370.犯人はお前だ
「問題は二つだ。まず一つ目、近い内に俺は暗殺される」
「!!」
「公爵家を快く思っていない連中にとって、今以上の好機はなく、時間もない。間違いなくベルナーズ家はすでに動いている」
スターレイ王国は、決して内部情勢が安定している国ではない。
魔術師が多いということはそれだけ力を持つ貴族が多いということでもあり、権力を求めた内部での対立が基本的に絶えない。国が豊かゆえに、内部で争うのだ。
領主同士の戦は多く、傭兵達の仕事は絶えない。
だが、誰相手でも争いを望むわけではない。圧倒的な後ろ盾や力を保有する領地にはちょっかいも出さず、平穏や友好を望むのが基本である。
豊かさを求めているからといって、命知らずなわけがない。
誰だって虎の尾を踏みたくないものだ。
「順序立てて説明しよう。当時いなかった者もいるが、三年半前……ルミナが失伝刻印者とばれた俺達はなすすべがなく、一度ルミナを奪われた。王族メリーベルをバックにつけた宮廷魔術師デナイアルを前に、金をかけただけの常識的な警備は何の意味もなさなかった」
――三年半前。
ルミナが失伝刻印者だということがばれ、王族メリーベルを後ろ盾に宮廷魔術師デナイアルがルミナを誘拐した事件があった。
それは本当なら、公爵家が終わるはずだった日。
デナイアルにルミナが嫁がされ、命以外の何もかもが奪われる未来。
公爵家はルミナを人質に全てを差し出し、ルミナは公爵家を人質に一生デナイアルの魔術実験で体の中をいじくりまわされる。
そんな悲惨な未来になる……はずだった。
「何故こんな大胆な手を打ってこれたかは想像がつくだろう? 何年も秀才止まりの魔術師しか輩出できていなかった公爵家は、領地外から舐められていたのだ。どれだけ魔剣士を雇って騎士団を配備しても、領地が儲かろうとも、圧倒的な個がいなかった。この一件に噛んでいたベルナーズ家も宮廷魔術師が動くと知った時はパーティーを三日三晩開いただろうさ」
「だが、そうはならなかった」
「そう……当時十二歳でまだ第三域だったカナタがたった一人で宮廷魔術師を破ったからだ」
王族も貴族も、誰もが予想できなかったであろう。
魔術の才能が衰退していた公爵家に突如――宮廷魔術師を殺す怪物が現れるなど。
「それ以来ベルナーズ家は公爵家に手を出してこなくなった。王族との書簡でのやり取りも増えたよ。当然だ、公爵家にはいないと思っていたはずの虎がいたのだから」
「えっと、つまり……俺ら風に言うとカナタ様が用心棒のような立ち位置だったと」
「理解が早いな情報屋。エメトと言ったか、カナタは優秀な部下を持っている」
カナタ以外に褒められるのが慣れていないのか、エメトは頬を掻く。
「ええ、領地とは比べ物になんないすけど、ごろつきにも縄張りっつうもんがありますから……けど、それで暗殺ってのはよくわかんないすね……」
「そこで二つ目の問題が、メレフィニス殿だ」
「……?」
メレフィニスに視線が集まり、メレフィニスはにこっと笑って手を振る。
「何故メレフィニス殿がカナタに嫁ぐという話が出たか……それは、カナタがメレフィニス殿の抑止力にもなるからだ。事実、メレフィニス殿は一度カナタに野望を阻まれた結果、最近まで投獄されていた」
「私は国家転覆を目論んだ大罪人で、王都に置いておくのは危険すぎるわ。私を閉じ込めておける宮廷魔術師もケネス王弟のクーデターによって弱体化してしまった……だから国王陛下としては、早急に私を押さえられる人間が必要だったわけ」
「会議の場での国王陛下と俺の思惑は自然と一致した。向こうはメレフィニス殿を王都に置いておきたくない。俺は王族との繋がりが欲しい。後は落としどころを見つければいい。そうしてできた落としどころとして、ルミナが第一夫人、メレフィニス殿が第二夫人に落ち着いた」
