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ファニー・マーダーの理想論  作者: 永久島 群青
終章:ファニー・マーダーの理想論。
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18/18

第十六話:後日談と理想論。



◇16◆



 一週間が過ぎ、十月下旬になった。


 鶏鳴学園の火災事件は、井筒礼司の単独犯ということでしばらくニュースを賑わせていた。


 高校にマスコミが押し寄せ、生徒間でも話題になるほどだった。


 当然、SNSにも書き込まれ、あれやこれやと話題に上がり、当事者でもない生徒の承認欲求を満たしている。


 旧校舎は全焼、危うく山火事にまで至りそうだったが、消火活動が早かったこと、森までの距離があったことで、それは免れたが――。


 焼け跡から二人の死体が、旧校舎の裏庭から五人の死体が発見された。警察ではそれらの身元を、調べているらしい。


 けれど、あたしにはある程度、予想がついている。鏑木と、虎田、そして家出をしたとされている生徒たちだろう。人数も、それで合うはずだ。


 綾瀬友里は今も学校に来ていない。あたしは彼女に乱暴はしていない。なんとか思いとどまらせるよう説得したが、心はそう簡単なものではないだろう。


 これから、彼女がなにを選ぶのか、どう折り合いをつけるのかは、彼女にしか分からないし、生きていくかどうか、その人生の決定権は彼女にしかない。


 もう、あたしの出番は終わっているのだ。しかしそれでも彼女が"生きていく"ことを選択し、助けを必要とするのなら、もう一度、あたしは彼女に手を貸そう。そう考えている。


