表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファニー・マーダーの理想論  作者: 永久島 群青
第三章:壊れたものたちの、決戦。
PR
17/18

第十五話:揺らぐ均衡。そして――。



◇15◆



 一挙手一投足に気を配りながら、鏑木の攻撃を躱す。相手は執拗に心臓を狙ってくるが、それが却って分かりやすくもあった。


 だがそれ以上に、体術にも長けているのは驚いた。おそらくエデンの教育塔で、そういった訓練を受けていたのかもしれない。


 鏑木の掌底を弾き、ひざに蹴りを入れるも、態勢が崩れることはなく、裏拳があたしのあごをかすって、脳が揺れる。


「くそ……ッ」


 それでもスタンロッドを振り下ろすが、俊敏な動きで左へと踏み込まれ、蹴りがわき腹を直撃した。骨が軋み、ぐぶっ、と血の混じった唾液が垂れる。


「探偵だって、しょせんは人間なんだ。わたしに敵うはずがないんだよ」


「……ああ、だろうな。あたしは、やつに言わせれば、失敗作だったみたいだからな」


「――失敗作?」


 その単語に、鏑木は動きを止めた。あたしは視界が揺れるのを耐えて、なんとか呼吸と態勢を整える。


「あたしも、あんたと同じ。あの教育塔で産まれたそうだ。まあ、能力を持ち合わせていなかったから、殺される予定だったみたいだけどな」


「――あなたも、あの場所で?」


やつ(・・)は言ってたよ。もしかしたら、あんたとあたしは、腹違いの姉妹かもしれない、てな。まあ、同じ腹で産まれた可能性もあるとも言ってたが」


「なら、どうして感情を持ってる。なぜ、生きてる」


「言ったろ。失敗作なんだよ、あたしは。ただの人間だ。それに、あたしにも育ての親がいるんだよ。とっくに殺されてるけど。境遇で言えば、似てるとも言えるかもな」


「……なら、この殺し合いは、運命じみているね」


「そんなにセンチメンタルなものじゃねえだろ」


 あたしは駆け出す。鏑木は跳躍して、スタンロッドを回避し、こめかみにつま先を叩きこまれて、バルコニーの手すりにぶつかった。


 皮膚が切れたのか、赤い血が頬を伝って、床へと落ちていく。


 煙がどんどん昇ってきている。遠くでサイレンの音が聞こえてきていた。ここは山の中腹にある。市街からも、目立つのだろう。


「ぶっ潰してやる!」


 あたしは鼓舞するように怒鳴ってから、鏑木のわき腹に蹴りを入れ、回転するように身体をひねり、回り蹴りをこめかみに叩きこむ。


 ようやく身体が揺れ、その一瞬の隙を逃すまいと、一歩、踏み込んで、スタンロッドを大きく振りかぶった。


「これで――終わりだ!」


 瞬間。


 鏑木が触れていた床が、爆発した。突然のことに、あたしは転がり、バルコニーが傾く。


「これは」


――潜在者が、覚醒した(・・・・)


 鏑木の両手からは火花が爆ぜていて、その目は昏く、しかし口許は弧を描いている。


 一瞬で距離を詰められ、頬を殴られ、背後を取られると、肘が入ってそのまま吹き飛ばされる。


「カハッ!?」


 真っ赤な血を吐き出し、全身が痺れはじめている。


「簡単に死ねると思うなよ」


 口調も、さっきまでのものとは違う。


 倒れていたあたしが起き上がろうとすると、こめかみを蹴りつけられ、転がり、馬乗りになると、ひざであたしの肋骨を圧迫する。


 ぎしぎしと軋む音とともに痛みが走り、思わず顔をしかめた。


「お前のすべてを、壊す」


 馬乗りになられたまま、手を振り上げた鏑木は、嬌声を上げ、それが振り下ろされる。その瞬間――。


――鏑木の腕が、切り離された。


 一拍の間が開いて、濃紺の鮮血がほとばしり、鏑木の目が見開かれる。


「――え?」


「やあ、ファントム・ボマー。良い夜だね」


 とん。と、真っ赤なシルクハットにベスト、同色のロングスカートに赤褐色の編み上げブーツの姿――そして、赤い鞘を腰に差した死神が、手すりに立っていた。


 手に刀を持ったまま。


「う、うぐ、うぐああああああああッ!!」


 鏑木は苦悶の表情で叫び、あたしはかすむ視線にやつを捉え、睨み付ける。


「なんだい、閃光の乙女。珍しく苦戦しているじゃないか」


――姉妹であるという仮説が、そうさせているのかい?


「うるせえよ。そもそも、それを言い出したのはお前だろ」


「まあ、仮説は仮説だ。君がそこまで真に受けるとは思っていなかったんでね」


 手すりから跳び、あたしと鏑木の間に立った。彼女は肩で息をしていて、濃紺の血が床に沁みていく。


「ぐ、う、ファニー、マーダー……!」


 炎が猛る中で、鏑木は真っ赤な死神を睨み付けている。その身体からは、火花が散っていた。


「君の動機は、ある程度、把握しているよ。その能力で人間を殺して、エデンの使者に自らを殺させる――だったかな。なかなかに回りくどい真似をする」


「……やつらに、脅威を……思い知らせるんだ。そして――わたしは、彼と同じ死に方をする。それだけは、誰にも邪魔させない」


 火花を散らしながら、その目を見開く。血走っていて、いびつな笑みを浮かべていた。


 しかし、ファニー・マーダーは汗ひとつ、動揺ひとつ見せないで、肩をすくめてみせた。


「残念だけど、その願いは届かないよ。君は教育塔を燃やして以来、能力を使ってこなかった。君の育ての親を殺して、相打ちになったのは、君を匿ったからじゃない。組織を裏切ったからだ」


