企画会議は、だいたい喫煙所から始まる
「――で? 結局、お前また見切り発車したの?」
会社の非常階段脇、半分だけ外気にさらされた喫煙スペースで、みなちゃんは呆れた顔をした。
うさぎ風の外見で、耳だけ見ればメルヘンの住人。
けれど中身は完全に実務派だ。
この女が地球の管理者だという事実は、たぶん誰に話しても信じてもらえない。
対するえんちゃんは、紙コップのコーヒーを両手で持ちながら、肩をすくめた。
「だって部長がさあ。“次の世界、もっとこう、視聴率取れる感じで”って言うんだよ? 星系設計課に何求めてんのって話じゃない?」
「上司はいつの時代も無茶振りするものだよ」
「それ、名言っぽく言ってるけど、ただの諦めだよね?」
「諦観とも言う」
みなちゃんは煙草ではなく、なぜかにんじんスティックをくわえている。
健康志向なのか、単にキャラ作りなのかは不明だ。
えんちゃんはため息をついた。
彼は“星々を作る仕事”をしている。正式には、文明発生環境設計部・可変世界企画課所属。
要するに、新しい世界を作る部署の会社員だ。
世界を作る、と言うと神様じみているが、実態は割と泥臭い。
大気の組成を調整し、魔力粒子の循環率を決め、生態系の相互侵食をシミュレーションし、知的生命体の発展余地を上申する。
ロマンよりエクセル、奇跡より会議資料の世界である。
「で、相談って何?」とみなちゃん。
「面白い世界って何だと思う?」
「雑だなあ」
「真面目に悩んでるんだって。前の案件、平和すぎて波がないって差し戻されたんだよ? せっかく天候も農耕も安定させたのに」
「そりゃ番組としては地味だよ」
「番組じゃないんだけど!?」
「でも部長、どうせ中継するんでしょ。上から観て楽しいかで判断されるなら、ある程度はドラマが必要じゃない?」
えんちゃんは無言になった。
そこを突かれると弱い。
この会社には悪趣味な制度がある。
企画した世界の進行は、上層部に視察映像として中継されるのだ。
誰が考えたのか知らないが、絶対に暇な役員がいる。
みなちゃんは少し考えてから、軽く指を立てた。
「じゃあさ、剣とか魔法がある世界にしなよ」
「うん」
「魔物とか伝説の武器とか置いて」
「うんうん」
「魔王にはこっちからある程度、誘導かけて」
「それ、コンプラ大丈夫?」
「大丈夫なラインでやるんだよ。露骨にやるから怒られるの」
「妙に実践的だなあ……」
「それで、主人公ポジにかわいい子を入れて、強敵とか難所とか仲間とかを用意して、成長のドラマを見せるの。たまに現場介入して、ボスを弱体化させたり、イベントを起こしたり」
「えっ、普通に面白そう」
「でしょ? 世界は放っておくと、わりと地味にまとまるからね。ちゃんと物語を走らせないと」
えんちゃんの目が、ぱっと輝いた。
「それだ!」
「単純だなあ」
「でも主人公、どこから連れてくる?」
みなちゃんは、当然のように言った。
「地球から適性ある子を拾えば?」
「言い方」
「誤解を招く表現だった。適切なタイミングで招待すれば?」
「余計だめそう」
けれど、えんちゃんの頭の中では、すでに設計図が走り始めていた。
剣と魔法。魔物。伝説の武器。魔王。中継映えする試練。
そして、困難を突破していく主人公。
「勝負勘が強くて、伸びしろがあって、でも根は善人……そういう子がいいな」
「なら検索条件絞ればすぐでしょ」
「いや、でも責任重大だし」
「お前さっき、もう見切り発車したって言ってなかった?」
「……」
「まさか」
「……仮押さえだけ」
「何を!?」
えんちゃんは視線を逸らした。
みなちゃんは両耳をぴんと立てたあと、額を押さえて長いため息をついた。
「やったな?」
「やりました……」
「誰を?」
「新井涼花、十六歳。剣道全国大会前日。高熱で緊急搬送待ち」
「タイミング最悪じゃん!」
「でも、生存ラインぎりぎりで、因果の分岐が綺麗だったから……」
「設計屋の言い訳!」
「だって、今しかなかったんだもん!」
みなちゃんはしばらく無言だった。
それから、心底面倒くさそうに言った。
「……ちゃんと剣は持たせた?」
「持たせた」
「衣装は?」
「え?」
「え? じゃないよ。転移直後の見た目は?」
えんちゃんの沈黙が、すべてを物語っていた。
「……やったな?」
「……パジャマです」
「最悪!」