「――あれから、痛みはある?」


「ああ、少しだけ」


「まあ、折れてないし、ひびも入ってないから、一過性のものね。まったく、バカは死なないと治らないとは言うけど、本当みたいね」


 春日井(かすがい)綾音(あやね)は、そう言うと、パソコンに入力していく。


 春日井医院――春日井一家が運営している病院で、外科と内科、小児科が入っている。


 綾音は春日井家の三女であり、彼女だけ、もうひとつの顔を持っていて――俗に、表沙汰には出来ない傷を治療する、黒に限りなく近いグレーの仕事をしている。


 当然、保険適用外である。


 あたしが無茶をしてここに来るたび、彼女の小言を聞くことになる。


「仕方ないだろ。こんな生き方しか出来ないんだから。それよりさ、前に言ってた彼氏、どうなったんだよ」


 あたしと彼女は世間話をすることも多々ある。というよりも、黙っていれば延々と嫌味を垂れ流すものだから、そうやって話を逸らしているのだが。


「別れたわよ。自分の母親のことをママなんて呼ぶのよ。勘弁してほしいわ」


「でも、先生だってもう二十九だろ。選り好みしてる場合かよ」


「うるさいわね。別に理想が高いわけじゃないの。ちゃんと自分を持っている人が良いだけ」


「だったらうちの助手はどうだよ。あいつは強いぜ」


「子供には興味がないわ。さ、診察が終わったら、帰った、帰った」


 あたしはスマートフォンで時間を確認すると、二十三時を過ぎていた。基本、春日井医院の裏側の営業時間は、必然的に深夜帯になる。


「また面倒たけたね。ありがと」


「殊勝なことを言うのなら、いい加減、危険なことから足を洗いなさい」


 あたしは金の入った封筒を彼女に渡し、その皮肉を聞き流しながら手を振って、診察室をあとにした。


 出入り口には竜胆がスーパーカブに背を預けて、スマートフォンを眺めていた。


「終わったのか」


「ああ。痛みは一過性だって。あと彼氏とは別れたってさ」


「綾音ちゃん、厳しいもんなあ。相手にも、自分にも」


 そんなことを言いながら、バイクにまたがり、あたしもヘルメットをかぶって後ろに乗る。


 エンジンをかけて、そのまま探偵事務所へと向かった。


 十分ほど走ると、事務所が見えてきて、その入り口に人影を見て、あたしは驚いた。


「水玖……なにしてるんだ、こんな時間に」


 そこにいたのは童顔の少女――水玖翡翠だった。


 バイクから降りて、事務所の鍵を開け、水玖を招き入れるやいなや、「危ないことしないでって言ったでしょ!」と怒鳴られた。


「危ないことって」


「あの火事。あなたが絡んでいるんでしょ?」


 水玖の目はうるんでいて、あたしは髪をわしわしと掻いて、視線を逸らした。


「まあまあ、とりあえずコーヒーでも飲んで落ち着いてくれよ」


 キッチンに立った竜胆が、ドリップコーヒーとミルクココアを淹れ、盆に乗せて、ローテーブルの上に乗せた。


 とりあえず、水玖をソファーに座らせ、あたしも対面するように腰を下ろした。


「ずっと、話したかった。あの火事のこと。でも、学校じゃ周りの目もあるし、瑠香は試験のときだけ来て、すぐ帰っちゃうし。タイミングがなかったのよ」


「そういえば、蓮実の中間テストは何位だったんだ?」


 鶏鳴学園では、テストの結果を、学年別に順位が貼り出される。聞かれた水玖はますます不機嫌な表情になった。


「一位よ。学校にもろくに来ないのに。わたしはまた二位だった」


「おいたわしや、だな。水玖先生」


「うるさいわね。あと、先生って呼ぶの禁止!」


「あー、はいはい」


「そういや、あんたはどうだったんだ? テストの時期は同じだろ?」


「おれは下から数えたほうが早かったな。ぎりぎり赤点は回避したけど」


「教え甲斐のないやつだよ、あんたは」


 実のところ、事件のない時期は、あたしが竜胆に勉強を教えている。分かりやすく噛み砕いてみても、この男には通用しないらしい。


「そんなことより、火事の件。あれ、瑠香も絡んでるんでしょ?」


「まあ、少しだけな」


「井筒、って人が犯人らしいけど……本当に?」


「どういう意味だよ」


「七人の死体が見つかってるのよ。ひとりで行うには、多すぎるわ。それに――井筒さんがファントム・ボマーとは思えないの」


「根拠はあるのか?」


「……ないわ。でも、なんとなく」


 水玖の直感は鋭い。結局、ニュースでは死体の数しか報道されていないが、ひとりだけ、鏑木だけは――首を切り落とされている。


 それがこの一連の事件を起こした、ファントム・ボマーの、死体だ。


「水玖。今回の事件は終わった。それで良しとしないか。もう、家出人は出ない」


「ごまかすつもり?」


「そうじゃない。あんたが首を突っ込んでも、どれだけ調べても、見つけられないものがあるんだよ。いや――見つけてはいけない真実が」


「見つけてはいけない、真実……」


「あんたは、あたしの心配をしてくれる。それはありがたいと思ってるよ。でも、あたしだって、あんたのことを心配してるんだ」


「……そのわりには、危険なことばかりするのね」


「人間には役割ってやつがある。あたしだって、むざむざ死んでやるつもりはないよ。ただ、解き明かすのが探偵だ。親父から引き継いだ(さが)みたいなもんだ」


 あたしはこれで水玖が納得するとは思えなかった。けれど同時に、それ以上、踏み込んでこないとも。


――我ながら、卑怯なやり方だけどな。


 親友を言いくるめるのは、良い気分ではない。けれど、そうでもしなければ、彼女はこちら側(・・・・)へ来てしまう危険性がある。


 耐性のないものが入り込めば、壊れてしまう。


「……分かった。でも、極力、控えてよね。危なっかしいんだから」


 そう言って、鞄の中から、正方形の箱を取り出した。


「ん?」


「誕生日プレゼント。この前、渡しそびれたから」


「ああ――ありがとう。開けて良いか?」


「うん」


 開けてみると、そこには色とりどりのマカロンが並んでいて、竜胆が吹き出す。


「……これは」


「付き合いも長いからね。不良のくせに、甘いものと可愛いものが好きなの、知ってるよ。外では無理してブラックを飲んでるのもね。本当は、こういうのが好きなくせに、カッコつけちゃってさ」


