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それぞれの思惑と戸惑い



「正面の屋外鍛錬場の他、右手の建物が屋内鍛錬場、正面奥にある大きな建物が近衛軍他1軍から3軍までが使用可能な寮になります。1階は 会議室や食堂、夜間警備の詰所なんかになっていますね」


 清浩と2人、朱副将軍に連れられて軍の鍛錬場の見学ツアー中だ。

 といっても、清浩は今更なのだろうが。


 鍛錬場の敷地は思ったよりも広く、様々な設備が整っていた。

 屋内鍛錬場の中も見せてもらったが、ちょうど上半身裸のムキムキマッチョたちが汗を流しながら体術の訓練中でした。いやぁ、眼福眼福。




 寮の見学が終わり外へ出ると、屋外鍛錬場に近衛軍全員と思しき数の武官たちがズラっと整列していた。


「えっ」

「おお、近衛軍との顔合わせですね。李師、頑張って下さい」

「非番の者も含めて、警護にあたっている者以外は全員集めました。是非、皆の前へお願い致します、李師」


 キラキラスマイルの清浩を朱副将軍にバレないよう睨み付ける。

 コイツ、絶対面白がっていやがる。


 ズラッと並ぶ武官は100人はいそうだ。気が滅入るから厳密には数えないけれど。


「近衛軍は現在12名ずつで隊を編成し、全10隊。私と将軍を含めると122名在籍しております。本日は3隊出払っておりますので、並んでいるのは私含めて全部で86名ですね。」


 わー、驚くほど正確な人数をありがとうございます。

 ガックリと肩を落とす。そうか、これから86人の前で挨拶するのか……。


 朝議再び。人数はこちらの方が少ないが、むしろ見た目のインパクトがないうえ実力主義集団な分、刺々しさはこちらの方が上だ。


 ひー、痛いよー。視線がチクチク刺さるよー。


 足元に下がりそうになる目線を、気合でぐっと上げた。


 よし! こうなったらハリネズミになる前に速攻で挨拶終わらせてやる!


 即席で用意されたらしい台の上に乗り、全員をゆっくり見渡した。


「……皆さまお聴き及びの事と思いますが、昨日より近衛軍顧問役を仰せつかりました──」





………………………………





 所変わって、皇帝執務室。


 今日も今日とて、皇帝と三師(清浩は不在だが)は、仲良く政務中である。


 さらさらと筆を走らせる音、ポンポンと印を押す音、パラパラと紙を繰る音が静かに混ざり合う。



 龍備はご機嫌で政務をこなしていた。


 賭けで任命した人選が当たりだったうえ、何と人生で5人目の友人にまでなってくれたのだ。(龍備にとって 対等・タメ口=友人)

 これが喜ばずにいられるか。皇帝という立場上、友とは本当に得難い大切な存在なのだ。


 オマケにとびきりの美人。いや、人は顔ではない。それは分かっているが、あの長い睫毛に彩られた瞳で見つめられると、何故かソワソワしてしまう。そしてそれは決して不快な物ではなく、むしろ気分が高揚してきて、今のように政務にやる気が出てくるから不思議だ。やはり、持つべきものは友である。


 常より冴え渡る頭でどんどん書類を捌いていると、不意に低い唸り声が聞こえた。


「珍しいな、雲月。何か厄介な案件でも上がってきたか?」


 どんなに難しい案件であろうと平然と対処する雲月が眉間にくっきりと皺をよせ、大量の資料を忙しなく見比べていた。


「……ええ。ちょっと訳が分からなくてですね」

「何だ、本当に珍しいな。どんな案件だ?」


 一心に筆を走らせていた蓮仁も、一旦手を止める。こんなに悩む雲月は本当に珍しい。


「地方の予算なのですが、今年は何故か物価が安定していなくてですね。なかなか数字が決まらないんです」

「物価?」


 雲月は忙しなく資料を繰っていく。


「米、塩、鉄。他にもいくつかありますが、特にこのあたりですね。市場の調査結果を見てみると、不作だった訳でもないのに、価格が不定期に上がり下がりを繰り返しているんです。生活必需品ばかりなだけに、こうも安定しないと税率が決めにくくてしょうがない」


 しかも一ヶ所でなく複数の地域でそのような報告が上がっているらしい。


「過去の資料を漁ってもそのような記録はないし、もう訳が分かりません」


 お手上げです、と雲月は資料を卓にバサリと広げた。


「うむ……。米はともかく、塩と鉄は安定供給されているから動きにくい筈なのだがな……」


 龍備も眉間に皺をよせて考え込む。

 しかも値上がりといってもそこまで大きな変動ではない為、皇都では今まで通りの価格で流通しているらしい。


 全員で首を捻っていると、不意に天井から声が落ちてきた。


「へーか」

「うん? 何だ、寿明」

「紅花と清浩がこっちに向かってるんだけど……」

「お、もう顔合わせは終わったのか」

「そうみたい。でも……」


 いつも物怖じせず淡々と話す寿明にしては歯切れの悪い物言いに、龍備は首を傾げた。


「何だ寿明、お前も珍しいな」

「うーん……扉の前にいる武官、遠ざけた方がいいかも」

「……?」


 珍しく。本当に珍しく。寿明は困っていた。


「紅花がね、めちゃめちゃ怒ってる」

「………………へ?」



 理解するよりも先に。

 どどど、と地響きにも似た足音が近づいてくるのが分かった。


 そういえば紅花は寿明はいつも足音がしないな、と、龍備はぼんやりそんな事を思った。



 いよいよ迫った足音は執務室の前で止まり、同時にバターンと勢いよく扉が開いた。



「陛下ああああああ!!」



 悪鬼の形相をした紅花と苦笑する清浩が、そこにはいた。


 隙間から警護をしていた武官たちが震え上がっているのが見え、慌てて離れて良いと指示を出す。

 


