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暗雲




 結局、鍛錬はきっかり正午まで続けられた。

 終わった途端、楊さんは限界とばかりに地面に仰向けに倒れ込んだ。

 ヒーヒー言う彼に苦笑し、私も隣に腰を下ろす。


 この身体はやっぱり体力も底無しのようで、かなり動いたのに額にうっすら汗が浮かぶ程度だった。


 ……いや、もしかしたら、めちゃくちゃ代謝が悪いだけだったりして?

 そんな事を思いながら額の汗を拭い、水分補給をする。


「楊さん、ちゃんと水分摂って下さいよ」

「あ〜……。さっき飲み切っちゃったんですよねぇ……」


 今は日本でいうなら4月の中旬くらいか。

 朝晩は冷え込むが、日中は日差しもあり、薄着で大丈夫なくらいには暑い。

 そんな中鍛錬でガッツリ汗をかいてるのだ。脱水症が大変心配である。


「私の予備がまだありますから飲んで下さい」

「ありがとうございます……、って! 何ですかコレ! うま!」


 楊さんに渡した竹筒の中身は、簡易スポーツドリンクだ。

 水に檸檬(レモン)果汁、塩、砂糖を混ぜてある。温くなってしまっているのが残念だけれども、喉がカラカラに渇いた今なら気にならないだろう。


「汗と一緒に流れた塩分を補う為、色々混ぜてます。気に入ったなら後で作り方教えますね」

「はい!」


 目をキラキラ輝かせて飲む楊さんが可愛くて、ちょっと笑ってしまう。

 尚、材料の割合は目分量だから、作る度に濃さが違うのはご愛嬌だ。




 ふと、座り込む使者さん、もとい楊さんの横に置いてある剣に目をやる。


 ……そういえば。


「すみません、楊さん」

「はい、何でしょう?」

「その剣、持たせてもらっても?」

「勿論ですよ。軍の支給品ですが、玉玲国(うち)の鉄を使っているので結構良い物ですよ」


 刃を日にかざし、軽く爪先で弾く。

 うん、確かに一流品のようだ。


「ありがとうございます。確かに良い鍛冶師の作のようですね」


 日本刀のように銘があるわけではないが、これだけの品だ。宮廷御用達なのだろう。


「ええ。詳しくはないですが、同じ組合から仕入れているらしいですよ」

「そうなんですか。ちなみに個人に支給されるんですか? 房飾りが付いてますけれど」


 柄には赤い房飾りがついていた。汚れてしまっているのか、少しくすんだ色をしている。

 すると、楊さんは少しバツが悪そうに頬を掻いた。


「いえ、基本は共同なので置き場から好きに取っていくんですが……。やっぱり剣にも癖がありますからね。つい、お気に入りのやつに『自分用』の目印つけて、同じの使っちゃうんですよね」


 言い訳するように明後日の方を向いて話しているが、この心理は何となく思い当たる節があった。

 子供の頃、体育のボールはこの汚れが少ないやつがいいとか、トイレはこの右から2番目の、この個室じゃなきゃ嫌とか。

 大人になってからは、事務所のボールペンはこっちが描きやすい、社員食堂の定位置はここ、など。日常の中に小さい拘りはたくさんあった。


 ましてや、現代のように大量生産ではなく一本一本手作業で作っている為、剣には確かに多少の癖がある。それが生死に直結するとなれば、その拘りが強くなるのも頷ける。


「よく分かりました。じゃ、共同とは言いつつ、皆さんある程度は決まった物を使ってるんですね」

「そうですね。まぁ、新人の頃は遠慮して毎度違うの使ってましたけど」


 自分も3年目くらいからでしたかね、と笑った。


「……そうですか」



 手元の、特に目印の付いていない方の剣に視線を落とす。

 先程の楊さんの剣と同じように、鞘から抜いて日に翳す。


「…………」


 少し、嫌な予感がした。



「……楊さん、剣、少しお借りしても良いですか?」

「へ? はい。構いませんが……」

「楊さんの癖の影響で、ちょっと剣が歪んでるみたいなので。昼休み中に直してきてもいいですか?」

「え! そうなんですか? 大変でなければ是非お願いしたいです!」


 疑う事なく信じてくれる楊さんに、ちょっと罪悪感が湧く。


「すぐ直せるので全然お気なさらず! じゃ、そろそろ私陛下の所へ行きますね! 午後にはまた来ますから!」


 急いで剣を鞘に戻し、そそくさとその場を離れた。そして通常の順路とは違う、人気のない裏道へ進む。



「……寿明、出てこれる?」


 囁くような呼びかけの一拍のち、音も立てずに寿明が現れた。


「やほー。怖い顔してるね」


 眉間に皺がよっていたらしい。人差し指で遠慮ない力でぐりぐり押され、ちょっと痛い。


「出てきていきなり失礼な。……それより、これ」

「ん、剣? 何なに、手合わせ?」

「違う」


 見当違いの返答を一刀両断すれば、何故かとても残念そうな顔をされた。


「……わかった。色々終わったら手合わせするから」

「やった。暗器ありでいい?」


 構わないけれども、それは手合わせと言えるのだろうか。

 いや、むしろ元暗殺者と隠密なら正しい手合わせなのか?


