置いていく工具
真壁さんの頼みへ、俺の名前で推薦状は書かなかった。
代わりに渡したのは、市の再教育窓口、資格確認の申請先、勤務記録を本人が取り寄せる手続き、暫定管理班の募集条件だった。どれも、俺に好かれていることを合格条件にしない経路だ。
「口利きではありません」
俺は共用廊下で真壁さんへ言った。
「応募できる窓口を渡します。資格を継続できるか、現場へ戻れるかは、本人の記録と再教育で判断されます。東央を通さず、社員本人へ同じ一覧を渡します」
「それで構わない」
真壁さんは答えた。
本当に構わないのかは分からない。
会社を救ってほしいとは言わなかった。自分も紹介してほしいとも言わなかった。だが、社員が移れれば会社側の負担が減ることは、真壁さんも分かっている。
俺は、その混じった理由をきれいにする仕事までは引き受けなかった。
制度上使える道を同じ条件で渡す。東央の契約を戻すよう働きかけない。処分を重くするための追加情報も探しに行かない。
会社を救済も追撃もしないところに、線を引いた。
一覧は、真壁さんだけに渡して終わらせなかった。
市の窓口が、対象社員へ同じ内容を直接通知した。応募する人は自分で勤務記録を取り寄せ、不足があれば不足のまま申告する。東央の推薦を待つ必要も、俺の紹介を取る必要もない。
現場社員の一人は再教育へ申し込み、別の一人は迷宮外設備の求人を選んだ。処分へ異議を申し立てる人には、その手続きも同じ紙へ載っている。救済は、全員を同じ職場へ戻すことではなかった。
真壁さんにも、社員の申請内容は自動では渡らない。管理責任者だったからといって、退職後の進路まで握らせないためだ。
会社を間に置かない経路が開いたところで、俺の役目は一つ減った。
翌朝、旧準備室で最後の引継ぎが行われた。
壁の勤務表は暫定管理班のものに替わり、東央の共有端末は撤去されている。赤札台帳は市の保管番号へ移り、施設所有者の記録と同じ時刻で更新される。事故原本は調査保管へ、日常点検は新しい台帳へ分かれた。
同じ事故を毎朝開き直さなくても、今の担当が今の設備を見られる形だった。
宇田川さんは医療側の確認を終え、まだ班長の腕章を付けずに来た。
机の上には三枚の書類がある。
事故時の本人証言。
単独責任者業務から外れる通知。
再教育と資格再確認の申請書。
「証言を出したから、署名した事実が消えるとは思ってない」
宇田川さんは言った。
「巡回を短くした日も、対象外に異議を残さなかった日も、俺の名前で確かめる。再教育が終わるまで班長へ戻れないのも受ける」
「勤務記録に違う箇所があれば、違うと出してください」
「自分を軽くするためじゃなくてもか」
「重くするためでもありません。事実と違う記録で処分を受ければ、次の人も同じ記録を基準にされます」
宇田川さんは、三枚を順に読んだ。
許してくれとは言わなかった。
過去の自分を一度の証言で別人にするとも言わなかった。自分の署名が残る場所へ、訂正と再教育の署名を追加した。
それで宇田川さんの費用は終わらない。補助配置から始めれば、班長手当も判断権限もすぐには戻らない。別の現場へ採用されない可能性もある。それでも、会社の命令だけを理由にせず、戻るための条件を自分で受け取った。
早川さんは、記録移管の受領票を持ってきた。
保全した各版、差分一覧、上書き通知、調達・納入記録。すべてに市側の保管番号と受領者が付き、東央の通常権限から切り離されている。通報者保護の決定も発効し、再就職照会へ通報内容を渡さない範囲が明記されていた。
「私が持っているから残る、という状態は終わりました」
早川さんは自分の閲覧権限を閉じる確認欄へ署名した。
「追加照会があれば、正式な受領者から来ます。私物端末にも、個人保管の複製にも残しません」
「次も記録の仕事を?」
「別の現場で続けます。事故の証拠係としてではなく、事故の前に版差を止める担当として」
早川さんは原本を抱えて残らなかった。
記録を渡し、保護が紙だけでなく権限分離になったことを確かめ、自分の次の勤務へ移った。
準備室の隅に、返却と廃棄を待つ工具箱が並んでいた。
東央の共有工具は、施設所有者が番号と状態を確かめ、使えるものだけ暫定管理班へ移す。ひび、欠品、点検期限切れがあるものは、誰かの善意で使わせず、修理か廃棄の判定へ回る。
その列とは別に、俺の古い工具鞄を置いた。
