349.戦力隔離
「ルイ、私の後ろで隠れていてくださいね!」
「ルミナ様ちっちゃいから隠れきれないです!」
「これでも大きくなりましたよ!!」
エイミーとクヴィリスの交渉が決裂した影響で、奇跡に酔っていた教皇宮殿には一転してパニックが訪れた。トラウリヒは安泰と思っていたところに巨大な魔力反応と破裂音。そして空に打ちあがった火属性の魔術。
司祭や騎士達が混乱している今が好機とルミナ達は隔離区画から飛び出した。
ここにいる司祭や騎士は事情を全くわかっていない。
そのわかっていないところに追い討ちをかけるようにタスクを増やす。
対応しなければいけない事象を増やし、落ち着く時間を与えないまま相手に混乱の種を増やしていく。
教皇と聖女の激突。魔物の動き。そして隔離していた人質の脱走。
酔った頭で全てを対処するのはさぞ難儀に違いない。
「何故この私がダンティーニなどに肩を貸さねばならんのだ……!」
「文句を言うなアンダース。お前が私をここまで弱らせたんだ……中庭までは運んでくれたまえ」
「やはり教皇になれる器ではないなお前は!」
「元々なれるなんて思っていないさ」
シグリが一番前に出て、その後ろにルミナと非戦闘員のルイ。
後ろはダンティーニに肩を貸しながらアンダースが警戒している。
隔離区画にも少数だが、騎士や司祭が様子を見に来ていた。
「シグリ……!? 何故……!?」
「すまないな。私はエイミー様の味方だ!」
シグリはトラウリヒの騎士。戦う相手には顔見知りもいた。
先程まで酔いしれていた上に、同僚のシグリが敵にいれば騎士達の動きが鈍るのも仕方ない。
ただでさえシグリは聖女の護衛騎士……他の者より防戦に長けている。
シグリが剣で後ろを守り、後ろから放つルミナの魔術で倒していく。
「『光縛の紐結』」
ルミナから放たれる光の紐が騎士達を縛り、シグリが気絶させていく。
酔っていなければもっと苦戦していただろう。
「ルミナ様って……本当に戦えたんですね……?」
「一応、魔術師としても秀才と言われているんですよ私……カナタやメレフィニスの強さがおかしいだけですからね?」
「カナタ様ですからね!」
ルイに若干失礼なことを言われつつも進む。魔術を使える司祭が来るまで数を減らしたい。
そんなルミナの魔術を見て、後ろからダンティーニが声をかけた。
「お嬢さん、違う」
「え……?」
「魔術の使い方があなたにあっていない」
ルミナは言われた意味がよくわかっていなかった。
状況がよくわかっていないのかと思ってしまうほど自然に手招きをされた。
「アンダース。少し代わりなさい。いくら君でも酔った司祭くらいは何人来ても抑えられるだろう?」
「馬鹿にするな! 貴様の介護をする屈辱に比べれば誰だろうと抑えられるわ!」
ダンティーニに煽られるとアンダースが率先してルミナがやっていた役を代わる。
言うだけの実力はあるようで、様子を見に来た司祭などはアンダースの魔術の前に倒れていった。
水属性を主に使うのをルミナが少し意外そうに見ていると、ダンティーニがこっそり耳打ちする。
「それなりにやるだろう? あいつは味方になれば扱いやすいものだ」
そう言って口角をあげるダンティーニは、まるで試験前の生徒の緊張を解す教師のようだった。
「君は実に丁寧に魔術を使う……。魔術に教科書があるとすればきっと君のような教科書ができあがるだろう」
「褒め言葉ではありませんね?」
周囲が氷結する音を聞きながら、ダンティーニが頷く。
今まで公爵家で雇っていた家庭教師にも同じニュアンスで褒められたことがあったが、どこか腑に落ちなかった記憶がある。
その家庭教師はきっと褒めたつもりだったのだろうが、目の前にいるダンティーニは違う。
「丁寧なことが悪いわけではない。確かに安定するための重要な要素だ……しかし、それだけでは頭打ちになる。君を魔術師にはしてくれない」
「頭打ち……」
「そうだ、基本というのは骨組みにすぎない。もし君の周りに第三域を超えている魔術師がいたらよく思い出してくれ……彼等が魔術師として強い理由は基本に忠実だからだったかい?」
ルミナがまず始めに思い出したのは自分が最初に出会った第四域デナイアル。
自分の解釈によって生まれた属性に特化した魔術の数々は基本から外れている。
次に浮かび上がったのは初めての時は戦い、次には共闘した第四域メレフィニス。
自分の願いを叶えるための魔術を作り上げ、息をするように魔術を唱えられる彼女の姿が基本的な魔術師のはずがない。
