波乱の予感
あれから更に3日。
未だ寿明は帰ってきていない。頼んだ捜査が難航しているのだろうか。
龍備たちもあれ以来バタバタしていて、碌に会話も出来ていなかった。
そして私はといえば、変わらず鍛錬場通いを続けていた。
焦っても良い事はないと、なるべくいつも通りの生活を続ける。
しかし、変わった事もある。
実は楊さんと真剣での鍛錬を行った次の日から、少しずつだけれども他の武官さんたちも話しかけてくれるようになったのだ!
話しかけてくれるようになったのは、楊さんと同じ歳まわりの、比較的若い武官さんたち。
古参の武官さんたちには、変わらず無視をされていたが。やはり小娘の下につくなんて! という心境なのだろうか。
「李老師! 本日は何を致しますか」
「そうですねー。基礎練のあと体術でもやります?」
ちなみに、みんな楊さんの真似をして『李老師』と呼ぶようになってしまった。
同じ歳まわりのムキムキマッチョたちに老師扱いをされるのは、何だかこそばゆい。
「李老師は随分華奢ですが、体術も得意なのですか?」
うんうん、そう思うよねー。
この身体のどこにそんなパワーが隠れてるんだという位には馬鹿力が出るのだ。流石チート。
腐っても乙女ゲームの主人公らしく、この身体は元天才暗殺者とは思えない程に細い。
だが勿論ガリガリとかではなく、筋肉で引き締まった、均整のとれた体型なのだ。なので一般的には華奢とは言い難い。
ま、比較対象が現役近衛軍のマッチョたちだもんな。そりゃ華奢にも見えるか。例え実はゴリラ並みの怪力だったとしてもね。女の子には夢見ていたいだろうし、知らぬが仏だね。
「体術とは、要は身体の使い方ですから。筋力が足りない場合でも、相手の力を利用したりなどやり方は色々あります」
もっともな理由を付けて誤魔化す。
嘘は言っていない。
「では、走り込みから始めましょう!」
『押忍!』
勇ましい(ちょっとむさ苦しい)掛け声と共にランニングや柔軟などの身体を解す運動をした後、屋内鍛錬場で体術の指導に入る。
「肩に力が入ってるよ! 余計な力は入れないで!」
「押忍!」
「もっと体勢低くして、重心をもっと前に!」
「押忍!」
「そのまま反動を利用して!」
「押忍!」
「正面向く! そんなんじゃ視線で次の動きがバレるよ!」
「押忍!」
2人1組で組手をしてもらい、それに指導をしていく形にしていたが、だいぶ暑苦しい空間が出来上がってしまった。
尚、最初に手本として私と組手をしてもらおうと立候補者を募ったが、誰も手を挙げてもらえなかった。
楊さん曰く、
『上司とはいえ女性に負けたとなれば男の沽券に関わりますし、そもそも鼻血出しちゃって相手になりませんよ』
という事らしい。ならば楊さんはどうかと提案したら、とても良い笑顔で辞退された。解せぬ。
そんな一行を離れて観察する2対の目があった。班将軍と朱副将軍だ。
「おやおや、若い衆は士気が上がっておりますねぇ」
「…………」
「仕事熱心なうえ指導も的確で。結構な事ではありませんか」
「……知らぬ」
班将軍は苦虫を噛み潰したような顔で、その場を離れた。
「……変革を受け入れられぬ先達は老害と呼ばれるのですよ、将軍殿」
薄く嗤った朱副将軍の呟きを聞く者は、誰もいなかった。
……外で班将軍と朱副将軍がこちらを伺っている気配がしたけれども、結局2人とも中には入らずにどこかへ行ってしまった。
耳の感覚は閉じていたので、何を話していたかまでは分からなかったけど、悪口とかじゃないといいな〜。
未だ班将軍とは話せていないので、どうしても焦りが生まれてしまう。
その時、外に別の気配を感じた。
もはや馴染み深い、この気配は。
「すみません! ちょっと抜けますので、そのまま組手を続けて下さい!」
『押忍!』
綺麗にハモった返事に笑いが込み上げる。
うんうん、元気な良い生徒たちだ。
外に出ると、人気のない裏道まで素早く移動する。
そこには既に、目的の人物が立っていた。
「寿明! おかえり!」
「ただいま〜」
3日ぶりのその姿は何も変わらず、相変わらず飄々としている。
怪我はないかと近づいて確認をしていると、寿明はおかしそうにふふっと笑った。
「だいじょーぶ。今回は情報収集が目的だったんだし、何も危ない事はなかったよ」
「うん、なら良かった」
ホッとして一歩離れようとすると、不意に手を掴まれた。
「心配、してくれてたの?」
揶揄うような問いに、片眉を上げる。
「当たり前でしょう。私が頼んだ案件だし、仲間なんだから」
仲間の心配もしない薄情な奴だと思われていたなら心外だ。
たが、ふとある事を思い出して、つい俯いてしまう。
「……ごめん、寿明」
「ん?」
「仕事、勝手に頼んだりして」
実は3日前に龍備たちに報告を上げた後、龍備の私兵である寿明を勝手に捜査に使った事に関して、蓮仁からきつーくお叱りを受けた。
曰く、龍備に絶対の忠誠を誓う裏集団のトップが寿明である為、その寿明が他の者の命を聞いては他の隊員たちに示しがつかないのだそうだ。
三師でさえ隠密部隊には直接命令せず、必ず龍備を通しているらしい。
きっとこの後、寿明もお説教タイムが待っているだろう。
私に頼まれて数日掛かる仕事をしてきた上に、蓮仁のあのくどくどしたお説教を聞く羽目になるなんて申し訳なさすぎる。
