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御前試合(1)



 様々な思惑が交差する中、御前試合の火蓋は切られた。



 参加するのは近衛軍と、王都周辺の警備を担当する1軍から3軍のメンバー。

 希望者を募って行われるのだが、もちろん当日の仕事もあるから、全員参加は不可。上位者は注目度が高く昇進に響くという事もあり、毎年参加表明する時点で熾烈な争いが繰り広げられるらしい。

 希望者は事前にトーナメントが組まれているが、私は飛び入り参加且つ、実力を考慮して準決勝と決勝のみに参加する。

 尚、班将軍も準決勝からの参加。勝てば私と対戦する事となる。


 なので前半は暇な為、顧問役らしく陛下の側に侍っていた。


「……李師」

「はい、陛下」


 外野が多い為、ここでは皇帝と師だ。


「十中八九、決勝で班将軍と当たる。……大丈夫か?」

「……大丈夫ですよ」


 嘘だ。

 結局班将軍とは会話する事は叶わず、事件に関与していないという証拠を集める事は出来なかった。けれど逆に言えば、関与したという事実も確認出来なかった。

 そもそも関与はしていないのだから当たり前だが、知らず巻き込まれていた、という事もあり得る。

 だからこそノータッチである証拠が欲しかったのだが、もう時間切れだ。


「……陛下」

「なんだ」

「班将軍は、無関係です」


 自分に言い聞かせるよう、ゆっくり言葉を紡ぐ。


「……わかってる。だが、まだ無関係だと証明するものがない」


 顔にこそ出てはいないが、その声は酷く低く、感情を押し殺しているようだった。


 龍備とて、先帝から誠心誠意仕えている彼を疑っているわけではない。

 けれども、裁きを下す際には他の者を納得させるだけの何かが必要だ。そこには彼の実直さや功績などは殆ど役に立たない。


「ギリギリまで粘るつもりだが、覚悟はしておけ」

「……はい」


 中途半端に知識を持ってたとしても、何も変えられないのなら意味がないじゃないか。

 ぐっと奥歯を噛み締めていると、龍備がそうだ、と明るい声で話題を変えてくれた。


「李師が最近指導しているという近衛の若い衆、年長者相手にだいぶ粘っているではないか」

「え?」


 慌てて闘技場を見れば、確かに顔なじみとなった人たちが何人か対戦中だった。中央付近には楊さんもいる。

 気もそぞろで全く気がつかなかった。

 しかも。


「昨年はすぐに決着がついていたのだがな。なかなか接戦ではないか」

「そう、ですね」


 返事をしながらも、目は各対戦に釘づけだ。


 本当に、みんな上官相手に多少押されながらも負けじと応戦していた。

 軸のブレもないし、動きが一段上がってフェイントも上手くなっている。

 たった数日で筋肉がつくはずはないから、単純に技術の問題だろう。


「ふむ。筋力や基礎体力では劣るが、身軽さや技術で補っているな。なかなか良い動きをする」

「恐縮です」


 思わず緩みそうになる頬を、慌ててぎゅっと引き締める。


 まだ1週間かそこらではあるけれど、毎日基礎練から実戦まで真面目に稽古に励んでいた武官さんたち。

 走り込みでは大声で励まし合い、柔軟(ストレッチ)ではヒーヒー言いながらも毎日しっかりノルマをこなしていた。

 元々の戦闘センスも良いのだろう。柔らかくなった身体で体術を取り入れながら俊敏に立ち回る皆を見て、言いようのない達成感が湧き上がってくる。


「お、楊武官が勝ったようだな」

「!」


 見れば楊さんが年上の武官の喉元に、切っ先を突きつけたところだった。

 堪らず、場外に戻った楊さんの元へと走る。


「楊さん!」

「! 李老師(せんせい)!」


 駆け寄る自分に気がついた楊さんが、パッと顔を明るくする。


「やりましたよー! 俺、先輩に勝って……っうわ!?