そして最後によぎったのは最も身近な第四域であるカナタ。
自分の人生から魔術を作り出す彼は最も常識から外れている。他者の術式を自らの術式にして拾い上げてしまうのを基本と呼ぶ者がいたら、それは詐欺師か無知かのどちらか。
そう……誰もが自分の何かを魔術に反映させている。
そうして生まれる魔術はただの飛び道具ではなく、自らの力そのものであり自信。
ルミナの魔術には自分という色がない。
「今すぐ第四域になれと言っているわけではない……。ただせめて、魔術師になる努力はすべきだと私は思う……。誰だってキャンバスと絵の具だけ用意して終わりにするのはもったいなく思うものだ。どうせなら絵を描こうじゃないか」
「魔術に、自分を乗せる……?」
「そうだ……第四域に至るための術式の解釈とは、自分自身と向き合うと同義。自分は魔術を何のために使うのか、魔術をどう認識しているのか、第四域を目指さずとも意識したまえ。魔術をどう使いたい? 君の色は何色だ?」
響くシグリの剣の金属音、アンダースの魔術の衝撃、ルイの悲鳴。
それら全てを一瞬だけルミナは排除して……今の自分との根幹に向き合った。
カナタの母が自分を助けに走ってきてくれた記憶が。
カナタが自分を助けにデアイアルの仮想領域に飛び込んだ時の記憶が。
「誰かに手を伸ばしたい時……届くような……魔術師がいい、です」
「だから君は光属性が得意なんだろう。光は何よりも速く届くから」
そんな風に自分の魔術を考えたことはなかった。
光属性を好むのは無意識だと思っていたけれど――自分だからこその理由がある?
「こうやって、解釈を広げていくんだよお嬢さん……。後付けでも気付きでもいい。それこそ自らを信じるように魔術のことを考える……そんな姿は信仰に身を寄せる信徒に似ているような気がすると私は思っているよ……」
「……」
魔術という骨組みだけで戦っていたルミナに降り注ぐ声はそれこそ光のよう。
抽象的ながらもわかりやすい助言を聞いて、自分の魔術の脆さが少しわかった気がした。
学んだ魔術をシチュエーションによって使い分けるだけ。ただそれだけのことをする人間を魔術師とは呼ばないだろう。
「おいダンティーニ! 中庭に出るぞ! 貴様の出番だぞ!」
「ちょうどよかった。偉そうに言うだけではただのお節介なお爺さんだ……言葉に説得力もない……今からお手本を見せよう……」
エイミーとクヴィリスのところに駆けつけようと中庭に出てくる司祭と騎士達。
魔物が上空で鳴き声を上げながら飛んでいるのを見て、クヴィリスのところに駆けつけるのが遅れているようだった。
「アンダース。彼女達を任せてもいいのかな?」
「ふん……とっとと行け」
ダンティーニは一人前に出る。よろよろと足がおぼつかないのは年齢のせいか。
監禁されていて体力が落ちているのかもしれない。
「だ、ダンティーニ様!?」
「ダンティーニ様! どうやって!?」
司祭や騎士達もダンティーニの存在に気付いて声を上げた。
元々教皇の側近だったからか、やはり顔は広く知られているようだ。
その中でも一人、中年の司教が声を荒げる。
「何をぼさっとしている! 脱走だ! ダンティーニ殿は教皇の暗殺未遂で幽閉されている危険人物!! 造反を企てた第四域だぞ!!」
「すまないなみんな……。しばらく私に付き合ってくれ」
足もおぼつかないほど体力が低下している老人……されど第四域の魔術師。
躊躇いと逡巡は彼一人がこの場を制するのに十分な時間だった。
ダンティーニが自分の髪を一本抜いて、中庭に向ける。
「“膨張”。『清し女の蛍雪』」
瞬間、中庭に集まった司祭や騎士が見る光景は教皇宮殿ではなくなった。
目の前に浮かぶ本。立ち並ぶ本棚。香ってくる紙と木の匂い。
宮殿ではなく、どこまでも続く果てしない大きさの図書館に変わっていた。
ダンティーニの第四域を知らない騎士達が辺りを不思議そうに見回す。
ここにいるのはダンティーニと司祭達……そしてダンティーニの後ろに座る巨大な本を読む女性だけだった。
「悪いなみんな。外の出来事が終わるまで付き合ってくれたまえ。読書をしたい子は……ああ、写本のほうがいいかな。修業時代に慣れているだろう。どちらにせよ、彼女に頼むといい。だが気をつけたまえ……彼女は私よりおっかないぞ」
そう言って、ダンティーニは椅子に座りながら後ろにいる巨大な女性を指差した。




