330.迅速なる悪意
「あのヘルメスに認められるとは災……もとい素晴らしい才能だ。聖女と共に特級クラスにいたのも頷けるというもの」
「学院長はクヴィリス様とお知り合いなんですよね。学院長から何度かお話を聞いたことがあります。魔術の腕を褒めてました」
「はは、戦場で何度か顔を合わせたことがある腐れ縁でしてね」
「そういえば学院長は教皇のことをエカードと呼んでいましたが……」
「あやつまだその呼び方を……変わらず性格の悪いゲロ野郎……。っと、食事中だというのに失礼。それは教皇になる前、修行中の司祭時代の名でね。古い友人や先代教皇、それに歴代の聖女以外は知らないものなので忘れよ。我という人間の歴史の恥というものだ、あの時代は馬鹿もやった」
カナタ達は挨拶の後クヴィリスに誘われ、夕食を共にとることとなった。
教皇が一貴族と同席することは珍しいことらしく、エイミーですら驚いていた。
あくまで聖女である自分の客人なので、教皇とは挨拶程度ですぐに別れると思っていたらしい。
テーブルにはトラウリヒの伝統料理である豚肉のローストや野菜の肉巻き、芋で作られた団子などが順番に出てきており、クヴィリスはずっとカナタと話していた。
「ふむふむ……魔術滓から術式を得られる目というのは珍しい……我も聞いたことがない」
「学院長はクヴィリス様が似たようなことができると仰っていました」
カナタが聞くと、クヴィリスは頷く。
魔術学院に通っていた頃ちょくちょくヘルメスから教皇については聞いていた。
カナタと似たことができること、エカードと呼ばれていたことなど大した情報はなかったがやはり知人であることに間違いはないらしく、そこから話が弾むのでカナタは少し感謝した。
「確かに、我の目も術式を見ることはできるとも。だが魔術滓に含まれる術式など術式のほんの一欠けらでしかない……そこから魔術を再現するというのはあまりに非効率過ぎて……。いわゆる魔術研究の類にしか聞こえぬな」
「そうですか……」
「術式というのは立体的であるほど複雑になっていくが、それは理解できる情報が多くなることでもある……欠片から解析というのはそれこそ魔術実験の領域で――」
「オルフェ師匠のお話によれば欠片から再構成してるというよりも――」
クヴィリスはヘルメスの既知なだけあって魔術の造詣も深く、カナタとは意外にも話が弾んでいた。カナタの持つ力についてもああでもないこうでもないと話すが……やはり詳しいことはわからない。
どうやらカナタやメレフィニスと同じく術式を見る目は持っているというのは本当らしい。
「ふぅ……カナタ殿は素晴らしいな。まさかこの若さの相手と話が合うと思えるとは……食事は終わったが、話したりんよ……」
「光栄です」
クヴィリスは機嫌をよくしたように笑い、同席していたルミナとエイミーは若干置いてけぼりになっている。
まだ常識的な範囲でしか魔術の勉強をしていない二人に、術式の構成についてなどというマニアックな話題についていくのは難しいだろう。
「クヴィリス教皇」
「む……」
満足そうにするクヴィリスに、背後に立っていた側近が耳打ちする。
瞬間、クヴィリスの笑顔が消えた。
「そうか……もうそんな時間か……。ああ、紹介が遅れたな。こちらは私の側近であるアンダースと言う。我がいない時はこの者に用件を申し付けるがいい」
「以後お見知りおきを。カナタ様」
「よろしくお願いします」
アンダースという男はこちらを見定めるような視線をカナタに送っていた。
年齢は四十代くらいで、目は赤で髪は真っ白……四十代くらいなのだろうが、そのせいかクヴィリスのほうが若く見える。
「カナタ殿、よければ少し時間を取れないか。我の用事が終わった後、果物でも食べながら話の続きをしようではないか。貴殿の目について語り合えることあまだあろう」
「はい、喜んで」
「そうかそうか。では後ほど。後で使いを寄越すぞ」
食事の後、カナタ達は用意された湯殿で湯浴みを終えるとトラウリヒで数日世話になる客室まで案内された。