「おめでとうございます!」


 駆け寄った勢いを殺さず、そのまま楊さんにガバリと抱きつく。


「おめでとうございます! 見事な一戦でした!」


 何故かガチガチに固まっている楊さんの背中を、ハグしたままポンポンと叩く。


「楊さんの体格を生かした素早い動きと、どんな体勢からでも切り返せるしっかりした体幹! 素晴らしかったです!」

「り、り、り、李老師……」


 対戦による高揚の為か、楊さんの身体は未だ緊張で固まっていた。

 それを解そうとポンポンポンポン、一定のリズムで叩く。


「うんうん、私も老師(せんせい)として鼻が高いです」

「…………り、」

『李老師ー!!』


 やっと楊さんが口を開こうとしたとき、大きな複数の声が割り込んでくる。

 見れば、対戦を終えた他の武官さんたちが意気揚々とこちらへ向かってきていた。


「李老師! 私も勝利致しました!」

「お、俺は奇しくも破れましたが、先輩から以前より動きが速くなったと褒められました!」

「全て、李老師のご指導のお陰です!」


 みんな興奮して、口々にお礼を言ってくれる。その楽しげな様子に、堪らず破顔する。


「皆さんの努力の賜物ですよ。本当におめでとうございます!」


 ワイワイお互いの健闘を称えあっていたので、口をパクパクさせ、硬直したままの楊さんに気づいた者は、誰もいなかった。





 こうして御前試合は無事に進み、予想通りというか何というか、遂に私と班将軍の対戦、つまり決勝戦になった。


 10組分に区切られていた綱は全て撤去され、広々とした舞台の中心で班将軍と向かい合う。


「両者、礼!」


 審判役を兼ねた、清浩の号令がかかる。


「……よろしく、お願い致します」

「…………」


 武官式の礼をとる。こんな時でも、寡黙な班将軍は無言だ。


 お互い数歩ずつ離れ、得物を構える。


 班将軍が持つのは、その大柄な体格に見合った大剣だ。

 それに対抗できるよう、私も普段鍛錬で使う物よりもひと回り太い長剣を選んだ。尚、確実に手首がやられると思ったので、手首や足首にはしっかりテーピングをした。

 ちなみにこの剣は軍の備品だ。紅花の持ち物は暗器ばかりなので、こういう時には使えない。


 班将軍の重々しい空気に負けないよう神経を集中し、閉じていた感覚を開く。




「……参る」


 短い宣言のあと、班将軍が上段から大きく打ち込んできた。


 ガキンと、剣の打ち合いとは思えない重い音が響く。

 一太刀で腕にじんっと痺れが広がった。


 うっわぁ……。予想はしてたけど、こんなに重いのか……。


 骨まで響く振動に、冗談ではなく剣を取り落としそうになる。

 素早く距離を取り、剣をしっかりと握り直した。



 その様子を見ていた将軍が、ピクリと片眉を上げる。


「ほう、今のを受け止めるか」


 いや、結構ギリギリでしたよ! まだ肘までビリビリしてますからね!


