348.奇跡よ壊れろ
「……」
エイミーの叫びと共に教皇の魔術が、天井に命中する。
デルフィ神が泳ぐ天井絵は少し欠けるも、破壊されるまでには至らなかった。
「何故、理解できない? 変わらぬのはただの停滞だ。信仰もまた同じ。やがては次の段階に進む必要がある」
「次の段階? あんたがやりたいだけのことをさも正解みたいに言うんじゃないわよ。信仰ってのは技術みたいに革新的に進んでいくものじゃない。人の生き方の助けになる添え木みたいなものよ。絶対的な命令でもなければ、強制されるものでもない。ゆっくりと人の歩みと一緒に次に進むわ」
「それでは遅すぎる。ここは国だ。国には国の発展の仕方がある」
「私は国の運営についてはわからない。戦争も一つの手なのかもね。けど、少なくとも……今のあなたは王であっても教皇じゃない。信仰を国民の感情を誘導するための材料にしか見ていない今のあなたにこの国を率いる資格なんてないわ」
「友人への思いが私を否定するのか聖女」
「そこはそこでむかついてるけど、それは別! あんたが教皇としての責任を放棄しているからよ。神になりたいなら引退して別の宗教でもやってなさい」
「……私はトラウリヒの未来を常に考えているよ。世間知らずの聖女」
「私もよ。逃げた教皇様」
そこで会話は一度止まった。
外からはクヴィリスの魔術の音が聞こえたのか、騎士や司祭達が騒いでいる。
「残念だ……エイミー」
「ええ、本当にね……今までありがとうクヴィリス」
初めて二人は互いを名前で呼んだ。
互いに互いが、教皇と聖女……その地位に相応しくない人間であると見損なって。
育ての親と義理の娘。二人の道は完全に離れた。
「君の魔術は、私が教えた」
「だから?」
「私には勝てないということだ」
クヴィリスが杖を抜く。ヴンダーの杖。魔力をストックする違法魔道具。
エイミーにとって、メレフィニスの戦いで決死の戦いを無にされた代物。
「『我が眼前に天罰を』」
「『我が眼前に天罰を』!」
共に唱えたのは、聖女の魔術。
聖属性の雷が降り注ぎ、この場だけ天候が変わる。
(聖女の魔術……! やっぱりか……!)
聖女の魔術は聖女にしか使えないと教えられてきたが、エイミーは驚かなかった。
トラウリヒと何も関係のないカナタが類似魔術を使える以上、恐らくは聖女の希少性を高めるための方便だろうと。何らかの条件はあるだろうが、自分に魔術を教えたクヴィリスが使えないとは思わなかった。
「若者というのは眩しいな。自分の信じる意思に従って突き進む……だがそれは人生の知が少ないだけの無謀さではないか? 我々よりも短い人生の中、恐怖を思い知ることがなかったがゆえの自殺では?」
クヴィリスは頭に載る教皇冠を捨て、羽織っている白い祭服も放る。
「君は無謀なだけの若者か? それとも私の敵か?」
「きっと、どっちもね」
「自覚があるようで何より。あえて名乗ろうエイミー。私はクヴィリス・デルフィ・ハオプトロ。教皇でなくとも、当時ヘルメスと覇を競った――魔術師である」
エイミーは初めて教皇としてではなく、魔術師としてのクヴィリスと相対する。
その視線はエイミーを侮ることなく、そしてカナタやメレフィニスと同じく魔術の術式まで見通す瞳が光を帯びた。
「仮想領域を使ってもらえると思うなよ。教皇宮殿に常駐する騎士と司祭達がここに到着するまでの間、遊んでやるだけだ。どうせ君は彼等を攻撃できまい」
「っ……!」
図星を隠せず、エイミーの顔が歪む。先走った後悔をしている暇などない。
次の瞬間、どこかで花火が上がった。
◆
「おいおいおい。今の音・・…何かおっぱじめてるぜこりゃ」
「予定が変わったのかなかな。でも隔離区画のほうじゃないっぽいぽい」
司祭服を盗み出し、さらっと教皇の部屋を荒らし終わっていたエメトとキュアモ。
廊下に出て周囲の声を聞くと、どうやら教皇がどうとか聞こえてくる。
「はい問題です。今回の状況で教皇とぶつかる可能性ある人だーれだ」
「聖女様!」
「正解。キュアモに十点」
「よっしゃー! 商品は!?」
「後でな。場所わかるか?」
「こんなでかい魔力反応間違えようないない」
キュアモは中庭の向こうに見える教皇宮殿から隔離されたような建物を指差す。
少なくともまだ中庭に出てくる騎士や司祭はいない。状況確認と臨時の責任者を捜し、指示を仰いでいるといったところだろう。
対応の遅さは組織の厳格さでもある。教皇が渦中にいるのは間違いない。
「あん?」
「どしたの? 援護行く?」
エメトはふと教皇宮殿の屋根にある尖塔を見上げる。
そこには依然として見張りのように鳥型の魔物がいるも、動く気配がなかった。
キュアモが魔力反応に確信を持っていることから、教皇とエイミーがぶつかっているのは間違いない。
今回キュアモが提案した作戦でエイミーが教皇に呼び出されるのはエメトの中でも想定内だ。
むしろ教皇を隔離区画から目を逸らさせるために、聖女という存在は重要だった。
流石に戦闘を始めるとは思っていなかったが、エイミーの性格を考えれば不思議でもない。
だが……戦闘になるのなら、見張りの魔物は動くはずでは?