 人払いが出来て安心したところに、紅花がツカツカと歩み寄ってくる。

 顔が悪鬼のままなので、結構怖い。


 卓の前まで来た紅花は、バンっと両手を叩きつけた。


「陛下!」

「は、はい!」


 思わず敬語になるが、ツッコミは不在である。


「10日後の御前試合を! 中止にして下さい!!」

「……………は?」


 

 毎年、春には皇都に常駐する近衛軍と1軍から3軍までを対象に、勝ち抜き戦の御前試合が行われる。昇進や査定(ボーナス)にも直結するこの試合は毎年多いに盛り上がる恒例行事となっており、今年も大々的に執り行われる予定になっていた。

 

 それを、何故に中止……?


「いや、紅花、落ち着け? 何がどうなってそういう話しになったんだ?」

「こ・い・つ・が!」


 未だ苦笑する清浩をビシリと指さした。


「こいつが! 私にもそこへ参加しろと言うんですよ!」

「……すればいいんじゃ……?」


 実力は充分だし、優勝だって余裕で狙えるだろう。何も問題ないはずだ。


「良いワケないでしょう!」


 再び卓を叩く。

ちなみに、何度も遠慮なく叩いている卓──紫檀に見事な金細工、螺鈿細工が施されたもの──が、国宝級の逸品である事は、紅花は知る由もない。


「えーと、何か問題が……?」

「当たり前でしょう!? 私は!」


 そこで紅花は大きく息を吸った。


「私は! 早く将軍と仲良くなりたいの!」


 執務室に、痛い程の沈黙が落ちた。




「……将軍とは、近衛軍の班将軍か?」

「そう! 班 操淵将軍です!」


 鼻息も荒く、紅花が身を乗り出してくる。


「班将軍と仲良くなれるチャンスは今しかないのに! 一刻も早く拳で語り合いたいのに! コイツが御前試合まで待てと言って邪魔するんだもの!」

「ちゃんす……? 拳で語り合う……?」


 内容が全く理解できない。『ちゃんす』とは一体どういう意味だ。下町の言葉なのだろうか?


「そう! いや、百歩譲って御前試合への参加は妥協しても良いけど。でも! それよりも早く将軍との手合わせの許可をもらわないと!」


 絶えることのない熱意に、思わず椅子ごと身を引く。



 だが、対する紅花も必死だった。

 シナリオ通りならば、紅花は試合に飛び入り参加として出場し、決勝試合にて将軍と戦い、そこで和解をする。


 だが実は、その後とある事件が原因で、班将軍は責任を取る為その地位を返上する事となる。

 それが御前試合のすぐ後の話。

 牢に入れられた班将軍とは、すぐに会えなくなってしまうのだ。

 事件はゲームが始まる前から既に動いているから、今更変えられない。その重大さからしても、将軍を引き留める事は難しいだろう。


 ラノベ主人公のように王宮に来る前に知識を総動員して事件回避の為に動いておけば、と思わなくもないが、スケールが大きすぎてどこから手をつけて良いか分からない。

 出来る事といえば、なるべく班将軍の不利にならないよう、龍備に進言するくらいだろう。

 その為には、なるべく早く班将軍と打ち解け、本人から事件に関与していないという情報を引き出すのが一番手っ取り早い。


 そしてそれとは別に。会えなくなってしまう前に、憧れの班将軍と多少なりとも言葉を交わしたい! 欲を言えば一緒にお昼食べたりとかしたい! という、何とも純粋で不純な動機もあった。


 本筋以外の登場人物、しかも表舞台からの退場が決まっているからには、多少欲望のままに動いても問題ないだろう!

 といった具合に、私利私欲にまみれた思考回路故の、行動の暴走なのであった。



 そんな思考回路を知らぬ龍備は、悪鬼の顔のままぐいぐい身を乗り出してくる紅花に怯えて顔を青くしていた。


「ほ、紅花、とにかく落ち着け?」

「落ち着いてるでしょ! ちょっとテンション上がってるだけで……ぐえっ」


 また知らない下町言葉が出たと思ったら、間近まで迫っていた紅花の顔が離れていく。

 ほっとして見れば、清浩が紅花の襟首を引っ張っていた。


「だーから、少し落ち着けって」

「何よ! 元はと言えばアンタが変な事言い出さなきゃ、あのまま手合わせの流れになってたのに!」

「どうせやるなら公式の、なるべく大勢の前のが良いだろ。御前試合なら1軍から3軍まで揃ってるんだしよ」

「問題はそこじゃないって言ってるでしょー!」


 いっそ小気味良く繰り広げられる言葉の応酬に、龍備は呆気に取られる。

 そして同時に。


 2人とも、いつの間にこんな仲良くなったんだ……?


 どちらに向けた物かわからないモヤモヤとした感情に、龍備はそっと2人から目を逸らせるのだった。



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