332.容疑者カナタ
教皇殺しの容疑者カナタ・カレジャス。
スターレイ王国カレジャス領領主。十五歳。現在行方不明。
成人前でありながら第四域に辿り着く才能とスターレイ王国ノーヴァヤ家第二王女とアンドレイス公爵家公女の二人を婚約者にしていることから、幼少から野心に駆られた人物であると推測される。人道に反した手段を使ってくると考えられるため十分に警戒せよ。
同時に、今回の一件はスターレイ王国による武力侵攻の先駆けの可能性あり。
第四域の魔術師なため、同じ魔術領域である教皇を殺害可能な人物。
同行者であるルミナ・ヴィサス・アンドレイスと使用人一名はすでに拘束。
後日、各司教に似顔絵を配布予定のため司祭や住民との共有を命ずる。
教皇殺害を実行可能な実力から十分に警戒し、捜索せよ。
見つけた者は即座に大聖堂まで情報提供に訪れたし。
「おいおい、どうするよカナタ様? どうやらこの国じゃあ俺と同じゴミ認定されたみたいだぜ?」
「エメトさんってばそういうこと言わないない!」
「そう怒んなってキュアモの嬢ちゃん。暗くなってもしょうがねえだろ?」
「いっづ……!」
「あ、わり」
カナタについて好き勝手書かれた紙を覗き込みながら、エメトはカナタの背中を叩いてしまう。カナタが顔を歪めたのを見て、キュアモは急いでエメトから引き剥がした。
カナタが教皇から襲撃されてから数日が経ち、三人は首都から離れたとある町の教会に身を寄せていた。
「エメトくんってほんと馬鹿! カナタくん大丈夫?」
「ええ……ありがとうございます……」
「多分、骨にあたって臓器は傷ついてないと思うんだけど……痛いは痛いよね……」
「いえ、大丈夫ですから」
カナタは笑顔を作りながら、エメトの持つ紙を覗き込む。
「ずいぶん好き勝手書かれてるな……野心はないほうだと思うんだけど……」
「出世が早い上に公女と王女どっちも婚約者の男なんて野心ありありの男にしか見えねえってこったろ」
「それは確かに……」
「それで、こっからどうするする?」
「本当にどうしたものか……」
カナタが悩んでいると教会の扉が開き、雨音と一緒に頭からローブを被った人物が入ってきた。。
トラウリヒに入国してすぐに世話になったフィッツ司教だ。
「とりあえず今日のところは問題なさそうですよ。その紙を配りに来た司祭も帰りました。こんな小さい教会ですが、遠慮なく隠れ家にしてください。昼は信徒の利用が多いから自由に出歩くわけにはいきませんが」
「ありがとうございますフィッツ司教……こんな怪しい俺達を……」
「怪しいだなんてとんでもない。あなた方はエイミー様のご友人。エイミー様が嬉々として語るあなた方が悪人だなんて私には思えなかった……ただそれだけですよ。デルフィ神は我等の行いと心を見て下さっている。ならば、自分の心に従わないといけないと思ったまでです」
フィッツは初めて会った時と変わらない穏やかな笑顔を浮かべていた。
トラウリヒの人間でデルフィ教徒でもあるというのに、大聖堂からの指示書に逆らって逃げてきたカナタ達を匿ってくれている。
むしろカナタ達の見ている紙を見て憤りを覚えているのか、エメトの持つ紙に不快そうな視線を送っていた。
「カナタさん、偽りしか書いていないこのような紙を気にする必要はありません。この国はデルフィ神が見守ってくださっている。悪しき人間が他人に悪事を擦り付けるなど許すはずがない。大聖堂の方々にしっかり調査していただければ疑いもすぐに晴れるかと」
「……」
「……」
「……」
フィッツは力強く正義を語ってくれているが、三人は気まずそうに顔を見合わせる。
まだフィッツには事情を首都で何が起きたのかを話していない。事情を話していないにもかかわらず、フィッツ司教は怪我をしているカナタを見て何も言わず匿ってくれたのだった。
流石のエメトも茶化すのではなく、気の毒そうにしている。
「あー、なんだ……フィッツさんにはまだ事情を話してなかったな……ちょっと言いにくいんだが……」
「言いにくい事情……?」
エメトは首都でカナタがどうやって巻き込まれ、怪我をしているのかを説明した。
教皇に呼び出されて襲われたこと、教皇が自決したこと、そして教皇の側近であるアンダースという人物もこの一件に加担してカナタをはめようとしていたこと。
デルフィ教徒に聞かせるには、自分の信じたものに泥を塗られるような残酷な事情にエメトは心苦しかったが、意外にもフィッツは落ち着いて話を聞いていた。
「それはあまりに事情が込み入りすぎているというか……信じ難いですが、カナタさん達が私のようなただの町の司教にそのような嘘をつく理由も見当たりません」
「意外だな、信じんのか。デルフィ教徒なのに」
