331.穴の向こうにいる男
「あー、今頃あいつら宮殿で贅沢ぐうたらぐびぐびスパスパしてんだろうなあ……」
「なわけないでしょでしょ。いくら聖女様の招待とは言えほぼ外交みたいなもんなんだからから」
マッシュポテトを口に運びながら、エメトは教皇宮殿をぼーっと眺めている。
テラス席から見える大聖堂は昼こそ立派に見えたが、流石に月と星の明かりだけでは薄暗い。
首都に入る前、護衛という名目で連れてきたエメトとキュアモはカナタ達と別れてタイミングをずらして首都に到着していた。
エメトは酒場を、キュアモは店先でトラウリヒの習慣や文化について色々と仕入れた後、教皇宮殿付近で何か起きないかを見張るように一番近い店を選んでいる。
「それにしても、何で私達は外なのかなかな」
「ばーか、当たり前だろ。わかってねえなキュアモの嬢ちゃんは」
けらけらと笑うエメトにキュアモはふくれっ面でマッシュポテトを口に放り込む。
エメトはそんなキュアモを無視して教皇宮殿を指差した。
「あん中は教皇と聖女がいるんだから連れてこられた俺ら二人の護衛なんていてもいなくても大して変わんねえだろ? 警戒すんなら外の動きだ……魔物、逆賊……なんだっていい。町は祭り前ってんでどこで何を話して盛り上がろうが関係ない状態だ。そういう時こそ外での情報が重要になんだよ。祭りを楽しみたい町の住民全員が積極的に情報源になってくれる。こういう時に変な思想で台無しにする馬鹿ってのはどこにでもいるもんさ」
「でも中でカナタくん達に何かされたらたら……」
「何言ってんだ。聖女様からのご招待だぜ? しかも貴族様とはいえただの伯爵だ。理由がねえんだからそんなことありえねえだ……」
エメトが言いかけて、教皇宮殿の傍で花火のようなものが上がった。
しかし、花火にしては弾けたのは二回だけ。
住民達が祭り前の予行練習か、などという話をしている中エメトとキュアモは血相を変えてテラスから飛び出した。
「ありゃカナタから信号だ!! 何かあったな!?」
「今ありえないって言った!」
「言ってねえ! 何事にも備えて冷静にっつったんだ俺は!」
「言ってなかった!!」
一番目立ち、エメトも第一域だけ使える火属性の魔法はあらかじめ決めていた緊急事態の合図だった。
エメトとキュアモは花火が上がった場所に急行しながら子供の喧嘩のような言い合いをしていたが……表情は真剣そのもので冷や汗をかいている。
カナタへの心配を互いに声にしないよう、いつも通りを務めた結果なのかもしれない。
◆
「カナタがクヴィリス様を殺害した……?」
「はい、つきましては婚約者であらせられるルミナ様の身柄を拘束させていただきたい。逃亡したカナタ様……いえ、カナタ容疑者を捕縛するためにもご協力を」
カナタが窓から逃亡した後、アンダースはすぐにルミナの部屋に訪れた。
聞かされたのはカナタが教皇を殺害したという内容だが、ルミナはショックを受けるわけでもなく毅然としている。
ルミナよりも、それを一緒に聞いていたエイミーのほうが問題だった。
「アンダース……あんた、冗談が悪趣味ね?」
「冗談ではありません聖女様。二人で会話していた部屋で片や死体……犯人は一人では?」
「カナタがそんなことする理由もないでしょ。あんた馬鹿なの? 擦り付けるにしても人を選びなさいよね」
怒りが限界に達しているのかエイミーの目付きは普段の少女のものではなかった。
飢えた猛獣のようで、今にもアンダースと後ろにいる騎士団を殺しかねない迫力。
エイミーは失伝刻印者……その気になれば実行に移してもおかしくない力を持っている。
だがアンダースはその怒りを煽るように嘲笑した。
「擦り付けるだなんてとんでもありません。ああ、聖女様はデルフィ教を信奉しない外国の野蛮人に騙されていたのでしょう。何と嘆かわしい。今気付く事が出来て幸運でしたねぇ。野心に満ち、国で持て囃され、何をしても許されると勘違いした……育ちが悪く教養もない馬鹿な若者にね」
「……遺言はそれでいいわね」
エイミーの魔力が怒りと共に噴き出す。普段の騒がしさはない静かな怒り。
初めて出来た友人とその先にいる母ロザリンドの尊厳すら踏み躙るような言葉が、エイミーの中で殺人の抵抗すらなくした。
瞳に魔力が宿りそうになったその瞬間、ルミナの手がエイミーの前に出た。
「わかりました。拘束されましょう」
「は!? ルミナ!?」
エイミーはルミナの行動が理解できず、魔力が乱れる。
ルミナは堂々とアンダースの前に立った。
「私はスターレイ王国の公女です。まさかとは思いますが、実行犯でもない私達の扱いを保証せずに尋問などを行うつもりではありませんよね?」
