333.Q人間ってそんな綺麗か?
「ああ、巡礼に来た人か……そうなんだ。教皇様が死んだなんて信じられないよ。しかもアオフ祭の前にこんな……でも、アオフ祭はこの国にとって重要な祭りさ。わかるだろ? この悲しみを乗り越えるためにも、教皇様の分まで楽しむのが最大の弔いなんじゃないかって私は思うよ」
「先代教皇様のように、今の教皇様もデルフィ神のおわすところへ旅立ったのです。悲しい事件ではありますが、信仰が揺らぐことは決してありません。我々は教義に従って善き行いを続け、この国のために戦うだけです。戦うとは生きるということ……悲しみに囚われてはなりませんから」
「少し前から魔物の侵攻が止まっているのが幸いです。前線へ送られる人員も今回の捜索に乗り出せるのですから。教皇様を殺害した犯人は必ずや我々、聖堂士団が捕まえてみせます。どうぞ巡礼中お気をつけて」
カナタ達とエイミーは情報交換をして一泊した後、別行動を取ることにした。
エイミーはより核心に迫るべく首都に戻り、カナタ達はフィッツのいる町モノロから二日馬車を走らせた町で住民達から話を聞いていた。
一緒に行動したいところではあったが、エイミーはこの国ではあまりに目立つ。
国中の聖女と指名手配されているカナタとの相性は今最悪だ。
フィッツのように話のわかる教徒ばかりいるとも限らない。
なにより、トラウリヒのアオフ祭はデルフィ教にとって大切な祭りというのもあって教皇が亡くなっても開催される。教徒達も教皇を弔うべく、首都に集まってくるだろう。その場で聖女が不在というわけにもいかない。
「とりあえずそんな町の人が過激になってる感じはしないかなかな」
フィッツから貰った少しくたびれた長衣を着るキュアモが馬車に帰ってくる。
カナタもエメトも、スターレイ王国から着てきた服は捨てて、この国に来る巡礼者が着る平服に着替えていた。
フィッツのいた教会には巡礼者用の館があるのもあって、余った服はいくらでもあるのが幸いだったと言えよう。
「意外だったな、もっと怒り狂うもんかと」
「そこはデルフィ教の教義のおかげだねだね。日々善き行いを過ごすために行きなさい。怒りで拳を振り上げなさい、振り下ろすのなら今一度考えなさい。とか、デルフィ教は信徒に考えさせるようなものが多いからか、許さないって暴走するより、悲しいけど耐えようみたいなスタンスの人が多いみたいみたい」
「そりゃご立派なことで……そのご立派な教義の総本山に一番ご立派じゃない連中がふんぞり返ってるなんて知りたくねえだろうなぁ」
エメトは馬車の中から見える住人達を見ながら皮肉を口走る。
キュアモに睨まれて、両手を上にあげた。
「それと意外だったのだけど、カナタくんがエイミー様の客人って話が全く聞こえてこないんだよねよね」
「あん……?」
「そうなんですか?」
「うん、教皇の死に関わっているのはスターレイ王国から来た貴族ってのは一応わかってるっぽいんだけど……聖女様は騙されてたんだ、とか聖女様もグルだ、って意見もなかった。エイミー様とのかかわりをそもそも知らないみたいな……」
今回の事件は何を目的に行われたのか。
何もわからない中カナタ達が立てた仮説は、“エイミーの失墜”だった。
スターレイ王国に留学して、聖女という地位の内情を知ってしまったエイミーは大聖堂の大人からすると扱いにくくなったのは想像に難くない。
エイミーが招待した客人によって教皇が殺害され、それを流布することでエイミーの民衆からの人気や信頼を脅かす。
今の教皇が死に、聖女にも汚点が出来たところに新教皇の誕生。
民衆の心は、自然と大聖堂で生まれた新教皇に向けられることだろう。
「エイミーを追いやるために、噂が広められそうだと思ったんだけどな……」
「エイミー様がカナタくん達を招待するのを許可したのもそのためかなって思ったんだけど、もしかして違うのかなかな?」
「……」
エメトはタバコを咥えたまま、珍しく黙っていた。
タバコには火がついていない。
「エメトさん、どう思いますか?」
「あ? 俺?」
「当たり前です。情報関係はエメトさんを頼りにしてるんですから」
カナタの言葉と真っ直ぐな目にエメトは呆れる。
本気で言っているから自分のご主人様はたちが悪い、と満更でもないのか口角が少し上がっていた。
「俺は掃きだめ生まれで、学もねえ、腕っぷしも大したことねえ。だからよ、弱い奴をカモにしてえとか思い通りに支配してえみたいな連中にいいように使われてきた。まぁ、今はカレジャス家のご当主様をカモにしてやってるけどな?」
エメトはにっ、とからかうようにカナタに笑顔を向ける。
暗にカナタ達はそんな連中とは違うと言っているようだった。
「そんな人生だったから、上に立ってる人間がどういう形で下の人間を操りたがってるかってのは何となく想像がつく。
無知な奴ってのは周りに流される。動きも感情もな。けど一度に二つのことに流されるってのは案外難しい。あっちに怒って、今度はこっちに怒ろうってなったら、疲れたり戸惑ったりで、案外冷静になったりすんだ。エネルギーが有り余ってる人間ってのはそう多くねえ。熱が冷めやすくなるっつうのかな」
「何の話なのなの?」
「まぁ、聞けよ。キュアモはデルフィ教の教義のおかげで怒りよりも悲しみがって言ってたけど、俺はそんな綺麗な風にゃあ思えねえんだよ。人間ってそんな綺麗か?