「わかった、わかった。……で、本題ね。ちょっとこれ、比べてもらえる?」


 2振の剣を、鞘から抜いて手渡す。

 受け取った寿明は不思議そうにくるくる角度を変えて見ていたが、やがて何かに気がつき、互いをぶつけてみたり、指で弾いて音を聴いてみていた。


「うん。わかった」

「これ、詳しく調べられそう?」

「出来るよ。2日……いや、聞き込みもしたいから3日かな」

「十分。じゃ、早速お願い。私は龍備のところに行くね」


 はやる気持ちを押さえて踵を返すと、ぐっと手首を掴まれた。

 振り返ると、寿明の顔がすぐ近くにあった。


「紅花」


 その瞳は、普段からは想像出来ない程、真剣な色をしていた。

 間近で見るその真っ直ぐな視線と声に、思わず心臓が跳ねる。


「気をつけて。これ、ずいぶん大きい案件かもしれない」

「……うん。ありがと。寿明も気をつけてね」


 お互い頷き合い、今度こそ別々の方向へ向かった。





 警護の近衛たちにひと声掛けてから、執務室の中に入る。


「龍備ー。ちょっと相談したいことが……」


「ああああもう! 一体何だというのですか!」

「おおおお落ち着け雲月!」



 荒れ狂う財務部責任者様と、それを必死で止める皇帝が、そこにはいた。





「とまぁ、こういう訳で。一向に定まらない予算に雲月がキレたという訳だ」


 あの後、書類の山と皇帝に当たり散らす雲月を見かねて、身体の力が抜けるツボを突かせて頂くという、何とも平和的解決方法で雲月には落ち着いてもらい、ゆっくりお茶を飲みながら事の成り行きを聞く事となった。

 ちなみに、お茶を運びに来た女官さんが荒れ果てた部屋を見てびっくりしていた。

 まるで賊が押し入ったような惨状だからね、そりゃそうだ。


 ……後片付けの事は考えないでおこう。私の部屋じゃないし。



「ふーん。物価に合わせて予算を組むなんて、随分面倒……じゃなかった、大変な事をするのね」

「紅花、それ言い直した意味ないですよ。ま、今は政権交代をして間もないですからね。なるべく余計な所で反感は買いたくないんです」


 龍備が皇帝に即位してから、まだ1年くらいだったか。前皇帝の病による急な即位だったから、まだ基盤が安定しておらず多方面から色々な反発があった筈だ。

 


「なるほどね。……で、これがその物価の資料か」


 散らばった書類の中から、蓮仁がいくつかピックアップして持ってきてくれた。

 地方予算案という、それなりに重要な書類を私が見てもいいのかという疑問は、この際置いておく。


「米、塩、鉄、あと小麦や砂糖、酒何かもか……」


 パラパラと数枚の資料をめくっていく。地方毎に安定しない品目と価格が書いてある。


「んん? ん〜」


 頭の中でパチパチと算盤を弾いていると、あれ?と違和感があった。


「んー? この数字、さっきも……」


 最初のページに戻り、ひとつひとつ、注意しながら計算をしていく。


 そして全ての項目を計算して出た結論に、身体の中心がスッと冷たくなったような気がした。

 一拍遅れて、心臓が早鐘を打ち、冷や汗がドッと出てきた。



 ああ、そうか。これが──。

 頭の中で、彼の台詞が蘇る。



『他国への金や物資の支援など、証拠は上がっている!』



「……見つけた」

「紅花? どうしたんだ?」


 急に手を止めて黙り込む私を、龍備が心配そうに覗き込んできた。


「……()()()()。この件を含めて、ご相談がございます」


 いきなり変わった口調に、龍備は瞠目した。

 が、すぐに姿勢を正し、真剣な目で見返してくる。


「ああ、聞こう。近衛軍顧問役、李 紅花」



ブックマークと評価、ありがとうございます!

小躍りしたいくらい嬉しいです!


ようやく、物語が進んだ気がします。

長かった…。もうちょい更新スピードあげられるよう頑張ります!

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