契約解除の日
東央の社名が、地下管理区画の勤務表から外された。
代わりに入ったのは、施設所有者が選んだ暫定管理班の名称だった。赤札の位置も、仮設管の使用停止も変わらない。変わったのは、その札を毎日確認し、異常時に誰へ報告するかという責任者欄だった。
施設所有者が決めた管理契約解除の効力は、今日の勤務交代から始まる。
証拠保全の後、現物照合、関係者聴取、東央側の意見提出までを経て、この日が指定された。事故の夜の勢いで契約を切ったのではない。
東央総合メンテナンスには、所管行政から迷宮設備管理の一定範囲で業務停止処分が出た。会社がその場で消えるわけではない。迷宮外の契約や、処分対象外の業務まで一日に止まるわけでもない。ただ、この管理区画を動かし続ける権限と、同じ範囲の新しい業務を受ける権限は失った。
東央の入館証は、勤務交代に合わせて一枚ずつ失効した。
失効した証を返す人の横で、施設側は資格証の写しと勤務歴を別に受け取った。会社の権限を止めることと、そこで働いた人の経験まで消すことは同じではない。
俺は暫定管理班と、赤札の引継ぎに立ち会った。
仮設管は使用停止。現物は保全中。正規戻り路は継続監視。歩廊は補修前の立入禁止。異常が出ても仮設側へ戻さず、施設所有者と市の事故窓口へ連絡する。
新しい担当者は、俺の説明へうなずくだけでは終わらなかった。
「正規戻り路の応答が弱くなった場合、再開判断を宮前さんへ照会しますか」
「私だけにはしません。現地の中止条件で使用を止めて、所有者側の独立確認へ戻してください。私は技術助言の一人です」
担当者は引継ぎ票の連絡先を修正した。
宮前直人、ではなく、市の事故窓口と暫定管理責任者。技術助言欄に市営迷宮保全班が入る。俺が来られない夜でも、止める先が空欄にならない形だった。
次に担当者は、東央の現行表にあった「対象外」という一行を、そのまま新しい表へ写さなかった。
「対象外なら、誰の対象で、設備としては誰が見るのかを決めてください。決まるまでは未確認で受けます」
施設所有者が、歩廊補修と現物保全の責任者を別々に記入した。契約解除は看板の交換だけでなく、消えていた担当を台帳へ戻す作業になった。
白瀬さんが持ってきた調査結果は、地下の準備室で三つの違う束に分けられた。管理責任の通知、個人ごとの資格確認、保全記録の移管。上から順に読み上げる前に、窓口では東央の入館証が一枚失効し、その持ち主の資格証が別の受皿へ移った。
真壁さんの通知に入ったのは、旧管体の警告を受けられる立場にありながら停止枠と再確認を確保せず、仮設枝の用途表記を補助排水へ移す管理過程を承認し、短縮された巡回表を受け取り続けた責任だった。
サーバーの上書きを真壁さん一人が直接操作した、とまでは書かれていない。誰がどの変更を実行したかは、保全したアクセス記録を追う別の調査へ残った。主語をぼかしてきた管理責任と、証拠にない操作を足すことは別だった。
次の社員が入館証を返した。資格と現場履歴は一致している。窓口の担当者が、暫定管理班の補助配置と、別施設の保守募集を二枚並べた。
「迷宮側は、補助からですか」
「単独判断を伴わない配置からです。建物側の資格で応募する道も残っています」
社員は少し迷い、迷宮側の補助配置へ申請票を置いた。会社の契約は切れても、明日から何を学び直すかは本人が選んだ。
現場側の扱いも、班単位では決めなかった。宇田川さんは旧管体の打音と赤札を知り、短縮された完了欄へ署名した。口頭圧力と雇用不安は背景として残ったが、署名と異議を正式記録へ置かなかった責任は消えない。班長権限は止まり、医療確認の後に再教育と資格再確認を受ける通知が、本人用の封筒へ入った。
同じ班でも、旧区画を知らず現行表の範囲を回った人、記録変更へ関与していない人、事故前に異常を報告した人は、勤務記録と聴取結果が別だった。もう一人の社員は、更新時の実技記録が会社の現行版にしかない。窓口は不合格印を押さず、保全済みの勤務表と本人の資格証を照合する受皿へ回した。
「確認が終わるまで、資格は消えるんですか」
社員は空白になった翌週の勤務表を手にしていた。
「資格そのものを失効させる決定ではありません。ただ、照合が終わるまで単独の迷宮業務には入りません。待機中の勤務と収入は、こちらの労務窓口で別に扱います」