今のトラウリヒ国民は、拳を振り下ろせる相手がいねえから、悲しむことを選ばざるを得なくなってるだけじゃあねえのか?」
エメトに言われて、カナタは半信半疑ながら呟く。
「……明確に、国民の怒りを向けたい相手がいる?」
「俺にはそうにしか見えねえ。情報屋としてというよりは、くそみたいな世界に浸かってたゴミの視点だけどな。情報の広がり方があまりに不自然すぎる。
近々行われるアオフ祭ってのはデルフィ教のお祭りらしいから、国民の感情を爆発させるのならそこだろうさ。大方、そこでお偉いさんが力強い演説がされるんだろうよ」
悲しみに打ちひしがれていた国民の前で語られる大聖堂の人間からの言葉。
今まで悲しみに蓋されていた怒りが拳を振り下ろせる相手を見つけ、嬉々として爆発するのが容易に想像つく。
国民は煽動され、怒りは上がり切った士気と変わってトラウリヒは最悪の形で団結していくだろう。
カナタをはめた黒幕の思い通りに。
「スターレイ王国と戦争がしてえんだろこの国は。お偉いさんは戦いが好きだから」
エメトは涼しい顔をしながら咥えていたタバコを人差し指と親指で潰した。
キュアモはそう言い切るエメトの肩をぎこちなく叩く。
「いやいや、スターレイ王国の戦力に勝てるわけないじゃんじゃん!」
「そうか? 去年王城で起きた王弟様のクーデターで、宮廷魔術師でも失伝刻印者には苦戦するってのが証明されただろ? それに王城が乗っ取られているのに宮廷魔術師が全員集まるわけでもない。思ったよりはいけそう、って思わせるには十分だろ」
「だからって……トラウリヒも教皇がいなくなってるんだよ?」
「それ差し引いても勝算があるって思える何かがあんだろ。そこは知らねえよ」
キュアモの表情から無理に作った笑顔も消える。
エメトの言葉はただの推測だが、理解できてしまう。
「つっても、これは最悪なケースってだけで全部うまくいくとは思わねえ。ぽっと出の新教皇じゃあ求心力が足りねえからな。いきなり戦争だなんて言っても乗り切れねえ国民もいるだろうし、大聖堂にはまともな奴だっているはず。聖女様は当然こっち側だし、かなり意見は割れんだろ。その割れてる間に聖女様の人気を使って不当に拘束されてるルミナの嬢ちゃんのこととか横暴な部分の情報を広げて、徐々に不信感が広がったらカナタ様の話を聞いてくれる勢力も出てくるだろうさ」
「状況を今よりましにできるってことですね」
「そういうこった。そうなれば嬢ちゃん達を助けられるチャンスも増えんだろ」
エメトが得意気に言うと、キュアモは思わず小さな拍手を送った。
釣られて、カナタもエメトに向けて拍手をする。
満更でもないのか、エメトはふふんと得意気になる。
「一つ気になんのは魔物の侵攻が止まってるって話だな。そこだけ作為的っつうよりは都合がいいって感じだ……本当に戦争をする気なら、戦争中に魔物の侵攻はないって判断してるってことだからな。意味がわからん」
「確かに。トラウリヒは定期的に魔物の侵攻を受けてるって話だったのに、そんな気配がないですね」
「そこら辺は考えてもわかるわけねえから無視するしかねえ。案外本当に、神のご加護ってやつを期待してたりしてな?」
アオフ祭まで後二日。
大聖堂の思惑は、未だカナタ達にはわからない。
明日も更新します。