「……まいったな」


「この間、三人でカフェに行ったときもマカロン、チラチラ見てたでしょ。それに雑貨屋ではマスコットキャラクターのキーホルダーにも目をやってたし。バレバレだよ」


 あたしは気恥ずかしくなり、苦笑した。竜胆にも、水玖にも、バレていたのかと思えば、あたしもまだまだだな、と思わされる。


「ははあ、閃光の乙女の、乙女の部分はそういう意味か」


 不意に、隣りでコーヒーを飲んでいた竜胆がつぶやいて、「閃光?」と水玖が首をかしげるのを見て、やつのわき腹をひじで突いた。


「気にするな。いつものからかいだよ。まったく、腹立たしい。それで――食べて良いか?」


「もちろん」


 あたしはマカロンをつまみ、包みを開けると、水玖を見た。彼女も、あたしのほうを見ていた。


「遅れちゃったけど、ハッピーバースデー。瑠香」


「ありがとな、水玖」



◇◆



 ぼくの隠れ家が、全焼した。


 元々旧校舎だった場所は、黄色い規制線が張られ、焼け朽ちた木材が散在していた。


 三日ほど前までは警官が行ったり来たりしていたが、早朝の今は、誰も立っていない。


 ああ、これで、ぼくの居場所は無くなってしまった。


 いつか、ぼくはここの一階の教室で眠ってしまっていた。ちょうど中間テストを控えた時期だった。


 今回、ぼくのテストの結果は、九位。学年の中では高いほうで、両親はそれに対し、もう少し頑張れ、と厳しい評価を下した。


 今でも口うるさく大学受験や進路に関して言ってきているが、不思議と今までのような、悲観的な思いはしなくなっていた。


 おそらく、旧校舎の一階で眠っていたあたりから、ぼくはぼくとして生きることが、どういう意味を持つのかを、感覚的にだが、理解しはじめている。


 その理由までは、思い出せないけれど。


「きっと」


 びゅう、と生ぬるい風が、髪を揺らした。


「ぼくは、こうやって生きていくんだろう。毒にも薬にもなれないけど、それなりに悲しくて、少しだけ楽しくて、影響を受けても、影響を与えることもなく――」


 いいや、と、ぼくは考え直す。そうじゃない。きっと、人間は、それで終わることは出来ないのだ。


「影響を与えずに生きることは、出来ない、んだろうな」


 ぼくは独白する。


「誰かとの繋がりは、それだけで多かれ少なかれ影響し合っているんだろう。そうやって世界は回っていくんだ。歴史は、紡がれていくんだ」


――そして、世界を回すものは。


「世界を回すものは――ぼくみたいな、凡人なんだ。天才が造った世界を、延々と回していくのが、ぼくの役割なんだろうな」


 そして、それこそが、この世界にとって、もっとも重要なことなのだ。独楽(こま)のように安定のないものを支え、回し続けていくのは、簡単なものじゃない。


 だからといって、それを放棄することは許されない。


 天才の手で作られた、いくら精巧で、美しく作られた時計でも、ねじを回すものがいなければ、時は止まってしまう。


 さすれば風は止み、この世界を構成するすべてのバランスが揺らいでしまう。


 そうならないように、そう(・・)させない(・・・・)ように(・・・)――ぼくのような存在が不可欠なのだろう。


『それが、君の導き出した答えかい?』


 どこからか、中性的な声が聞こえた。だから、ぼくはうなづく。


「これが、ぼくの生き方、なんだと思う」


 返答は期待しなかった。どうせ幻聴だ、隠れ家が燃えて、少しもの淋しさが、ぼくの耳朶を優しく揺らしただけ。


『この世界の均衡を保つのは、いつだって、君のような人間だ。だから――』


――その答えもまた、ぼくの理想になるんだよ、立花くん。


 遠くで、ちりん、と涼やかな音が聞こえた――気がした。






         《麒麟組/Killing me》



            《了》





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