パジャマでは信用が足りない
まず必要なのは、剣でも覚悟でもなく服だった
夜明け前の森を歩きながら、私は人生で初めて真剣に思った。
パジャマは、防具にならない。
いや、当たり前なんだけど。
当たり前なんだけど、実際に異世界の森を歩いてみると、その当たり前が骨身に染みる。
足元は薄い室内用のスリッパ。
袖はひらひら。
ズボンはゴム。
右手には謎の剣。
怪しい。
どう見ても怪しい。
もし逆の立場で、森の入口からこんな格好の人間が現れたら、私はまず警戒する。
「……せめてジャージならなあ」
ないものを言っても仕方がない。
シャワー浴びたい・・・
私は夜の間に二度、小型の魔物に襲われた。
一度目は犬型。二度目は羽の生えた猿みたいな何か。
どちらも右手の剣を振っただけで、信じられないほど簡単に倒せてしまった。
それは助かった。
助かったけれど――
「やっぱりおかしいよね、これ」
私は朝焼けの下で、剣を持ち上げて眺めた。
細身で、反りはほとんどない。
刀とも西洋剣とも少し違う、不思議な形。
刃には青白い光が筋のように走っていて、握っていると掌にじんわり熱……ではなく、たぶん力のようなものが伝わってくる。
軽い。
軽いのに、威力が高すぎる。
剣道の感覚で言えば、竹刀で面を打ったつもりが、なぜか丸太が裂けたみたいな感じだ。
おかしい。理屈が合わない。
でも今考えるべきことはそこだけじゃない。
シャワー浴びたい・・・
眠れるはずもなく彷徨い続けた割には目が冴えている
遠くに見えていた灯りは、夜明けとともに輪郭をはっきりさせた。
木の柵に囲まれた小さな町――いや、村と町の中間くらいの規模だろうか。畑が広がり、煙突から白い煙が立ちのぼっている。
人がいる。
つまり情報がある。
それと、たぶん服もある。
私は一度深呼吸して、剣をなるべく目立たない角度に持ち替えた。
「よし。まずは話を聞こう」
言葉が通じる保証はない。
けれど、通じなかったらその時考えるしかない。
マニュアルがないなら、試行錯誤で進むだけだ。
町の門には、槍を持った男が二人立っていた。
片方は四十代くらいで、日に焼けた顔に無精ひげ。
もう片方は若い。まだ二十歳前後に見える。
二人とも、私を見た瞬間、揃って固まった。
当然だと思う。
「……止まれ」
年上の門番が言った。
「はい」
私は素直に止まった。
「お前、その格好は何だ」
「パジャマです」
「見ればわかる!」
若い方が思わず突っ込んだ。
ちょっと安心した。ツッコミ文化はあるらしい。
そして言語も普通に通じる。
年上の門番が眉間を押さえる。
「森から来たのか?」
「たぶん、はい」
「たぶん?」
「気づいたら森にいて、ええと……事情があって」
「事情が深そうすぎるな」
私は怪しまれているのを感じた。
でも、ここで嘘を重ねると余計ややこしくなる。
「すみません。自分でも整理できてなくて。ただ、危険なことをするつもりはありません」
年上の門番は私をじっと見た。
試すみたいな目だった。
「剣を持ってるな」
「はい」
「使えるのか?」
「少しは」
厳密には少しではないけれど、ここで大きくは言わない方がいい。
若い門番が、私の足元を見て顔をしかめた。
「その靴で森を歩いたのか?」
「歩きました」
「……生きてるの、奇跡じゃないか?」
それは私もそう思う。
年上の門番は、少しだけ警戒を解いたようだった。
「身分証はあるか」
「ありません」
「金は」
「ありません」
「……」
「……」
「よく来たなここまで」
「自分でもそう思います」
若い門番が吹き出した。
年上の門番も、呆れたように息を吐く。
「名前は?」
「新井涼花です。涼花でいいです」
「アライ……珍しい響きだな。俺は門番のドルク。こっちは見習いのミオ」
「見習いじゃなくて補助警備員です!」
「同じだ」
ミオは不満そうだったけど、悪い人ではなさそうだった。
ドルクさんは少し考えてから言った。
「規則では、身元不明の武装者はそのまま町に入れられん。だが……その格好で放り出すのも後味が悪い。まず詰所で話を聞く。いいな?」
「はい。ありがとうございます」
「変に騒ぎを起こすなよ」
「起こしません」
本当は、起こす気がなくても起きることはあると知っていた。
だって、右手の剣がどう見ても不安要素だから。
でもその時の私は、まだ異常がどれくらい異常か、ちゃんと理解していなかった。




