派閥を作らずとも派閥が生まれ、歩けば人が付き従い、座れば傅く。
望まぬカリスマを持つ、生まれついての為政者からできるだけ多くを。
今のセルドラは、自分は凡人だと知っている。
そして、そのことに絶望もしていない。
「……羨ましいわ」
「え?」
「いいえ、なんでも」
いつもありがとうございます!
魔術漁りは選び取る三巻発売!無事発売!
三巻からはWeb版とも内容が変わっていくので、ぜひ比較しながら楽しんでください!
買ってくれた方はぜひ感想で教えてください!お礼を言いに行きます!
三巻のネタバレは駄目ですよ!まだ読んでないからもいるでしょうから!
みなさんぜひよろしくお願いしますー! 買ってない方は今すぐ電子に!もしくは明日の帰りに本屋にゴーです!




