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獅堂と巣穴の風

巣を見つけた時、獅堂さんは魔物ではなく、先に穴の数を数えた。


「若い頃なら、何匹倒せば奥へ進めるかを見た」


今は違う、と言ってから、雪に残る足跡へ目を移した。


入口へ向かう跡はない。七つの穴の間と、奥の曲がり角だけを往復している。人間を追って地上へ出ようとしている群れではなかった。


雪には、毛の跡も残っていた。腹を擦るほど身を低くし、風が強い穴の前だけを横切っている。巣へ近づく最短距離ではなく、吹き出す場所を避けた動きだ。


獅堂さんは剣の間合いより先に、群れが逃げられる間隔を見た。


雪の吹き込む町営迷宮の第一点検区画には、拳二つ分ほどの穴が七つあった。岩壁の下に四つ、床の割れ目に二つ。残る一つは、奥の曲がり角の先で、白い湯気を細く吐いている。


灰色の小型魔物が、穴と穴の間を走っていた。


胴は細く、前脚だけが妙に太い。爪で床の雪を掻き、湿った苔と小石を咥えて運ぶ。人を襲える牙はあるが、こちらへ向けてはいない。


「巣穴は曲がり角の奥ですか」


俺は退避線のこちら側から聞いた。


「本体は奥だ。だが、こいつらはここまで巣として使っている」


「熱の反応が出ると、擦る音が増えます」


「だから今日は音を追わない。動きを見る」


稲葉さんが、巣穴の一つを指した。


「あれは去年までなかった。右の二つは昔からある」


「塞いだ記録は」


「ない。熱が弱い年は、勝手に増えると思ってた」


穴が増えたから魔物が増えたのか。


流れが変わったから、魔物が穴を増やしたのか。


その順番も、討伐してしまえば見えなくなる。


獅堂さんは、俺たちを入口側へ下げた。


稲葉さんも一緒だ。地元の設備員は奥を見たがったが、あの爪で足首を取られれば、熱の記録どころではない。


獅堂さんと護衛一人だけが、曲がり角の見える位置まで進む。


背後に第一点検区画。


右に人間の熱交換路。


左の岩壁に巣穴。


入口へ戻る道には、雪が細く吹き込んでいる。


風向きが変われば、白い粉が先に教える。


「討伐許可は出ています」


同行の護衛が小声で言った。


町は保守作業を守るため、危険個体の排除を認めている。


「許可は、全部殺せという命令じゃない」


獅堂さんは盾を床へ置かず、腕に残した。


「襲ってきた個体は止める。巣へは撃ち込むな。穴も塞ぐな」


小型魔物が一匹、前脚で雪を押した。


一番右の穴へ雪が被さる。


すると左端の穴から、湯気が太くなった。


別の二匹が、そちらへ湿った苔を運ぶ。湯気へ苔を当て、乾く前に穴の縁へ押し込んだ。


巣を温めているようにも見える。


熱を逃がしているようにも見える。


どちらかを決めるには早い。


獅堂さんは盾の縁へ付いた雪を払わなかった。


白い粉が左から右へ流れ、穴の前だけ持ち上がる。湯気が見えない穴にも風はある。小型魔物は、その見えない穴から先に苔を外した。


人間の目には湯気の出る穴が一番目立つ。


小型魔物が先に触るのは、別の穴だった。


派手な徴候と、流れを決める場所が同じとは限らない。


奥から低い振動が来た。


床の雪が一瞬だけ沈み、魔物が一斉に止まる。


次の瞬間、四匹が違う穴へ散った。


二匹は塞いだ穴を掘り返し、一匹は湯気の出ていた穴へ小石を落とす。残る一匹は巣の奥へ走り、見えなくなった。


湯気が消えた。


代わりに、冷たい風が獅堂さんの左頬を撫でた。


「今」


退避線の後ろで、俺が言った。


真央さんの記録器が、床の温度変化を拾う。


獅堂さんは手を上げ、誰も前へ出さなかった。


魔物は熱を受けて喜んでいるだけではない。


穴ごとの風を変えている。


巣の中へ熱が偏らないよう、塞ぎ、開け、石と苔で流れを調整している。少なくとも、そう見える動きだった。


「一周、見るぞ」


獅堂さんは護衛と観測位置を変えた。


巣へ近づくのではなく、入口側の壁に沿って回る。魔物がこちらを見れば止まり、視線を外した後にどの穴へ戻るかを待った。


急かせば、普段の動きは見えない。


雪の筋が、床を横切った。


右の人間側から左の巣穴へ向かっている。だが、一定ではない。奥の振動が来るたび、巣穴から逆向きの風が一度だけ返る。


その返りに合わせ、小型魔物は別の穴を開けた。


俺が記録していた熱の山と、魔物の換気が同じ間隔で動いている。


「全滅させたら、風の行先が分からなくなるな」


同行の護衛が言った。


「それだけじゃない。誰も穴を切り替えなくなる」


獅堂さんは退避線の位置を一歩戻した。


人間が線の近くへ立つたび、小型魔物の一匹が監視に残り、換気へ戻らない。観察しているつもりで、こちらが普段の動きを止めていた。