解雇の日に持ち出し、今は市営班の棚へ入れている鞄だ。全部を置いていくつもりはない。今の仕事で使う受音板と現況札は、俺の担当に必要だった。
中から出したのは、予備にしていた古い受音板と、折り畳み式の点検鏡だった。
受音板は表面に細い傷があるが、比較用の基準音には追従する。正式な計測値を出す機器ではない。点検鏡は継ぎ目に少し遊びがあり、作業域へ持ち込む前に備品担当の確認が要る。
俺は二つを宇田川さんの机へ直接渡さなかった。
市の研修窓口へ移管し、状態、用途、点検期限を備品票へ書いた。再教育期間中の貸与品。使用前に本人と指導担当が状態を確認する。異常の有無をこれだけで決めない。研修終了か配置変更の時に、窓口へ返却する。
備品担当がその場で二つを確認した。
受音板は比較用として使用可。表面の傷は残すが、基準音とのずれは許容内。点検鏡は継ぎ目の遊びが規定を外れているため、整備が終わるまで貸与不可。
俺は点検鏡も使えるつもりで持ってきた。
長く自分で使っていると、指で支えれば止まる程度の緩みを、道具の癖として受け入れてしまう。別の人へ渡す時は、その癖まで扱える前提にしてはいけない。
「鏡は整備待ちに変更します」
俺が備品票を直すと、宇田川さんも貸与予定の欄から一本を外した。
「直人が使ってたなら大丈夫、とはしないんだな」
「私が使っていたから、緩みに慣れているだけかもしれません」
古い工具を置いていく最初の仕事は、二つとも使わせることではなく、一つを止めることになった。
「くれるんじゃないのか」
宇田川さんが備品票を見た。
「壊れた時に誰が困るか分からない工具は、渡せません」
「相変わらずだな」
「古いだけで、特別な工具でもありません。使う人が記録を残してください」
受音板は、俺の代わりに異常を答えない。
点検鏡も、見えない場所の責任まで映さない。
状態を確かめ、見えた範囲を書き、分からなければ止まる。使う人がその責任を持って、初めて仕事の道具になる。
宇田川さんは貸与を受ける欄へ署名した。
研修用の基準音が短く流された。
宇田川さんは受音板を当て、聞こえた二つの音を記入した。俺ならもう一つ細い返りを拾える。だからといって、俺の答えを横へ書けば訓練にはならない。
宇田川さんは空いた欄へ「未確認」と書いた。
「聞こえないものを、聞こえたことにはしない。別の記録と合わせる」
受音板を置き、指導担当へ次の確認を求めた。
俺の耳を真似るより、聞こえない範囲を残す方が、今の宇田川さんに必要な仕事だった。
師匠と弟子の印ではない。
再教育を受ける一人の現場員と、市の備品二点になった。
鞄を閉じると、底に工具の形だけ薄く残っていた。
十年いた職場で、自分の名前があった棚はもうない。解雇の日に段ボールへ詰めた時、仕事を続けられる場所まで失ったように思った。その感覚は、天蓋で採用されたから全部消えたわけではない。
壁には、古い名前札を剥がした四角い跡が残っていた。俺のものだったか、別の社員のものだったかは分からない。十年分の居場所は、剥がれた跡を当てるだけでは証明できない。
今の俺の名前札は、市営班のロッカーにある。
戻れと言われても戻らない。
潰れてほしいと願って、ここへ残り続けることもしない。
古い道具を二つ置いた分だけ、鞄は軽くなった。空いた場所は、なくした居場所の穴ではなく、今の職場で次に使う記録を入れる余白だった。
退館時刻を記入し、東央の旧準備室を出た。
白瀬さんは事故用の保全命令を通常監査へ引き継ぎ、市営班の勤務表へ戻っていた。獅堂さんは救助用の装備を返却し、次の護衛訓練へ出ている。真央さんは調査原本を閉じ、公開保留のまま日常点検用の記録器を持ち帰った。
俺も、市営迷宮保全班の勤務へ戻る。
元勤務先の事故は、人命、設備、記録、処分、従業員の次の経路まで閉じた。全国納入分は、同じ事故の続きではない。同系列がどこにあり、何に使われているかを確かめる、新しい点検課題だ。
保全班の端末を開くと、全国照会の一覧が更新されていた。
同系列品の納入先は複数ある。異常報告なし、用途確認中、現物照合待ち。どの行にも、この水没事故と同じ原因だとは書かれていない。
最上段に、遠方の温泉迷宮からの緊急照会が入った。
同系列品との関係は未確認。
現地から届いた異常内容は、もっと短かった。
――迷宮の熱が消えた。