カナタとルミナが同室にされかけるというトラブルもあったが、エイミーの指示で部屋は二つに。
二人はまだ婚約者であって正式な夫婦ではない。そういった線引きは大事である。
「何かカナタと教皇様の話が弾んでると複雑ね……」
カナタの客室で、エイミーは少しふてくされている。
ふわふわと浮かびながら顔は不満げだ。
「ルミナ、食事中ほとんど話せなくてごめん……ルイに至っては同席すらさせられなくて……」
「私はそもそも同席できるなんて思ってなかったんで大丈夫ですよ」
「いえ、こういった外交の時は同性同士……お、夫は男性の方と、つ、つ、妻は女性の方とお話するのは珍しいことではありませんから。トラウリヒの重鎮である教皇様はカナタが、私はエイミーとお話しするのは何もおかしくありませんよ。むしろカナタはよくやってくださっています」
カナタは申し訳なさそうにしているが、ルミナもルイも食事中のことは特に気にしていないようだった。むしろルミナはカナタを褒めるほどだった。
「トラウリヒのトップである教皇様に気に入られているのがスターレイ王国の貴族として素晴らしい成果です。エイミーにとっては確かに複雑かもしれませんが……外交上、やはりこういう事態は置きますから」
「まぁ、いいわよ……別に私も仲良くするななんて思ってるわけじゃないから」
エイミーはふわふわと体を浮かせながらそっぽを向く。
「ただ……ちょっと複雑なだけ……」
エイミーに歪な教育を施したのは教皇。そしてその認識変えたのはカナタ達とカナタの母ロザリンド。
彼女にとって真逆とも言える立場の人間が、魔術という分野を通じてとはいえ意気投合するところを見るのが奇妙に映るのかもしれない。
エイミーはもう聖女の真実を知っている。その上で不満を騒ぎ立てるのではなくこうして拗ねる程度ですんでいるのは、精神的な成長の表れとも捉えられるのかもしれない。
「カナタ様、教皇様の使いで参りました」
ノックと共に聞こえてくる声にカナタは立ち上がる。
どうやら本当に約束通り迎えが来たようだ。社交辞令ではなかったらしい。
「じゃあいってくる」
「はい、いってらっしゃいませカナタ」
「帰ってこなくていいわよー」
「エイミー様、そんなこと言っちゃいけませんよ」
三人に見送られながらカナタが外に出ると、迎は白い修道女だった。
その女性に案内されて、教皇宮殿を歩く。国のトップが住む場所にしては過度な装飾でごてごてしている雰囲気がない。
王城が国自体の力を示すために贅沢をしている場所に対して、この教皇宮殿は信仰の深さを優先しているように宗教にちなんだ装飾ばかり。
金や宝石ではなく、素朴な芸術に寄っている。
「こちらの部屋でお待ちください。少し薄暗いのでお気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
案内の女性が言ったように、部屋の中は少し薄暗かった。
部屋の照明は香りのする蝋燭と部屋の高い場所にある小さな二つの窓から少しだけ漏れるように入ってくる月明り。
どちらの明かりもかろうじてソファとテーブルが見える程度で十分な光量はない。
「なんだっけこういう場所……シガールームだっけ……? やっぱ聖職者の人もタバコは吸うのかな……流石にタバコは断るしかないな」
カナタは部屋を見回すと、置かれたソファの一つに向かう。
蝋燭の火が少し揺れた。火が照らしている壁で影が動く。
そしてもう一つ……カナタの目は壁に描かれた術式を捉えていた。
「あれ、固定術――」
部屋に張られているのは魔力反応や音を遮断する固定術式……シガールームでは色々な話をするのであってもおかしくはない。
しかし、カナタが存在を認識したその時……カナタの背中に何かが衝突し、背中の一部分に熱が走った。
「なにっ!?」
「……!!」
薄暗いこの部屋でずっと誰かが息を殺して潜んでいたのか。
カナタは狼狽えるよりも即座に反撃の魔術を唱える。
「『虚ろならざる魔腕』!!」
「んぐぉ!」
カナタの背中にぶつかってきた何者かは、カナタの背中から生える黒い腕に思い切り壁に叩きつけられる。
