369.やるべきこと
「どうぞ、私の首をお斬りください」
カナタの義両親……シャトランとロザリンドの前でルイがひれ伏す。
床に額と膝をつけるその体勢は、自分の頭を差し出しているようだった。
「主人の命で異国に同行したにも関わらず、主人と共に攫われることすらできないどころかその場に居合わせることもできず……他の方々から主人の誘拐を初めて知る始末……。専属使用人として主人の傍を離れた不徳……言い訳の仕様もありません。旦那様、奥様……申し訳ございません……。この無能を解雇し、そのまま首を……」
「おいおい待て待て。んなら目の前で攫われた俺らはもっと死ぬだろふざけんな」
冗談じゃない、とエメトはルイを無理矢理引き起こす。
トラウリヒでカナタ達が攫われた後、ルイ達はエイミーの協力もあってすぐに帰国し、そのまま公爵領に向かうことができていた。
先触れを出しておいたおかげかディーラスコ家の面々も経緯を知るべくすでに公爵領に到着しており……今はラジェストラを待っている。
「奥様、旦那様、公爵様が来る前に下手な言い訳をしちまうが……ありゃ誰がいても無理だ。カナタ様達を攫っていったのはこの世の物じゃなかった。ルイは悪くねえっすよ」
「そうですです! 言い訳に……なっちゃいますけど……」
護衛として同行したエメトとキュアモは説明しつつも肩を落とす。
あの状況を覆すのは自分達にはどうあがいても不可能だ。不可能だが……それでも自分の主人を目の前で攫われて、何もできなかった事実は変わらない。
「……詳しい話はラジェストラ様が来てから聞く」
「っ……。……うす」
淡々としたシャトランの声に、エメトは目を伏せる。
カナタの温情で雇われて、ここまで積み上げてきた信頼が無に帰する瞬間にしか思えなかった。
しかしそれを察してか、シャトランが言葉を付け加える。
「待て。誤解されないよう言っておくが、私達が君達を罰することはない」
「え……」
「無関係とまでは言わないが、そも君達の主人はカナタだ。それに君達が息子に尽くしてくれたことは知っている。軽々に罰しては、カナタが帰ってきた時に私達が叱られてしまうよ」
シャトランの言葉はルイ達を気遣うものだったが、それが逆に心を重くする。
自分達が罰を受けないことが、目の前で主人を攫われて何もできなかった不甲斐なさを加速させるかのような。
目上の人間からの優しさが、今はあまりに厳しい。
本気で……本気でカナタに仕えていたがゆえに。
「それに、その場にカナタやルミナ様、それにトラウリヒの聖女がいてどうにもできないのなら本当に無理だったのだろう。カナタの実力は私達も知っている。仕えるだけではどうにもできないことだってあるのだ。胸を張れとまでは言えぬが……せめて背中を丸めるな」
「……ありがとうございます」
シャトランからの激励にエメトは深々と頭を下げた。
遅れて、キュアモも頭を下げる。
ルイはエメトに羽交い絞めにされながら、項垂れるままだった。
三人の様子を見てシャトランは横に座るロザリンドに視線をやる。
「ロザリンドからも何か言ってやってくれぬか?」
「わたくしですか? シャトラン様からのお言葉で十分だと思いますが……」
ロザリンドは広げていた扇を閉じた。
その音にエメトはびくっと肩を震わせる。
「あなた方の様子を見れば、あの子への忠誠が本物だということは疑いようもありません。我が息子の忠臣達よ、よくぞ戻ってきてくれました。これからも、その忠誠を損なわないことを願います」
一番動揺しているのは親であるシャトランとロザリンドのはず。
にも関わらず、主人を攫われておめおめと帰ってきた自分達を労ってくれる姿にルイ達は言葉で応えることができなかった。
部屋の中が静まり返ってから少しして、扉が勢いよく開く。
ラジェストラが来たものと思ってか、全員が立ち上がった。
「では手筈通り、私は王都に向かいます。際して、公爵家の人間をお貸しいただきたいのだけれど」
「本来なら当主である自分が同行したいところですが、不在の隙を突かれるほど間抜けなことはありません。息子のセルドラを同行させましょう。メレフィニス殿が今回の件で公爵家と敵対する意思がないこともアピールできましょう」
入ってきたのはラジェストラだけでなく、メレフィニスとの二人だった。
シャトランとロザリンドよりも先に到着していたようで、すでに話が進んでいる。
「魔術の腕は?」
「……お世辞にも、メレフィニス殿のお目に敵う腕ではございません」
「王都に向かう途中で死なれては困ります。私の魔術は人を守るのに向いていませんわ」
部屋に入ってきたメレフィニスは時間が惜しいとばかりにラジェストラと会話をしていたが、シャトランとロザリンドを見た瞬間……言葉に詰まったように目を見開いた。
その視線は、ロザリンドのお腹にいく。
まだ大きく膨らんではいないが、すでに体には変化があるはずだった。
メレフィニスが両手を広げると、ロザリンドが柔らかくそれに応える。
「閣下、夫人……この度は大変な時期に申し訳ございません」
「ははは、殿下に畏まられるのは些かむず痒いですな」
「他でもないカナタのことですもの。領地はエイダンに任せてありますからご安心を。ちょっとした旅行のようなものですわ」
「寛大なご配慮、感謝致します」
メレフィニスが二人とハグをすると、ラジェストラが座り、他もそれに続く。
エメト達はカレジャス家の人間なので急いでメレフィニスの後ろに立った。
全員の視線がラジェストラに集まる。
「みんなよくぞ集まってくれた。公爵領に来たとあらば歓迎のために一夜パーティーに費やしたいところだが……そうも言ってられぬ事態だ。トラウリヒで攫われたカナタとルミナのこと……そして、カナタ不在による我が国への影響について共有せねばならん。
何より、今我々にとっては前者よりも、後者こそが重要だ」
「っ……!」
ラジェストラの言葉を聞いて、項垂れていたルイの顔がぐんと上がった。
生気のなかった目に、怒りがどす黒い光となって戻っていく。
カナタの専属使用人であるという矜持がなければ、カナタのことを後回しだと暗に言っているラジェストラの首に噛みついていただろう。それこそ、首だけになっても。
ロザリンドはその様子に呆れたのか、眉間に手を当てる。
「……ラジェストラ様。お言葉ですが、一刻を争うとはいえあまりに直接的では聞いている者に誤解を与えます。今は身内である我々の神経を逆撫でしない配慮くらいはその言葉に乗せておくべきかと」
「すまぬ。そうだな、今の言葉はそれだけ俺が焦っていると捉えてくれ。ルミナとカナタのことは無論、憂慮しているが……我々が目下対処すべきなのは二人を攫った謎の生物ではなく、国内の人間だ」
ラジェストラはわざとらしい咳払いをしながら、メレフィニスに視線をやる。
「だからこそ、メレフィニス殿も馬を乗り潰してまで来てくれたのだ」
部屋中の視線が集まって、メレフィニスも頷いた。
「カナタとルミナは心配よ……今すぐにでも捜しに行きたい。でも私はカナタから領地を任された。なら二人が帰ってくる場所を守るのが、今の私のやるべきことよ」
三巻発売まで後五日となりました!
三巻からは内容も変わっていますので、ぜひ書籍を手に取ってやってください!