顔を上げられないでいると、握られたままだった手を、軽く引かれた。
「そんな顔しないの。友だちなんだから、困ってたら助けるのは当たり前でしょ」
ハッと顔を上げる。
『友だち』と、彼は言った。
貧民街で生き残る為、およそ『情』と呼べるものを全て捨ててきた寿明。
その彼が、数日過ごしただけの私を信用し、『友情』をくれるという。
その衝撃は、私の俯いた心も顔も持ち上げ、いつの間にか心からの笑顔を浮かべていた。
「……うん! ありがとう、寿明」
任務から帰ると、いつもならば報告の為に陛下のところへ直行するけれど、今日は紅花から受けた任務だったから、真っ先に彼女の元に向かった。
部下からの報告によると彼女は変わらず鍛錬場に通い、武官たちの指導を続けているという。
しかも、自分が最後に見た時には若い武官1人以外まともに会話も出来ていなかったのに、今では30人以上が「老師」と呼び慕っているらしい。
たった3日、側を離れただけなのに。本当、紅花は目が離せない。
想像以上にむさ苦しい熱血指導に笑っていると、紅花はすぐに気がついてこっちに来てくれた。
笑顔でおかえりと言われて温かい気持ちになっていたのに、紅花は急にしゅんとして、さっきまでの笑顔を消して俯いてしまった。
うーん。実は今回の捜査を頼まれたあと、ちゃんと陛下に許可を貰ってから開始したから、何も問題ないんだけど。
結果的に陛下の政敵の尻尾も掴めたし。
だから次からも遠慮せず頼って欲しくて『友だちなんだから当たり前』と伝えてみたら。
まるで花が咲いたような、溢れんばかりの笑顔を見せてくれた。
ドクンと、心臓が大きく脈打つのが分かった。
何だろう、この気持ち。
あったかくて、嬉しくて、ふわふわする。この笑顔を、ずっとそばで見ていたい。そして、誰にも見せたくない。
この、陛下に感じるものとは違う感情。
これは……。
「うん。きっと俺と紅花は大親友なんだ」
きっとこれは、特別な友だち──つまり親友に対する感覚なんだ。
寿明が未知の感覚に浸っていたが、紅花は突然の 友だち→大親友 昇格に笑顔のまま固まった。
……まてまてまて。
何故急に友だちから大親友に進化した?
親友って相互認識の上で成り立つものじゃないの?
友だちは宣言されて嬉しかったけれど、大親友はちょっと……。嫌な訳じゃないけど、まだ会って実質5日だし……。
「えーと寿明? 浸ってるところ悪いんだけど、大親友は……」
言いかけて、ハッと口を噤む。
長いこと龍備以外に心を開かず、愛情を不要なものと諦めていた寿明。
その彼が、理由は全くもって不明ながら私を友だちどころか大親友認定をしてくれのだ。
それを否定しまったら、龍備以外に興味のない、全てを諦めた寿明、つまりバッドエンドに向かってしまうのではないか?
それは出来るなら迎えて欲しくない未来だ。
出会いこそ予想外の連続で彼のマイペースぶりに振り回されたりもしたけれど、彼にはここに来てからとても世話になった。
演武の際には練習相手や面倒な伝達役も率先して引き受けてくれたし、見張りと称して暇な時には話し相手になってくれて(結局お茶会もした)、近衛軍のみんなに冷たくされているときも愚痴を聞いてくれた。
そんな彼が世界を拒絶して命を落としていく姿は見たくない。
自分を親友と受け入れてくれる事で彼の世界が広がるなら、安いものじゃないか。
そうだ、友だちだろうが親友だろうが大親友だろうが、そんなのは小さな差だ。
幸い先程の呼びかけは、自分の世界に浸っている寿明には届いていない。
……よし、このまま訂正しないでおこう。
後にこの決断を後悔する事になるのだが、そんな事は知る由もなかった。
「あー、寿明? そういえば捜査の報告を聞きたいんだけど?」
「そうだった。忘れてた」
タイミングを見計らって声をかければ、ようやく寿明はこちらに戻ってきた。
ていうか忘れてたんかいっ。
懐から紙の束を取り出し、こちらへ渡してくれた。
中を確認すると、数字がびっしりと書き込まれていた。
「たぶん、紅花が予想した内容と大差ないと思うよ。証言内容はこっちに書いてある。仲間内でだいぶ噂になってたから、外部情報集めるのは結構簡単だったよ」
大量の数字と証言内容を、記憶と照らし合わせていく。
「これ、龍備には?」
「他の隊員たちが同じ報告書を上げてる。あっちが別枠で調べてたやつも結果が出たみたいだし、今頃みんなで笑ってるんじゃないかな」
「……?」
聞き間違いかと思い、書類から顔を上げる。
なぜ、この報告書で笑えるのだ。
「笑ってる?」
「うん。笑ってる」
あ、でも。と寿明は付け足す。
「陛下は怯えてるかもね」
その頃、皇帝執務室では──。
「売国奴め、命が惜しくはないらしいな」
「ええ。死よりも辛く苦しい事があると、教えて差し上げなくてはいけませんねぇ」
「なら、『俺ら』の出番だな。任せておけよ。生まれてきた事を後悔させてやる」
珍しく意気投合しふっふっふ、と非常に良い笑みを浮かべる三師を、龍備は半泣きで見守っていた。
ブックマークありがとうございます!
おかげさまで書くスピードが上がりました!
今回視点がコロコロ変わったので、読みづらかったら申し訳ないです……。