蝋燭から漂う甘い香りは潜伏者の体臭を隠し、真っ暗にするのではなく中途半端な明るさの部屋はカナタの位置を把握しながら潜伏者が潜むため。
背中に走る痛みと一緒に、この場所に案内された意図をカナタは知る。
「っそが……!」
カナタの背中には浅いながら刃物を突き立てられたような傷ができていた。
普段ならこんな不意打ちもわけなかっただろうが、まさか他国の中枢……しかもエイミーから誘われた場所でこのような事が起きるなど想像するはずもない。
壁に叩きつけた犯人をカナタは睨む。
ご丁寧に、部屋の壁の色に合わせてクリーム色のローブを着ていた。
叩きつけられた衝撃か、被っていたローブがはだけてその顔が露わになる。
「すまない……すま……ない……」
「クヴィリス様……!?」
薄暗くて見えにくかったが、その顔はクヴィリスだった。
弱々しく謝罪を繰り返しながら、手に持つ小剣についた血はカナタを刺した張本人であることを示している。
カナタが何故、と問い質そうとしたその瞬間。
「すまない……この国……は……」
「おい!?」
クヴィリスは持っていた小剣で自分の喉を突いた。
苦しそうにうめき声をあげて血が噴き出すと、そのままだらんとクヴィリスの力が抜ける。
「教皇が刺客!? どういう状……」
カナタが悩む間もなく、タイミングを見計らったように部屋の扉が勢いよく開く。
薄暗い部屋に廊下から光が差し込んで……開いた扉の向こうに立っていたのは武装したトラウリヒの騎士と先程クヴィリスが紹介した教皇の側近アンダースだった。
「これはこれは聖女様の客人がご乱心とは嘆かわしい。クヴィリス教皇と魔術について話していたところ……博学多識なクヴィリス教皇に自らの力を丸裸にされるのを恐れての犯行でしょうか? カナタ様?」
「何を言って……」
「スターレイ王国の貴族がトラウリヒの教皇を殺す……この意味がわからぬわけではあるまい? 愚痴無知な子供であっても」
アンダースは教皇の側近のはずが、教皇の死を嘆いている様子はない。
むしろその逆……状況が全くのみこめていないカナタを見て、こらえきれないと言わんばかりの笑みをその顔に湛えていた。
(固定術式で部屋の音が遮断されてるのにこの対応の速さ……それに教皇が死んだのに取り乱す様子もない……これは……!)
――はめられた。
その結論に辿り着くのに時間はかからなかった。
「カナタ・カレジャス伯爵……いや、凶悪な殺人犯を拘束しろ」
「最初からこういうつもりか……!」
アンダースの命令で騎士達が剣を抜く。
エイミーの招待からここまでの流れがカナタを陥れる人間のシナリオなのだろう。
ならばここで大人しく捕まって、すぐに無罪が証明されて解放されるだろうなどという楽観的な思考になれるはずもない。
恐らくすでに有罪から刑罰まで一直線のコースが用意されている。
かといってここで暴れれば思う壺。向こうの正統性が増すだけだ。
であれば、カナタの取れる選択肢は一つ。
カナタは黒い腕を盾にして向かってくる騎士団に突っ込む。目指すは廊下の窓からの脱出。
向かってきた三人の騎士を薙ぎ払ってそのまま――!
「!!」
「……っ」
「シ……」
逃げるために廊下へ突っ込む中、騎士団の中に一人だけカナタの知った顔がいた。
それは魔術学院でエイミーの護衛を務めていたシグリ。辛そうな表情で剣を構えるシグリはカナタにその剣を振るおうとすることもなく、口をぱくぱくと動かしている。
“逃げて”
シグリはカナタに口パクでそう伝えながら、そのままカナタに吹っ飛ばされた。
何らかの事情を察することのできるシグリの表情に、カナタは痛々しい表情を浮かべながら舌打ちをする。
「全部罠か……くそっ! 『火花』!」
カナタは躊躇いなく窓に突っ込み、突き破る音とともに落ちていく。
聖女の友人カナタ……改め、教皇殺害の容疑者カナタはそのまま夜の中へと消えていった。
同時に、教皇宮殿の近くで花火のようなものが二つほど上がる。
町でそれを見ていた誰もが、それを祭りの前準備だと疑わなかった。
カナタが連れてきた二人を除いては。