「もちろんデルフィ教は信仰していますが、デルフィ教を信仰する全ての人間を信じるほど純粋な大人でもありません。神の教えは神の教え。人は人です。特に大聖堂のような場所では信仰ではなく権力や策謀も渦巻くでしょう。ただの観光地の教会を管理しているだけの私のようなものには想像もつかないような」
「初めて話した時も思ったが、聖職者にしては柔軟だなあんた……。今まで会ったデルフィ教徒は頭でっかちな連中ばっかだったが、あんたみたいなのもいるんだな」
「ですが、そんな柔軟な司教には政治的な力が一切ありません。いつまでもあなた方を匿うのは難しいでしょうスターレイ王国へ逃げるのならば多少はお手伝いできますが?」
フィッツからの提案に、エメトもキュアモもカナタを見た。
カナタは首を横に振る。
「ルミナとルイが大聖堂にまだいる。それにエイミーもこの事態に動いてくれてるはずだ。三人をここに残して帰ることはできない」
「まあ、カナタくんが放置するわけないよねよね」
「こいつの一番苦手なことは何かを放っておくことだもんな」
「えっと……本当に主従なんですよね?」
キュアモは呆れ、エメトはカナタの頭を拳でぐりぐりする。
三人の様子は主従というよりは気の置けない友人のよう。
しかし、エメトとキュアモの言葉の中には確かに敬意が含まれていた。
「ですが……そう言ってくれてよかったです」
「あん?」
フィッツはカナタの意見を聞くと、教会の扉のほうへと歩いていく。
教会の扉を開けると、先程のフィッツと同じようにローブを被った誰かが入ってきた。
エメトとキュアモはやはりフィッツが自分達を売ったと考え臨戦態勢になるが、その人物はローブを脱ぐ。
「聖女さん!?」
「エイミー様!?」
「……」
ローブを脱いだエイミーはばつが悪そうに立っていた。
フィッツが促すように背中を押すと、エイミーはようやくカナタのほうを見る。
「無事でよかった……エイミー」
「う……うう……! うぐ……! ガ、ガナダぁあ……! ごべぇん!!」
エイミーはボロボロと涙を零しながらカナタの胸に飛び込む。
ここに来るまでろくに眠れていなかったのか目には隈ができていて髪もボサボサ……罪悪感とカナタが無事だった安堵が混じった複雑な泣き顔だった。
エイミーの泣き声は外の雨がかき消してくれていて、しばらくしてエイミーが泣き終わるとカナタが逃げた後、大聖堂で何が起こったかをエイミーは説明してくれた。
「カナタが教皇を殺したって聞いてルミナとルイは自分から捕まったの……もちろん信じてた様子じゃなかったわよ……」
「流石、公女様は自分の価値をわかってるねるね。トラウリヒがどういうつもりでも、失伝刻印者は人質として最上級だもん。殺されないと踏んで、自分から拘束されて何とかその場の主導権だけでも渡さないようにしたんだねだね」
「あの嬢ちゃん、最初に見た時はおどおどした典型的なお嬢様って感じだったのに、何か強くなってねえか?」
「ルミナはちゃんと過去を乗り越えられる人ですから」
「こんな時に惚気かよ」
ルミナとルイが無事と知って、カナタもほっとする。
もろもろの状況から殺されないだろう、と思っているのと実際にエイミーから無事を聞いたのでは安心感が違う。
「問題は……実際に襲われた俺でも目的が全く予想できないってことだな」
「私だってわかんないわよ! 意味わかんないもの! カナタが教皇様を殺したってことにしたい連中も意味わかんないし、教皇様がカナタを殺そうとしたってのも意味わかんない! それに、何で教皇様が自分で死んだのかも!」
考えれば考えるほど、教皇の動きもアンダースの動きの意味もわからない。
エイミーにとっては大聖堂という慣れ親しんだ場所でもあるのでさらに混乱するだろう。
「アンダース様は数年前に教皇の側近になられた方ですね。それまでは先代からずっと側近であらせられたダンティーニ様が務めていたはずです」
「え、私その人知ってるかな……?」
「エイミー様がまだ幼い頃ですからどうでしょうか……」
「ちっちゃい頃って何か大人の人みんな同じように見えてたからなあ……えっと……」
エイミーは自分の記憶を探るが、やはりそれらしい人物は思い浮かばなかった。
「んなことより可能性としてまず考えなきゃいけねえのは精神操作系の魔術じゃねえのか。カナタ様、教皇が操られてたって線は?」
「ない」
エメトからの質問にカナタは首を横に振った。
迷いなくそう言ってのけるその顔には確信がある。
「クヴィリス様が死んだ時、魔術滓は落ちなかった。つまりクヴィリス様の行動は精神操作系の魔術によるものじゃない。あの時、クヴィリス様は操られていなかった」
聞いた話が正しければ、教皇は失伝刻印者。
ルミナやエイミーと同じように精神操作の魔術は通じない。
それはそれとして、カナタは自分が魔術滓を見逃すはずがないという最も自分が信頼できる根拠を基にそう断言した。




