楊さん
朝議や班将軍との対面など怒涛の日から3日。私は連日近衛軍の元へ訪れていた。
顧問役なんだから当たり前かと思いきや、なんと近衛軍顧問役とはほぼ実務のない名誉職のようなものらしい。
ゲーム内では普通に警備とか賊退治とか、他の近衛軍と同じ仕事もしていたので知らなかった。
まぁ主人公が仕事せずにぐーたらしていたらストーリーが進まないもんな。
ゲーム上の都合という事で納得する。
そういう訳で、近衛軍顧問役の役職は引退する名武将に与えられるのが一般的だが、中には名誉欲しさに金にものを言わせたお偉いさんが就いた事もあったらしい。
だからお仕事といえば、件の御前試合のような公式行事への出席くらい。あとはたまに顔を見せてちょっと指南してみたり、過去の武勇伝を講義形式で語ったり、という具合らしい。
前々代の皇帝の御代で諸国との戦争は一旦幕を下ろしている為、近年で大きな争いはない。よって最近は忘れ去られていたこの近衛軍顧問役。
実は、班将軍がこの名誉を賜るのでは、という噂があったらしい。
戦で武功を立てた訳ではないが、地方に出没していた賊の討伐や訓練体制の見直し、登用試験の改定など、様々な功績を上げていた班将軍。
皇帝からその功績を称え、引退時には50年以上空白となっている顧問役が与えられるのではと、それはもうまことしやかに囁かれていたらしい。
だがしかし、その噂はぽっと出の怪しい女によって打ち砕かれるのでした。ちゃんちゃん。
さて、もうお分かりでしょう。
無名の、実績もない、急に現れた、敬愛する将軍の賜る筈だった名誉を掻っ攫っていった女。
はい、めっちゃ風当たりが強いです。
泣きたいくらい。
もうさ、こんな最悪な環境の職場用意するとか、どうしてくれんの?
ゲーム中は逆風に負けない凛とした主人公カッコいい! としか思ってなかったけれども、実際に目の当たりにすると余りのブラックぶりに目眩がする。
朝議のときも思ったけど、周りへの根回しくらいちゃんとしておいてくれ!
何故全てサプライズで進めてるんだ!
そういう訳で、3日間通い詰めているけれども、みんな総無視状態。
いや、正確には無視ではない。
目が合えば会釈してくれるし、何か話しかければ簡潔に、スパッと、それ以上取り付く島もないくらい要点だけをしっかりと、答えてはくれる。
でも、それだけ。
会釈してくれても話しかける前にささっと逃げられるし、やっと話しかけても続きを言う前にやっぱり逃げられる。
食堂に顔を出せば、それまでの賑やかさが嘘のように静まり返る。
今更だけれども、顔合わせの場で手合わせをしなくて良かった。
例え実力や実践での経験値を示せていたとしても、信用・信頼がまるでない状態では、きっとパワハラ紛いの関係しか築けなかったに違いない。
ならば、今やる事は御前試合までに誠意を示すこと。
そう思い、毎日朝から晩まで…いや、夕方までか。とにかく時間の許す限り鍛錬場に通い詰めていたのだが……。
3日目にして、既に心が折れそうです。
あのさ、私別に鋼のメンタルとか持ち合わせてないからね? ガラスのハートなんですよ、私は!
いい歳して職場の人間から総無視されるとか、本当勘弁して下さい!
「あ、李老師ー!」
落ち込む耳に天使の福音が聞こえた気がして、辺りを見回す。
前方から天使、もとい1人の武官が、手を振りながらこっちへ向かってきていた。
「楊さん!」
「李老師、今日も稽古つけて下さるんですか?」
「ええ、私で良ければ是非!」
ああ、癒される……。浄化される……。
彼は近衛軍第三隊に所属する、楊 羽元さん。
楊さんだけは私を避ける事なく、むしろみんなとの仲を取り持とうとしてくれている、癒しの大天使様なのだ。
実は彼には、ここに来るまでに大変お世話になっている。
そう。何を隠そう彼こそが、私を見つけてここまで連れてきてくれた、あの『使者さん』なのだ!
楊さんには、道中それはもう大変お世話になった。
難航すると思われた近衛軍顧問役への打診はあっさり了承して慌てさせるし、皇城までの道すがら、物珍しさに何度も寄り道をして足止めさせるし、てっきり男だと思われていたから宿は同室のつもりで予算オーバーにさせるし、挙句野宿させるし、皇城に着いたら着いたで、奇声を上げまくって驚かせたし……。
うん、我ながら可哀想な事をした。
でもまぁ、半分は不可抗力だから良しとしよう。
宿の予算オーバーは下調べ不足の皇帝&三師の責任だし、私も可能な限り自腹で部屋を取った。最終的に野宿にはなったけれども、兎を捕ったり食べられる野草を調達したり、ちゃんと働いたし。
その時は本編が始まる事に浮かれていて、主人公がクールビューティーである事を失念して素で話していた事もあり、同じ年頃の楊さんとはすぐに仲良くなれたのだった。
……結局、皇城に着いてからの付け焼き刃なクールビューティーも1日しか保たなかったけれどね。
「うーん。楊さん、やっぱりその老師ってのやめません?前みたいに紅花さんでいいんですけど……」
「いえ! 晴れて顧問役に就任されたんですから、けじめはつけないと!」
爽やか好青年を絵に描いたような人物である。余りの爽やかさに、沈んでいた心がどんどん浄化されていく気がする。
「わかりましたよ。じゃ、今日は何の稽古にします?」
「……もし可能なら、真剣の稽古をつけて頂きたいです」
おや、意外なものがきた。
通常、鍛錬では刃を潰した模擬刀か木刀を使う。真剣を使うのは月に数回程度の筈だ。
「構いませんけど、大丈夫なんですか?」
「許可はもらっています! ……天才暗殺者の方に教えてもらえる機会なんて、滅多にないですから」
「元ですよ、元。それに今後はずっとここにいるんですから、いつでも教えられるじゃないですか」
周りに聞こえないよう、コソコソと声を落として話す。
使者として私の元に派遣された楊さんは、もちろん私の前職を知っている。
秘密裏に進められていた案件だから、きっと彼は龍備か三師の誰かの信頼が厚いのだろう。
ちょっと童顔だけれども、見た目も中身同様爽やかな美青年で、実力もある。モブであったのが信じられない逸材だ。
楊さんと知り合えただけでも、この世界に来た甲斐があるというものです。
「そうですけど……。折角の機会ですし……ダメですか?」
ぐはっ! その小首を傾げてちょっと上目遣いのおねだりポーズ! 自分が顔がいい&童顔なの分かってやってるでしょ!