あれでは何のためにいるのかわからない。
「ちっと待てよぉ……? 魔物が動かねえのはどういうこった?」
「え……あ、ホントだ……」
「教皇が本当に魔物を操ってるならよお、司祭とか騎士よりも命令に忠実な味方になるじゃあねえか……? 何でだ?」
「そんなこと言ってる場合かなかな!? 聖女様捕まっちゃうよこれ!」
エイミーが捕まるのは確かにまずい。
だが、目の前の違和感を手放すなとエメトの思考が魔物から視線を外させてくれなかった。
もしかすると魔物は見張りでもない? それとも操っているわけじゃない? 聖女相手には不要だから?
いや、ああ見えて聖女は実力者……万全を期すなら使うべきだ。
これみよがしに宮殿にいる魔物が動かない理由とは――?
「そうか……何であんなの警戒してたんだ、できるわけねえ!」
「なにが!?」
「魔物だよ魔物。お前の言う通り聖女の嬢ちゃんの手助けは必須だ。騎士とか司祭以外に空を警戒しなきゃと思ってたが……冷静に考えたらあそこにいる魔物ができるわけねえんだ」
「ど、どういうこと?」
「いいか? この国は元々魔物への悪感情を持ってるはずだ。それでも今落ち着いていられるのはよ、教皇の奇跡で魔物が安全って思ってるからだろ?」
「うん……」
そう、前提としてトラウリヒは魔物に対していい感情を持っていない。
国民のほとんどが今教皇の奇跡に酔い、奇跡を信じているからこそ、魔物が首都にいてもお祭り騒ぎができているのだ。
「よおキュアモさんよ。その魔物が教皇宮殿とかデルフィ教の司祭の服着てる奴を襲ってたら……国民はどう思う?」
「……!」
エメトは自分達が盗んだ司祭の服を指差しながら、にやりと笑った。
キュアモはともかくエメトは戦闘が苦手だ。このまま助けにいったところで大した援軍にはならないのはエメト自身が一番よくわかっている。
ならば、騒ぎを大きくして騎士達のタスクを増やす。
そして魔物が急に騒ぎ出したら……奇跡に酔った連中はどんな反応を見せるだろうか。
「教皇は聖女の嬢ちゃんと戦ってるんだろ? 今なら……!」
「簡単に騒ぎを大きくして聖女様のとこに向かう敵を減らせる!」
「そういうこった。だが俺だけじゃあ俺が食われて終わる。あんたが頼りだ……待て、魔術師として強いのかお前?」
「紛いなりにもアプレンティス所属! 任せてよてよ!」
「信じるぞ。元はといえばこの国のトップが国民を騙してんだ! ならよ! 俺達が騙し返してやっても文句はねえよなあ!」
エメトとキュアモは廊下を走り、尖塔に停まっている鳥型の魔物との距離が一番近い場所まで辿り着く。騒ぎで下にいったのか騎士や司祭もいない。
窓から助走分の距離を離れて、エメトとキュアモは同時に走り出した。
「無視されたらどうするする!?」
「そん時は普通に魔物討伐できてよかったね! だ!」
がしゃあん! と窓が割れた音が中庭にこだまする。
二人は空中で何とか姿勢を保ちながら、尖塔の上にいる魔物に手を向けた。
「『火花』!」
「『熱弾連拳』!」
二人の放った火属性の魔術が夜に映える。
花火が直撃し、いくつもある赤い魔力の弾丸が尖塔を砕きながら魔物を襲った。
「ゲゲゲゲェエエアア!!」
「グアア! ゲゲエ!!」
静かに停まっていた魔物達も、魔術による突然の強襲には流石に静かなままではいられない。
鳴き声をあげ、魔術の出処である二人の咆哮に視線がぎょろりと向いた。
「おぶっ!?」
「きゃあ!」
「よ、よし……動いてきたな……! 外出るぞ! 町ん中はまだお祭り騒ぎで起きてる連中ばっかだろうからな!」
窓から飛び出した二人は中庭の木をクッションにして着地する。
着地した時にキュアモの肘がエメトの腹部をえぐった。
そんな二人の事情など知らず、鳥型の魔物はエメトとキュアモめがけて襲ってくる。
二人は立ち上がり、教皇宮殿の外へと飛び出した。後ろから翼の羽ばたく音が追ってくるのを聞きながら。
「何かエメトくんって、戦闘能力ないって割に命懸けるのに迷いなさすぎない!? いつもこうなのなの!?」
「いつもなわけあるか! 俺が命懸けんのはカナタ様と、未来で待ってる巨乳巨尻の美人妻のためだけだぁ!」
「さいってー! 全然かっこよくないない!」
「はっはー! 奇跡ぶっ壊してやるぜえ!!」
キュアモはエメトに呆れながらも、追いかけてくる魔物の姿を確認するついでに……自分の臀部をちらっと見た。