エメトの顔が徐々に青褪めていく。
だが隣のキュアモや、エメトに羽交い絞めにされてるルイはまだピンと来ていない。
恐らくは、二人共メレフィニスと同じ領地で穏やかに過ごした時間があるから発想が出てこないのだろう。
メレフィニスはそんな二人を見ながら、人差し指を立てる。
「さぁ、ここで問題です。カナタとルミナが誘拐されました。領地には危険だからと嫁がせて、王都から引き離した国家転覆の大罪人だけが残っています。二人が誘拐されたからその大罪人を押さえられる人間は、だーれもいません。二人をトラウリヒで誘拐させた犯人、だーれだ?」
ここまで言われれば、流石にルイもキュアモも意味が理解できた。
そう……メレフィニスを押さえられる二人が、いない。
メレフィニスを押さえられる人間が、二人共、都合よく、外国で消えている。
「さらに言えば、その大罪人はトラウリヒの違法魔道具を使って、国家転覆をしようとしていました」
しかも、事件の時に使った違法魔道具と所縁のある国で。
「メレフィニス様が犯人だー! 犯人じゃないのに!」
「ルイ正解。ふふ、クイズって楽しいわ。今度は答えるほうもやってみたいものね」
「そのようなのん気なことを……」
楽しそうにするメレフィニスとは裏腹に話を聞いていたシャトランは頭を抱える。
改めて言葉にされると状況があまりに悪すぎる。全ての状況が悪いほうに傾いていると言ってもいい。
これでメレフィニスが今回の誘拐に全く関与していないのが嘘のようだ。
「今の状況ではトラウリヒからカナタ達の誘拐について情報を共有することも難しいですわね……手紙や書簡が届くだけでメレフィニス殿とトラウリヒの共謀説を後押ししかねません」
「仰る通りよ夫人。だから、カナタとルミナのことを後回しにせざるを得ないの。カナタとルミナの捜索についてトラウリヒと接触するためには、国内の問題を片付けなければならないわ。」
「だからこそ、メレフィニス殿が登城して説明するまで、相手方は死に物狂いになるということですね」
ロザリンドがそう言うと、メレフィニスは頷く。
「公爵家を守ってくれる怪物は不在、そして何をやっても自然と罪を被ってくれる極悪人……今だけ、公爵家の敵である貴族達は私という盾に隠れて好き放題できるわ。何だってやるんじゃないかしら。私の登城もできるだけ妨害してくるはずよ」
カナタとルミナの誘拐は、メレフィニスがトラウリヒと共謀したことでは?
この疑いがある間、メレフィニスは公爵家に攻撃している図式が成り立ってしまうため、公爵家を陥れたい貴族達はいくらでも暴れることができる。逆に、メレフィニスが公爵家の人間と共に登城できればそれら全てを封じ込めることができる。
何よりも優先されるのは、メレフィニスが今回の一件に無関係であることを説明するために登城すること。
「えと……」
「なあに?」
キュアモが恐る恐る手を挙げる。
「あの第二王女を妨害って、そんな命知らずなことしますかねかね?」
キュアモがあえて、あの第二王女と言ったのはメレフィニスがどれだけ恐れられていたかを知っているからだろう。
加えて、魔道具を使ったとはいえヘルメスを出し抜いた第四域の魔術師。
普通の頭をしていれば、メレフィニスを止めようだなんて思わない。
立ちはだかった者の運命は決まっている。
「今ならするんじゃないかしら。というより、今しかないと思うわ」
「どういう……?」
「だって今私、第四域を使えないもの。第三域の魔術師なら何とかなりそうだと思わない?」
メレフィニスがさらっと説明すると、部屋の空気が止まった。