「し、仕方ないですね! わざわざ許可ももらってきてくれた事ですし!」
「やった! じゃあ剣を持ってきますね!」
ついツンデレみたいな返答をしてしまったが、楊さんはパッと顔を輝かせて走って行った。
うーん。何故だかぶんぶん元気良く揺れる尻尾が見える気がするわ……。
楊さんはすぐに戻ってきた。
手には長剣が2振り。片方には赤い房飾りがついていた。
「お待たせしました! 軍の訓練用の備品なのですが、良ければお使い下さい。場所はあちらを確保しています」
指差したのは、屋外鍛錬場の隅の方だ。確かに誰もいない。
「そういえば、許可は誰にもらったんですか?……もしかして、班将軍、とか」
「あ、いえ……。朱副将軍です……」
私が班将軍と仲良くなりたがっている事を知っている楊さんは、申し訳なさそうに返す。
そうか、朱副将軍か。まあそうだよね……。
彼は初対面の時から好意的に接してくれる、数少ない人材だ。
もっとも、彼は私の存在を認めたというよりも、女性だから優しくしなければ、という印象なのだけれども。
「ええと、そんなに気にしないで下さい。 班将軍の事は自力で何とかしますので! それより、早く始めましょう?」
気落ちしている楊さんに慌てて話題を変える。
「それもそうですね。許可は午前中までしか取っていないですし」
「じゃあ早速始めましょう。まずは素振りを見せてもらっても?」
「はい!」
しばらくは楊さんに1人で素振りや打ち込みをしてもらい、癖や偏りを直していった。
「うん、元々基礎は完璧でいらっしゃるので、問題ないですね。実際に打ち合いしてみます?」
「是非!」
爽やか好青年に光る汗。何て素晴らしい光景なのだろうか。
しばらく眺めていたいけれども、ぐっと堪える。今は真剣なのだし、集中!
「じゃ、打ち込んできて下さい。基本、私は受けて流すを繰り返すので」
「はい! 参ります!」
バネがしっかりしているのか、一度の踏み込みで一気に距離が縮まった。
キンッと高い音を立てて、上段からの打ち込みを受け、横に流す。
すぐに応戦してきたが、私にしてみれば遅い。上から叩き込むように打てば、切っ先が地面にめり込んだ。
「遅い! 防がれたのなら一旦引いて下さい!」
「はい!」
今度は撫で切るような中段からの打ち込み。滑らせるように受け流せば、あっさり体勢が崩れた。
「重心を崩さないで!」
「はい!」
しばらく打ち合いをしているうち、遠巻きにかなりのギャラリーが出来ている事に気がついた。
「結構見られていますね」
鍔迫り合いをしながら、こそっと話しかける。
「ですね。みんなあんな態度をとってますけど、本当は李老師の事、かなり気になってますからね」
「……そうなんですか?」
意外な内容に、思わず手が緩みそうになる。
あぶないあぶない。
「はい。名誉職なのだからここに来る必要がないのに毎日来て下さいますし、『師』の位持ちなのに末端の武官にも話しかけて下さいますし。何より、一人ひとりに的確な指導を入れて下さってるじゃないですか。あれ、結構評判良いんですよ」
「……てっきり、邪魔に思われているのだと……」
自信なく返す私に、楊さんはふふっと笑った。
「みんな、どう接したらいいか分からないだけですよ。初日に冷たく接しちゃったから、今更変えられないというか。それに、李老師美人ですからね。みんな照れちゃってるんですよ」
冗談なのか本気なのか分からない軽さで、楊さんはそんな事を言った。変わらず結構本気で鍔迫り合いを続けているから、歯を喰いしばってはいるけれど。
……落ち込む私に楊、さんが気を利かせてくれただけなのかもしれないけれど、気分を上向かせるには充分だった。
そうだよね。まだ3日目なんだ。頑張ろう。
「ありがとうございます。元気出ました……よっと!」
「うわわ!」
力点をぐっとずらし、楊さんの剣を弾く。
高く高く舞い上がった剣は、くるくると回転しながら、私の頭上に落ちてくる。
パシンッと小気味良い音をたてて、柄が手元に収まった。
「それじゃ、今日はここまでにしますか」
尻餅をついたまま呆然とこちらを見上げる楊さんに、手を差し出す。
「鍔迫り合いで男の俺と互角だし、落ちてきた剣を見ないで受け止めるし……。どんだけ規格外なんですか、李老師」
「あら、こんなのまだ序の口ですよ?」
何せチートですからね。
楊さんを引き揚げながら笑って返せば、立ち上がった彼は「鍛錬頑張ります……」と乾いた笑いを返してくれた。
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