366.数秒の悪夢
「宮殿にいた人達は……気絶してしまっているのでしょうか……?」
「急に自分のいる建物が崩壊し始めたら、普通に恐いでしょうし」
「確かに……天変地異が起きたと考えてもおかしくありませんね」
エイミーがアンダースに治癒魔術をかけている間、カナタ達は周りを見回す。
今の今まで巨大な建造物があった場所が、砂丘のようになっているのだから同じ場所にいても周囲の風景は全くの別物だ。
「俺達に怪我がないところを見ると、エイミーのコントロールは完璧だったんだろう……何がそうさせたかは、俺達にはわかりませんけど」
「歌……と言っていましたよね、カナタでもやはりわかりませんか?」
「はい。術式が見えても、エイミーの失伝魔術が使えるわけでもありませんから」
カナタはエイミーのほうをちらっと見る。
アンダースの怪我がよほどひどいのか、時間がかかっているようだ。
「魔力切れだったのが急に失伝魔術を使えるようになったり、歌が聞こえると言ったり、きっとこの国の人間しかわからない奇跡が起きたんでしょう」
「奇跡……ですか?」
「ええ、理屈よりそっちのほうがしっくりくるじゃないですか。クヴィリスのような偽の奇跡ではなく、聖女が起こした本当の奇跡のほうがね」
そう言いながら、カナタは微笑んだ。
ルミナはカナタとエイミーを交互に見て、何かに納得したように頷く。
「確かに、そうですね」
「でしょう?」
カナタとルミナにはエイミー達に何が起きたのかわからない。
それでも、クヴィリスと戦う前のエイミーにあった後悔が消えたことはわかる。
この国の問題は、この国の人間が決着を。
カナタはエイミーのことを対等な友人だと思っているからこそ、エイミーが後悔したまま終わるのはよくないと考えてこの提案を持ち掛けた。
後悔を抱え、答えが出ないままの辛さを知っているから。
「おーい! カナタ様! 無事かよ!」
「カナタくんくん! ルミナ様様ー!」
「エメトさん、キュアモさん」
町のほうに行っていたエメトとキュアモがこちらに走ってきている。
エメトは宮殿だった砂丘から一気に駆け下り、カナタの両肩を掴んだ。
「おいおいボロボロじゃねえか! すれ違ってる間に教皇ぶっ殺したのか!?」
「突然町の人が歌い出したと思ったら宮殿崩れるし! それで町も大騒ぎだよだよ!!」
「そうだそうだ。おいカナタ様、やりすぎだろこりゃあよ!」
「そうだよ! いくら教皇にむかついたからって宮殿ごとなんて!」
「え、あ、いや……」
この場での戦いを見ていないエメトとキュアモは完全に勘違いしている。
確かに、この場にいる人間で誰が宮殿を破壊するかと言われればカナタしかいないだろう。普段の行いというやつだ。
しかし、今回ばかりは完全に誤解である。
「いや、宮殿壊したのは俺じゃなくて……でも騒ぎにはそりゃなるよな」
「ど、どうしましょうかカナタ?」
「それについては、私達に任せてくれたまえ」
中庭の隅でクヴィリスの遺体に自分の服を被せたダンティーニが頼もしい言葉と共に割って入ってくる。
カナタはすかさず、ダンティーニに向かって手を差し出した。
「ダンティーニさん、今回の協力者ですね」
「ああ、お嬢さんが投獄されている間、雑談相手になってもらっていたしがない爺さんさ。我が国への助力、改めて感謝するよ。後始末は私達がいくらでもするとも。アンダースが起きたらアンダースも証言してくれるだろうからね」
「当初の予定だと、もっとスマートに救出して明日決着をつける予定だったんですけど……ともかく、助けられてよかったです」
苦笑いするカナタの手を握りながら、ダンティーニは突然その場で膝をついた。
カナタの手を両手で、ぎゅっ、と包む様に握り、自らを捧げるように頭を垂れる。
「……ダンティーニさん?」
「ありがとう。君には本当に、感謝している」
「いえ、友達の国ですから……」
「国のことだけじゃないのだよ」
「……?」
顔を上げたダンティーニの微笑みは、何故か老人には見えなかった。
しかし、カナタにはダンティーニから国のこと以外で何を感謝されたのかはわからないままだった。
「あー、終わったー!」
アンダースへの治癒魔術が終わったのか、エイミーはその場に倒れ込む。
怪我は治っても、体力や血が戻るわけではないので今にでもベッドに行きたいだろうが、生憎自分で崩壊させてしまったのでベッドなどこの場にはない。
疲労困憊のエイミーにとっては、中庭の土も寝転ぶには十分だった。
「どうだ?」
「目のほうは流石に無理だけど、他はばっちしって感じよ。なーんか治癒魔術の精度も上がってるみたい」
「そっか、よかった」