 つまりね、とファニー・マーダーは続けた。


「今さら君が人間を殺したところで、エデンは君に興味を抱かない。むしろ、目立ってしまう。だから、彼らからすれば、君は殺すほどの価値がないんだ」


「――ッ!! そんな、そんなはずない! うそをつくなッ!」


「残念だけれど、ぼくはうそがつけないんだよ」


 ファニー・マーダーは一歩、前に踏み出す。


「人間では、ないからね。そもそも、現実に介入した概念、現象であるぼくは、うそをつく必要がないんだ」


 真っ赤な目を細めて、死神は笑う。鏑木は、顔をしかめて、怒鳴った。


「う、うるさい! うるさいうるさいッ!! そんなの、知らない! わたしは、わたしは――ッ!!」


「彼と同じ死に方を望む。非常に歪んでいるけれど、それも愛の形というものなのだろうね。ぼくには到底、その感覚は分からないけれど」


――でも、結果は、変わらないよ。


「ファニー・マーダー……ッ! 絶対に、殺してやる……! わたしの目的は絶対に、阻ませないッ!」」


 鏑木は駆け出し、左手をつき出す。全身から散った火花が飛び火して、周りが燃え始めている。


 その掌底を後ろに跳んで躱し、さらに追撃で来た蹴りを跳躍して避けて、彼女の背中を取る。


「なるほど。均衡を崩すに値する能力だ。けれど――」


 言いかけたファニー・マーダーに向けて、拳で襲い掛かる。それを屈むことでやり過ごし、くるくると回る。真っ赤なロングスカートが揺れ、彼女と対峙した。


「……こいつ…‥」


――エデンが作ろうとしている、潜在者や複合人間(キマイラ)に関しては、ぼくの存在がきっかけになっている。


 以前、長野で、あの死神が言っていたことだ。それはつまり、ファントム・ボマー自身もまた、ファニー・マーダーのコピーであるということでもある。


 そしてエデンの使者に殺されたかった彼女の前に現れたのが、この世界の概念であり、事象であり――彼女自身を作り上げたオリジナルのようなものなのだ。


 彼女の目的からすれば、予想外であり、想定になかったのだろう。それはつまり、ファニー・マーダーこそが、彼女の――潜在者の天敵であることに他ならない。


 今までの潜在者でも、ファニー・マーダーを追い詰めたものは数少ない。やつの言う、均衡を崩すものは、ほとんど全員、死神の鎌に刈り取られている。


 彼女は薄々とだが、それに気付いている。けれど――認められないのだ。


 彼女は、ファントム・ボマーは、鏑木花南は――感情を持ってしまったがゆえに、誰よりも(・・・・)人間(・・)らしく(・・・)なってしまった。


 そしてなにより、エデンの使者に相手にもされないという事実に、彼女はうろたえている。


 それは、彼女の切望した未来が来ないということだ。


 半身を引いて、刀の柄に手をやった。ひりひりと、肌に殺気が刺さる。


 ファニー・マーダーの告白に対し、鏑木はそのプレッシャーに耐えかねたのか、事実を突きつけられ、精神的に壊れてしまったのか、歯を小刻みに鳴らし、その目を見開くと、


「う、う、うああああああああああああッ!!」


 叫んで、駆け出す。足跡から炎が立ち昇る。その左手がファニー・マーダーの心臓へ触れるか触れないか、その刹那に――。


「――やっぱり君は、半年前の彼よりも、弱いみたいだ」


 そうつぶやいて、斜め下から振り上げた刀が、彼女の首を刎ねた。



◇◆



 ファニー・マーダーに担がれて、バルコニーから跳んで地面に着地すると、倒れた井筒と竜胆が待っていた。


「あんた……今回は出てくるなって」


「一応、助手なんでね。雇い主の心配くらいはするだろ。それより――」


 竜胆は真っ赤な死神を睨み付ける。


「お前、蓮実がこんなに怪我してんのに、来るのが遅いんじゃねえのか」


「そうは言われてもね。この世界ってのは、まったく安定していない。今こうしている間にも、均衡が崩れる可能性があるんだよ」


「つまり、別件もあったってことかよ。忙しそうでなによりだ」


 竜胆の嫌味も、意に介さず、といったふうに、目だけで笑った。


「それより、竜胆。こいつは」


「ああ、あんたにゃ悪いと思ったんだけどな。記憶を改竄(かいざん)させてもらった」


「改竄?」


「ああ。今回の一件、その責任を取ってもらおうと思ってな。さすがに――ここまで死人が出ていて、犯人がいないというのは、不自然だろ」


「勝手なことを……」


「殴り殺してないだけマシだと思ってくれよ」


 半年前の事件で、本気で殴り殺そうとしていた本人が言うのだから、笑えない。


「そろそろ消防車が来る。警察も動いてるだろう。逃げるぞ」


 あたしが言うと、竜胆がスーパーカブのエンジンをつけて、ヘルメットをあたしに投げてよこす。


「怪我してんだから、まずは綾音(あやね)ちゃんのとこだな」


 あたしが後ろに乗ると、アクセルをひねった。ファニー・マーダーが立っていたところを見ると、やつはすでにその姿を消していた。


 消防車が来る東の道ではなく、西の道を選んで、あたしたちは鶏鳴学園をあとにした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