「ここから先は無人にする。記録器だけ残せるか」


真央さんが入口側で頷いた。


「固定位置なら。回収は獅堂さんの合図で行います」


記録器を岩棚へ置く間だけ獅堂さんが前へ立ち、設置後は全員を下げた。


人の気配が遠のくと、監視していた一匹が穴へ戻った。止まっていた換気が再開する。


作業帯を守るには、敵を近づけないだけでは足りない。


人間が居続けることで壊れる動きからも、現場を守る必要があった。


魔物が設備を直している、とまでは言えない。


だが、巣を守る行動が、結果として熱と風の偏りを動かしている。全部排除して穴を塞げば、人間側へ熱が戻る保証はなかった。


奥で、石が転がった。


小型魔物ではない足音が続く。


曲がり角から出てきたのは、背の低い甲殻の魔物だった。巣穴の住人を狙っているのか、熱へ寄ってきただけか。太い頭部を床へ近づけ、こちらと巣を交互に見た。


同行の護衛が武器を構える。


小型魔物は散らず、三匹が湯気の出ていない穴の前へ集まった。奥には幼い個体か、動かせない物がある。


「殺せます」


「ここではやるな。壁ごと割る」


獅堂さんは甲殻の魔物と巣の間へ入った。


正面から押し返せば、人間側の管路へぶつかる。右を塞ぎ、左の空いた通路だけを残す。盾で床を一度打つと、甲殻の魔物が頭を上げた。


こちらへ突っ込んでくる。


半歩だけ引き、盾を斜めに当てた。


力を止めず、向きを変える。


甲殻が石を擦り、火花ではなく濡れた粉を飛ばした。獅堂さんの横を抜けた魔物は、残した通路へ走る。


同行の護衛が退路側を閉じ、巣と反対の奥へ追った。


倒すためではなく、作業帯から出すための動きだ。


曲がり角の先で、重い足音が遠ざかった。


追った護衛は、決めていた石柱より先へ行かずに戻った。


「奥の分岐へ入りました。止めは刺していません」


「いい。戻る道を一つに絞れた」


甲殻の魔物を倒せば、死骸を運び出す人手と時間が要る。血や魔力臭で別の個体を呼ぶこともある。今必要なのは討伐数ではなく、巣と人間の間に、戻ってきた時も追い返せる距離を残すことだった。


俺たちは曲がり角の手前へ、稲葉さんの木枠を二つだけ置いた。


一つは人間の観測帯。


もう一つは、魔物が穴を移るための空間。


三つ目を使えば通路を狭められたが、腐った足を外した分、置かなかった。


「戻る可能性はある。監視を一人置く。交代は短くする」


獅堂さんは護衛へ指示し、小型魔物の側を見た。


散っていた個体が穴へ戻り始めている。


こちらを敵と見なさなくなったわけではない。前へ出れば歯を鳴らす。だが、甲殻の魔物を追った後も、換気の順番は崩れていなかった。


「巣は残す」


獅堂さんは俺へ言った。


「人の通路は、巣の右を通さない。左の岩棚までを観測帯にする。魔物が二つ以上の穴を捨てたら、流れが変わった合図として全員戻す」


「甲殻のが戻った場合は」


稲葉さんが聞いた。


「俺たちが下がる。巣を盾にして戦わない。ここを守れないなら、観測を止める」


直せるかどうかより前に、守れる時間の上限を決めた。


「十分です。巣の奥へ入らなくても、風の返る位置を測れます」


俺は、巣をどかしてほしいとは言わなかった。


稲葉さんが古い見取図へ、新しい線を鉛筆で足した。


人間の作業帯。


魔物の巣。


甲殻の魔物を追い出した通路。


三つが重ならない幅を、現場で決める。


その線を確かめるため、獅堂さんは岩棚まで進んだ。


雪はここまで届かず、床は黒く濡れている。上から垂れる水滴が、風のたびに落ちる位置を変えた。


巣穴の一つが開く。


冷たい風が足元を抜ける。


次に奥の穴が塞がると、岩棚の裏からぬるい風が返った。


壁の向こうに、一本ではない流れがある。


獅堂さんは灯りを低くして、風が出た隙間を照らした。


獅堂さんは周囲に新しい足跡がないことを確かめてから、俺を呼んだ。巣の個体は穴を移ることへ戻り、甲殻の魔物も戻っていない。刻み目を見るために、安全線を動かす必要はなかった。


獅堂さんはその場へしゃがまず、灯りだけを固定した。


岩肌に爪跡が並んでいた。


最初は、巣穴を掘った傷に見えた。


だが、縦の短い線のあとに横線があり、間を空けて同じ組が繰り返されている。高さも深さも揃いすぎていた。


人間の工具なら、削った粉か打ち直した跡が残る。ここにはない。


魔物の爪なら、風の穴へ向かって乱れるはずだった。


その前でも、小型魔物は風を切り替え続けていた。


巣の奥の壁に、町の施工記録にも魔物の爪跡にも合わない規則的な刻み目があった。


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