「よかったって……そりゃ最後は助かったけど、元々カナタをはめたおっさんだからねこいつ」
「それでも、協力関係を結んだからには死んでほしいわけじゃないから」
「全くお人好しというかさぁ……ま、最後に免じて許してやりますか」
これから宮殿にいた司教や司祭、そして騎士や国民への説明や事後処理。
教皇という統率者を失ったことによって、トラウリヒはしばらく混乱に見舞われるだろう。
恐らくエイミーも、聖女として今まで以上に慌ただしくなるに違いない。
それでも、本当の意味でトラウリヒを揺るがした今回の事件に決着をつけたことは間違いない。
後はエイミーが選び取ったトラウリヒという国のカタチを、この国の人々が再び蘇らせるだろう。
彼等が今まで何度もそうしてきたように――。
『見つけたぞ、魔術王』
そんな未来を思い描く中、咆哮と共に空がひび割れた。
「!!」
「!?」
『クヴィリスが敗北したのなら契約はなくなった。遠慮なく介入させてもらおう』
突如砕け散る夜空。降り注ぐ空の破片。
まるで空が一枚の窓であるかのように、空を割った向こう側には空間が広がっている。
その空間から、爬虫類のような鱗を持った巨大な腕が中庭を襲った。
あまりにも現実的ではない光景が目の前に広がって、カナタ達の思考は一瞬止まる。
『どちらだ? 念のためどちらもにしておくか』
「ぐっ――!?」
「きゃああああああ!?」
「な!?」
「に!?」
巨大な爬虫類の腕は中庭を潰すかと思えば、繊細にもカナタとルミナの体を掴む。
エメトとキュアモはその巨大な腕に向かって手を伸ばすも、カナタとルミナを掴んだかと思えばすぐに戻っていく。
握られて体が押し潰される痛みの中、ばきっ、という音がカナタの右手辺りで鳴った。
(ヴンダーの杖が破壊された!? 第四域相当の違法魔道具が――!?)
その音はカナタが持っていたヴンダーの杖が破壊された音だった。
ヴンダーの杖は第四域相当の魔術式を持つ違法魔道具。
かつてカナタを閉じ込めた『トラウリヒの微睡み』と同じく、普通の方法では破壊できない。
だがカナタの持っていたヴンダーの杖は砕け、ぱらぱら、と腕の隙間から破片が散る音が微かに聞こえてきた。
「何だありゃ! 魔物か!?」
「教皇が死んで暴走した!? それとも……!」
「カナタ! ルミナ! 今助け――わっ!?」
『貴様に用はない』
エイミーが浮遊で追いかけようとするも、浮き上がる前に地面に落ちる。
体が本調子じゃないからか。それとも……。
「なんで……体が……!?」
『今、空は我が領域。鍵ごときで侵すのは不可能と知れ』
巨大な爬虫類の腕がカナタとルミナを連れて行こうとしているのは、割れた空の向こう側にある謎の空間……一体何があるのか、何をされるのかもわからない。
「ルミナ!!」
「はい!」
相手は空を割り、自分達を連れ去ろうとしている超常の存在。
そして巨大な腕で体を握られている今、出し惜しみは意味がない。
ルミナもカナタの意図を汲み取って、カナタと視線を合わせた。
「“開け魔の階! 我が瞳に――」
『閉じよ』
失伝魔術の詠唱を始めようとした瞬間――咆哮と共にカナタの瞳が割れる。
カナタの瞳にあった鍵が破壊され、門であるルミナの魔力が停止する。
そして陶器が砕けたような音と共に、カナタの瞳から血が噴き出した。
「ぐ……ぎぃ……!? があああああああ!?」
「カナ……タ……!」
瞳の鍵が破壊された痛みでカナタは叫び、ルミナは魔力が止まったせいか、ぐったりと意識を失う。
「カナタぁ! ルミナぁ! 何で、動か……ないの……!」
エイミーが見上げると、すでに巨大な爬虫類の腕は割れた空の向こう側に消えようとしている。
誰もそれを止めることはできず、誰もそれに抗うこともできず、ただカナタとルミナが連れ去られていくのを見届けることしかできなかった。
嵐に巻き込まれた人間を助けに、嵐に突っ込むことができないように。
「エ……エメト!! キュアモ!!」
「っ……!」
「カナタくんっ!」
カナタが助けを求めているかと思い、二人は自分達の無力さを恥じる。
右目から血を流すカナタは二人のほうに顔を向けて、
「戻ってこのことを伝えてくれ!!」
「――」
「俺がいない間、頼む!!」
二人にその言葉を残して、空の向こう側に連れ去られた。
不思議なことに、割れた空は巨大な爬虫類の腕が向こう側に戻った途端に修復されていき……元の夜空に戻っていく。
何もかもが、悪い夢のような数秒。
エメトは拳を血が滲むまで握り締め、キュアモはぺたんと地面にしゃがみこむ。
ここにいる誰もが何が起こったのかを理解することすらできず、呆然とするしかなかった。
明日の更新で第十三部終了となります。




