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ファニー・マーダーの理想論  作者: 永久島 群青
第二章:由縁なき迷子たちの交差点。
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第十話:ファントム・ボマーの行動原理。



◇10◆



「こんなこと聞くのも、今さらだけどよ。どうしてお前は、人を殺すんだ」


 午前零時過ぎ、おれは旧校舎の中でファントム・ボマーに問いかけた。


 おれは机に腰を落ち着けて、ファントム・ボマーは後ろ手を組み、窓の向こうを眺めている。


 夜空には星が散らされていて、街灯に照らされる紅葉がふわり、と落ちているのが、遠くから見てとれた。


 今回は殺しの目的ではなく、なんとなく、足を運んだのだ。新しいターゲットは今ごろ、井筒が見繕っているころだろう。


「ぼくが人を殺す理由、か。語れば――長くなるかもしれない」


「まあ、夜も更けてるし、聞くだけの時間はある」


「……そうかい。しかし、どこから話したものかな――」


 ぽつぽつと、ファントム・ボマーは語りはじめた。



◇◆



――感情は悪い病気です。


 エデンの絶対の規律。その感情が発露したとき、人は処分される。


 正方形に積んだレンガの中で、炎が猛っている。そこに放り込まれ、脱水の果ての殺されるのだ。身体がからからになるまで――。


 たいていのものは、入れられたとき、地下にあるその場所から叫び、しかしやがて、のどが嗄れて声はしぼんでいく。


 その部屋の中では、全員がはりつけにされていた。汗と糞尿が垂れ流され、舌が伸び、目を剥いて、息絶えるのだ。


――感情のなかったぼくは、病を発症したものをそこまで運んでいく役割をあてがわれていた。


 そして感情が芽生えたぼくは、完璧に感情を隠すことにした。そうでなければ、あの部屋にいる人間と同じ処分を受けることになる。


 今まで通りに、感情を押し殺して、カリキュラムをこなしていった。感情が芽生えたかどうかのテストも、なんとかクリアした。


 我ながら、上手くやっている――そう思った。


「……感情が生まれたきっかけはないのか?」


 途中で、虎田が口を挟んだ。ぼくは、ふ、と笑って首をかしげる。


「あるよ。ぼくと同じように感情を殺した子供がいてね。その少年を見たとき、ぼくの感情は生まれたんだ」


 ぼくとその少年は同じ麒麟組だった。隠れてこっそりと話したりもした。いつか、この場所から逃げよう――そんなことも一緒に考えた。


「楽しかったんだ。ぼくだけじゃない、それだけで安心できた」


 授業も、殺しの訓練も、顔に出さないようにして、二人だけで会ったときは、笑い合ったり、雑談なんかもした。


 いつしか、死角になっている、その庭の隅にある小さな場所が、ぼくたちの秘密基地になっていたんだ。


 そこでなら、思う存分、感情を出すことが出来たんだよ。


 いろんな話をした。あの少年は、この場所から抜け出して、穏やかに生きたいと言った。


 彼は、誰よりも花が好きだった。


『花屋さんになりたいな』


 そんなことを言っては、『男のぼくが言うのは、変かな』と照れたようにはにかんだ。


 ぼくはそうは思わなかった。


『花は、いずれ枯れてしまう。その瞬間の美しさを、誰かに渡す。そんな素敵な仕事はないよ』


 そう返したことを、今でも覚えている。


『そのときは、君にとびっきりの花をプレゼントするよ』


『わたしも、その手伝いをしたいな』


『なら――ぼくたち二人で、この世界に花を咲かせよう』


 いつかどこかで、この地獄のような場所から飛び出して、逃げ出して、新しい新天地で、二人で、自由な人生を謳歌する。


 そんな大きな夢を、ぼくたちは見ていたんだ。


「……でも、ぼくたちはどうあっても、所詮は子供だった。教師のような大人を、完璧に騙すことなんて、出来なかったんだ」


「感情があることが、バレた……?」


「ああ。その少年だけが、ね」


 ぼくは、なにも出来なかった。あの少年は、連れ去られるとき、微笑んだんだ。それを見たとき、なにも言えなかった。


――その微笑みが、あまりに雄弁だったから。


 けれど、ぼくは――離れたくなかった。お互いIDしか知らなかったけれど、それでも、あの時間は本当に楽しかったんだ。


 だから、感情を発露させた。けれど。


「けれど、なんだ?」


「ぼくはね、この力の使い方を知らなかったんだ」


 当然、能力は暴走した。その場にいた人間たちを爆破させ、洋館を燃やした。なにもかもなくなれば、この心の痛みは消えると、信じていたんだ。


「その少年はどうなったんだよ」


「……分かるだろう? 暴走したんだ。敵も、味方も、ぼくの意識さえ関係なく、すべてを破壊したんだ」


 そこから草薙という男と出会って、戸籍を手にして、ここに至るってわけさ。


「まあ、その育ての親も、十六になったばかりころ――九月に殺されたけどね」


「……だから、なのか?」


「ん?」


「育ての親がストッパーになっていたってことなんじゃないのか? お前が犯行を行った時期は、そのちょうど一ヶ月後だ」


「……そうかもしれないね」


「少し、分かってきた。お前は、その少年に恋を(・・)した(・・)んだろう。それが、感情を芽生えさせるトリガーになった。違うか?」


「……育ての親――草薙にも言われたよ。あのときは分からなかったけれど、今なら分かる。ぼくはね、あの微笑みが――今でも頭から離れないんだ」


「これは憶測だが、もしかして、その少年とやらと、死にたかったのか?」


 虎田は立ち上がり、ぼくを真っ直ぐに見つめてくる。それは――心の奥底にあって、しかし蓋をしてしまったものでもあったから、少し驚いた。


「……そうだよ。ぼくは、死にたかったんだ。でも、それ以上に、感情を普通に持てる人間、自由に使える人間が恨めしかった」


――どいつもこいつも、感情を隠さないと殺されるという、重い、重いプレッシャーを知らないやつばかりだ。


「おれたちが誹謗中傷をしていたやつに絞ったとき、お前はなにも言わなかった。つまり、それが――それこそが、動機だったってわけか」


「ああ。まあ、最初の事件は単なる偶然だったけどね。そもそも、感情を持つものを殺そう――それが目的だったんだ」


「つまり、人間という存在そのものを殺そうっていうのか」


 ぼくは首をかしげて、クスッと笑った。


「その通りだよ。感情を持て余している人間――もっといえば、この世界に生きるものを殺す。そしてその最期に、ぼくが死ぬつもりなんだよ」


「……規模の大きな話だな」


「ぼくのこの能力があれば、緊張状態にある国を刺激できる。そうすれば、戦争さえ容易く起こすことだって出来るんだよ。決して大げさな話じゃない」


「なるほどな。そのテストに、この学校が選ばれたわけか」


「そういうことだね」


 いずれ、この世界すら覆すことが出来る――草薙の言葉が、今なら理解できるような、そんな気がした。


 この力があれば、ピラミッド構造の国、世界そのものを混乱させることができる、と。


――そして同時に、人間は社会性の最底辺にいると、証明できる。



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