 初手だしと、わざと真正面から受けてみたが、めちゃめちゃ後悔した。前世の身体だったら確実に骨が折れていただろうし、何なら今だって結構危なかったと思う。


 踏込みが浅かったから、小手調べが来ると思ったのにこの一撃だ。つまり、本気の剣はもっと重いという事。

 何だか既に白旗を挙げたくなってきた。



 気を取り直して、今度はこちらから仕掛ける。

 姿勢をギリギリまで低くし、素早く大柄な将軍の死角である足元に回り込む。下から突き上げるように剣を繰り出すが、ギリギリのところで避けられた。


 腕を上げたことでがら空きになった胴を狙われるが、残った脚の溜めで跳躍し、空中で身体を捻って背後に回る。

 また姿勢を低くし脚を狙うが、横殴りに弾かれ、ついでとばかりに腹に蹴りを叩き込まれた。


「ぐっ……!」


 遠くまで弾き飛ばされそうになり、慌てて足裏をつき、爪先に力を込めて留まる。ぶわりと大きく砂埃が舞った。


 剣筋は性格と同じく小細工をしない真っ直ぐな物だったが、あっさり蹴りを入れてくるあたり、結構自由なタイプの流派らしい。

 しかも真っ直ぐな剣筋なのに桁違いの怪力なうえ、体格に対して想像以上のスピードがある。


 先程の蹴りは咄嗟に腹筋に力を込めたが、痛いもんは痛い。さらしを巻いてなければ、確実に内蔵をやられていただろう。少なくとも大きなアザが出来ているはずだ。


 とはいえ深いダメージでは免れたので、相手が蹴りの体勢から完全に戻る前に、今度は頭上に跳ぶ。

 予想外だったのか、少し荒い動きで避けられる。

 だが体勢は崩れてくれなかったので、後ろに跳んで距離を取った。また蹴られちゃたまらない。



 再び、正面から向き合う。


 班将軍は目を見開いてこちらを凝視していた。


「……正直ここまでとは思わなんだ。見縊っていた事、謝罪しよう」


 将軍が長文を話すのを、初めて聞いたかもしれないと、妙なところで感動する。


「恐れ入ります。ですが私も正直、将軍の実力を見誤っていたようです」


 見誤っていたどころの話じゃない。班将軍、まさかのチート陣でございました。

 いやはや、流石メイン意外で人気ランキング上位に食い込むだけありますね! チートなら事前情報欲しかったけれども!


 想像の二割増しくらいで寡黙だったけれども、堂々とした振る舞いや野性味溢れる顔立ちを間近で眺められて、こんな状況でなければ垂涎ものだったのに!





 その後も何度も切り結んだ。

 身体能力を生かして背後や足元、頭上など様々な位置から仕掛けていく。

 だが班将軍はそれを軽々躱し、重い一太刀を確実に急所目掛けて打ち込んでくる。


 それを繰り返すうち、盛り上がっていた外野は今やシンと静まり返り、みな固唾を飲んで勝負の行方を見守っていた。



 班将軍もいつの間にか玉のような汗を流し、動きも次第に鈍くなっていた。

 だが、その瞳に焦りや苛立ちはなく、むしろギラギラと燃えて口には笑みすら浮かんでいた。


 将軍の名に相応しい好戦的な瞳の輝きに、『私』の中の何かがゾクリと反応する。

 自然と浮かぶ獣のような笑いを、もはや噛み殺すのも難しい。


 これは、私の中に眠る暗殺者・李 紅花なのだろうか。



 どこか遠い所でそんな事を考えながら、必死に隙を探す。


 かく云うこちらも、既に限界が近い。

 脚はガクガクしているし、手の感覚もほとんどない。何度も噛み締めた奥歯からは血の味がして気持ち悪いし、滝のように流れる汗が目に入ってきて滲みるのも不快だ。



 そんな視線に気がついたのか、班将軍がうっそりと笑った。

 色気溢れるその表情に、一瞬状況も忘れて目を奪われる。


 え、なにこのスチルと見紛う美しさは。

 切実にデジカメ……いや一眼レフを求む!


 心のシャッターを切りまくっていると、将軍の構えが変わった。今までにない、少し崩れた構えだ。

 意図が掴めずに、班将軍の表情を探るように見る。



「貴殿の実力は十分見せてもらった。先入観に捉われ、きちんと精査せずにいた事、謝罪しよう」


 ハッと顔を上げる。そこに、今までの軽蔑するような色は一切なかった。


「その上で聞く。ここ数日、軍の機密文書を漁っているな。……何が、望みだ」


 気がつかれていたという事に驚くよりも、やっと対話の機会が訪れた事に喜ぶ。


 恐らく、これが最初で最後のチャンスだ。


「……証拠を、探しておりました。班将軍が事件に関わっていないという、証拠を」

「事件だと?」


 闘技場は広く、ギャラリーまでは距離がある。間違っても静かに喋る私たちの声は聞こえないだろう。

 それを確認してから、真っ直ぐに班将軍を見据える。



「……謀反、です」

「!」



 班将軍の瞳が、大きく見開かれる。


 ──そう。

 龍備(皇帝)に反旗を翻し、国家転覆を企む一派が今、水面化で動いていた。



ブックマークありがとうございます!


もう少し続く予定でしたが、長くなったのでここで切ります。

次で大きく動く予定…!

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