社員は資格証を手放さず、追加照合と労務相談の二枚を受け取った。記録が欠けた費用を、無給の空白へそのまま落とさないための受皿だった。
迷宮設備から外れ、建物側の保守へ移る申請を選んだ社員もいた。迷宮設備の業務停止は、別分野の資格まで取り上げない。反対に、事故を知らなかっただけで、未経験の迷宮業務へ配置を維持することもしない。
早川さんの束には、正規に受領した版を規程内で保全し、正式な監査経路へ限定提出したと記されていた。会社サーバーへ侵入せず、無断公開もしなかった。その名前は調査原本から消えない一方、人事評価や再就職照会へ通報内容を流さない保護対象になった。保全資料の移管先と閲覧者が決まり、本人が証拠を抱え続ける欄は空いた。
救出された二人の勤務票には、次の夜勤ではなく医療確認と労務窓口の番号が入った。事故を調べることと、休業中の生活をどう支えるかも別の線で動き始めた。
同じ社名の入館証を返した人たちは、補助配置、追加照合、建物側の応募、医療と労務の確認へ分かれて準備室を出ていった。会社を処分しながら、社員の資格と次の家賃まで一括して罰する形にはしなかった。
「甘いと思いますか」
白瀬さんが聞いた。
「思いません」
俺は答えてから、処分書の真壁さんの欄を見た。
「ただ、これで腹が晴れたとも言いません」
能力不足と書かれた退職確認書は、今も手元にある。あの評価が間違っていたことは、天蓋の事故だけでもう結果になっていた。それでも、俺の警告を軽く扱った人の責任が文書になったことへ、何も感じないわけではない。
悔しかった。
正しかったと残ることは、うれしい。
ただ、そのために三人が水の中へ閉じ込められる必要はなかった。
処分は、俺の十年を勝ち負けへ戻すためのものではない。次の社員が赤札を残した時、契約範囲の外へ消されないために使う結果だった。
俺は、処分書へ自分の解雇理由を訂正してほしいとは求めなかった。
能力不足と印字された紙は、当時の会社がそう評価した記録として残る。それを今の結果に合わせて書き替えれば、都合の悪い過去を現行版へ統合したのと同じになる。
代わりに、今回の調査報告へ、俺が在職中に旧通路の閉鎖と再点検条件を記録していた事実が入った。退職時評価とは別の文書で、いつ、何を見て、何を止めたかが残る。
名誉を一枚の紙で塗り替えるより、その方が次の点検に使えた。
白瀬さんは調査報告書を市の手続きで閉じ、全国納入分の点検要請を別件として切り出した。
同系列品があることと、この事故と同じ危険があることを混ぜない。各施設へ求めるのは、用途、赤札、期限、正規戻り路、現物と台帳の一致を確かめることまでだ。
国側の受領者欄には、久世統括官の役職名があった。
現場へ命令を出す人としてではなく、複数地域の点検順と、停止が必要になった場合の代替を調整する担当として、報告書を受け取る。その一行だけで、全国点検はこの事故の処分から別の仕事になった。
夕方、東央の入館証を返し終えた人たちが、一人ずつ準備室を出ていった。
ロッカーは会社のものなので、作業着と私物を分けて持ち帰る。共有工具は番号を照合して暫定管理班へ残し、個人資格の証明は本人へ返す。会社名が外れても、工具の所有者と次の使用者は曖昧にしない。
俺は最後の赤札引継ぎへ署名し、施設を出ようとした。
共用廊下で、真壁さんが待っていた。
以前より声が小さいわけでも、頭を下げているわけでもなかった。東央の入館証はもう失効し、首から外されている。
「宮前。復職の話をするつもりはない」
「私も戻るつもりはありません」
「謝れば済む段階でもない。処分へ異議を出す部分は、会社として出す」
真壁さんは、最後まで主語を選んだ。
「ただ、現場の連中の資格まで、うちの管理責任と一緒に無効にされるのは違う。市の再教育と資格継続の窓口があるなら、つないでほしい。再就職先への口利きもできるなら頼みたい」
現場社員を守りたい気持ちは、嘘だけではないのだと思う。
社員が全員路頭に迷えば、自分の管理責任がさらに重く見える。会社が補償と配置を引き受ける範囲を減らしたい。その計算も、たぶん同じ言葉の中にある。
真壁さんは謝罪も復職依頼もせず、現場社員の再就職と資格継続への口利きを求めた。




