鍛冶通りの手入れ屋と、ミレイが残れる時間
二つ目の討伐依頼を終えてギルドへ戻った頃には、昼の光が街の石畳を白く照らしていた。
受付前は朝よりも人が多い。討伐帰りの冒険者、荷運びの仲介を頼みに来た商人、これから依頼を探す若い連中が入り混じっていて、建物の中はずっとざわついていた。
涼花は掲示板の横を通りながら、小さく息をつく。
「少しは慣れたと思ったのに、ギルドって入るたびに緊張するね」
フィアが笑った。
「ここは落ち着く場所じゃなくて、働きに来る場所だからね」
ミレイは受付で報告を済ませ、銀貨の入った袋を受け取って戻ってきた。袋を手の中で軽く量ってから、眉を寄せる。
「悪くはない。けど、余裕ができる額じゃないな」
宿代、食費、包帯と薬、矢の補充、革紐の替え。数え始めると、銀貨はすぐに消えていく。
そのとき、受付脇にいた年配の職員が、ミレイの剣と涼花の足元を見て声をかけてきた。
「次も歩くなら、先に鍛冶通りへ行きな。刃も靴も、今のうちに見てもらった方が安く済む」
言われて涼花が靴を見下ろすと、つま先の縫い目が少し浮いていた。朝稽古と討伐を続けたせいで、底も前の方から削れている。ミレイの剣も、日に当てると刃先に細かな欠けが見えた。
「行こう」
ミレイが短く言い、四人はギルドを出た。
鍛冶通りは、市場通りとは空気がまるで違った。
鉄を打つ硬い音、火床の熱、油の匂い、革を炙る匂い。道の両脇には大きな武具屋だけでなく、鞘の直し屋、革鎧の縫い直し屋、旅靴の底張り屋、杖の留め金を替える小さな工房まで並んでいる。
涼花は歩きながら、店先に並ぶ剣や短槍、旅具の金具を眺めた。
「こういう通り、見てるだけでも楽しいね」
フィアが吊り下げられた細工入りの杖を見上げる。
「見るだけで済めばね」
ルクトは無言のまま、刃の重さを確かめるように腰の短剣へ触れていた。
四人が入ったのは、武器を売る店というより、使った道具を長く持たせるための手入れ屋だった。看板も派手ではなく、入口脇に小さく「研ぎ・留め直し・底革替え」とあるだけだ。
奥にいた白髪の職人は、片眼鏡を上げてミレイの剣を受け取ると、刃を光にかざした。次に涼花の靴、ルクトの短剣、フィアの杖の金具まで一通り見ていく。
「無茶な壊れ方はしてない。だが、減り方が若いな」
ミレイが苦笑した。
「褒め言葉には聞こえないな」
「褒めてない」
職人は平然と言った。
「お前さんは踏み込みの最後で刃に重さを残しすぎる。受けた後の返しで細かく欠ける。そっちのお嬢さんは前へ落ちる走り方だ。靴が先に死ぬ」
涼花は思わず足を引いた。
「そんなにはっきり出るんですか」
「道具は黙ってるが、減り方で喋る」
言い方はぶっきらぼうだったが、嫌味ではなかった。
職人が奥で手入れを始めると、四人は店先の長椅子へ腰を下ろした。通りの向こうでは火花が散り、荷車が通り、昼の匂いが混ざって流れていく。
しばらくして、ミレイが銀貨袋を膝の上で転がしながら言った。
「先に言っておく」
涼花が顔を上げる。
「何を?」
「私はずっと一緒にはいられない」
その言葉に、空気が少し止まった。
フィアが先に問い返す。
「急にどうしたの」
「急じゃない。最初からそのつもりだった」
ミレイは通りの向こうを見たまま続けた。
「支局の件もあるし、報告と引き継ぎが済めば、私は本来の持ち場へ戻る。今の予定だと、この街にいられるのは次の隊商便が出る頃までだ。長くて十日、順調ならそれより早い」
涼花は一瞬、返事ができなかった。
「……十日」
「だから、その間にやる。歩き方、受け方、依頼の選び方、金の回し方。今のままだと危ないところを、危ないと分かる形にする」
ミレイの声はいつも通りだった。重くしようとしているわけではなく、ただ事実として置いてくる言い方だった。
ルクトが静かに聞く。
「十日で、足りる?」
「足りない」
ミレイは即答した。
「でも、何も入れないよりはずっといい。私がいなくなってからも崩れない形を、少しでも先に作る」
その返答は厳しいのに、不思議と涼花の胸にはまっすぐ入ってきた。
誰かがずっと助けてくれるわけではない。新しい街で暮らして、依頼を受けて、稼いで、生き残るなら、自分たちで立てるようにならなければいけない。
フィアが肩をすくめる。
「じゃあ、その十日で宿代以上のものを叩き込んでもらわないとね」
ミレイはほんの少しだけ笑った。
「安い師匠代だと思うなよ」
涼花もつられて笑いかけたが、その直後、奥から職人の声が飛んだ。
「剣の持ち主、来い」
ミレイが立ち上がる。
店の中へ入ると、職人は手入れを終えた剣を布の上に置いていた。刃先の細かな欠けは消え、光の筋がまっすぐ通っている。
「大きな打ち直しはしてない。今はこれで十分だ」
ミレイが剣を手に取ると、職人は次に涼花の靴を差し出した。
「底革は応急で持つ。だが走り方を変えなきゃ、またすぐ削る」
涼花は靴を受け取って頭を下げた。
「ありがとうございます」
職人はうなずき、それからミレイへ視線を戻した。
「そっちの剣、使い手が育つ前に道具を潰すなよ」
「分かってる」
「分かってるなら、今のうちに教えろ。急ぐ奴ほど、いい刃を早く駄目にする」
店を出たあともしばらく、その言葉は四人の間に残っていた。
鍛冶通りの熱気は変わらず賑やかなのに、涼花の中ではさっきよりずっと現実が近くなっていた。
ミレイがこの街に残れるのは、せいぜい十日前後。
それまでに、今よりまともに戦えるようにならないといけない。
ただ依頼を受けるだけでは足りない。稼ぎながら、覚えながら、間に合わせなければならなかった。
通りの先で、ギルドへ戻る冒険者たちが見えた。
次の仕事を探す足取りは軽くない。それでも、止まっている者はいなかった。
涼花は手入れされた靴で石畳を踏み、静かに前を向いた。
残された時間は、思ったより短かった。