「もちろんでございます公女様。貴人用の隔離区画がございます。しばらくはそこで……」
「世話係のルイも同室ですね? それとも、私の生活習慣も知らない不慣れな者にやらせる気ですか?」
「……もちろんでございます」
ルミナの堂々とした態度に、アンダースの眉がぴくっと動く。
目を細めたアンダースは騎士に「連れてけ」と短く命令して、部屋を出て行った。
「ルミナ! 何で!?」
「カナタが戦わずに逃げたということは、恐らく状況が不明瞭かつ混沌としているのでしょう。ここで残された私達が意地を張って抵抗しては状況を悪くするだけです。今は従うしかありません」
「そうですね。わかりやすい犯人みたいなのいたらカナタ様がけちょんけちょんにしてるでしょうし、何かトラブルがあったんじゃないですか?」
ルイの意見にルミナも頷く。
エイミーだけが理不尽な状況に見舞われる友人達の姿に納得がいかず、怒りで震えていた。
「ごめんなさいルイ、しばらくは私と一緒で我慢してね」
「私ルミナ様のことも好きですから大丈夫ですよ? 同率三位って感じです!」
「え……せめて単独二位がよかった……」
「――っ!!」
いつもと変わらぬ会話をしながら大人しく手枷を付けられるルミナとルイ。
それを見たエイミーは泣きそうになりながら歯を噛んだ。
血が出るほど握り締めた拳は自分を責めているのがわかる。
「エイミーさんはその立場から自由に動けます。後は頼みました」
「全部終わったら観光の案内してくださいねー!」
「う、ん……! 任せて……任せてよ……!」
対して、ルミナとルイもエイミーに責任を感じさせないよう明るく振る舞う。
案内された部屋にはエイミーだけが残されて、二人は教皇宮殿の外にある貴人用の隔離区画へと移された。
そこは貴人用というだけあって、最初に用意された部屋よりも狭いが十分過ごせる部屋で二人は一先ず安堵した。流石に公女をネズミと同居する地下牢にとはならないらしい。
「馬鹿みたいな理由で拘束されるからどんな場所かと思いましたけど……何とか安心して眠ることはできそうですねルミナ様」
「ええ、メレフィニスが閉じ込められていた幽閉塔のような場所みたいね」
ソファはないが椅子はあり、ふかふかとまではいかないベッドもある。
しっかり別室にトイレもあるので不自由は少ないだろう。
「それにしてもトラウリヒは何故カナタ様を狙ったんでしょう……?」
「ルイもカナタが狙われたってわかる?」
「そりゃそうですよ。カナタ様はそりゃひどいことされたら偉い人とか関係なくぶっ殺すでしょうけど、流石にエイミー様に招待された国で突然国のトップを殺すなんて考えられません。はめられたに決まってます」
カナタが相手の立場など関係なく、敵だと判断した相手に噛みつく狂犬なのは二人共知っている。
しかし、それはそれとしてカナタは友人の立場なども考えられる人間だ。
招待してくれたエイミーの手前、いくら教皇にひどい侮辱をされようと殺すまでいくはずがない。
「うん、ルイの言う通りだと思うけど……私達には状況を把握する術がない……。まだ存在がばれてないエメトさんとキュアモさん、そして自由に動けるエイミーに任せるしかないわね」
「ですねえ……」
「ところでルイ……? 私が同率三位って一体誰と――」
ルミナが先程の会話について問おうとすると、
「隣に、誰か入ったのか」
「ひゃあ!?」
「わっ! だ、誰です!?」
どこからか低い男性の声が聞こえてきた。
ルミナが悲鳴を上げてルイに抱き着き、ルイもルミナを守るように抱き締める。
一体どこから、とルイが周囲を見回すと、ベッドの脇にある壁に小さな穴のようなものが開いていた。
穴はベッドの陰に隠れていて、探そうと思わなければ目立たない。
「ルミナ様。こちらです」
「あ、ありがとうルイ……」
少し深呼吸して、ルミナは恐る恐るその穴に近付く。
壁に空いたその穴は小さくて人差し指ほどしかない。
「驚かせてすまない……久しく隔離区画に来た人間などいなくてね……何をやった?」
「何も。婚約者の冤罪を理由にこちらへ拘束されました」
「ああ……そうか……。すまない……この国の民として謝罪する……」
「あの……あなたは?」
ルミナは穴の向こうの部屋にいる男に問う。
「私の名はダンティーニ……。かつて友の遺言を叶えることもできず、そして今この国が向かう方向を正すこともできず……死後デルフィ神のおわす場所に行くことなどできるはずもない……ここで死を待つだけの憐れな老人だよ」
返ってきたのは自分自身を心底から嫌悪するような自己紹介。
穴の向こうのいる男……ダンティーニは深いため息をついた。
この人を覚えてた人がコメントにいてびびりました。




