えんちゃん、現場に降りる
「だから何で初回の群れが想定より増えてるの!?」
えんちゃんは頭を抱えた。
モニターには、北側用水路周辺の魔力分布図が映っている。
そこには、設計時の予定になかった小さな乱れがいくつも生じていた。
みなちゃんが横からのぞき込む。
「あれ、これ自然発生じゃないね」
「え?」
「魔王領側からの圧が、予定より早く伝わってる。というより……世界の継ぎ目が薄いところに、変な干渉が出てる」
赤坂部長の耳がぴくりと動いた。
「継ぎ目だと?」
「はい。新規構築世界だから、外縁部の法則安定がまだ完全じゃないんです。そこへ魔王側の指令系が流れ込んで、局地的に魔物の行動が変になってるっぽいです」
えんちゃんは青ざめた。
「それ、主人公の導線の近くなんだけど」
「見ればわかる」
「やばい?」
「じわじわやばい」
「じわじわが一番困る!」
赤坂部長は即断した。
「えん君、現場へ行け」
「……はい?」
「モニター越しでは遅い。直接行って補正しろ。
ただし目立つな。主人公に正体を悟られるな。世界観を壊すな。ついでに業務報告は当日中にまとめろ」
「条件が多い!」
「管理職とはそういうものだ!」
何ひとつ慰めにならなかった。
それでも、えんちゃんは立ち上がる。
自分で始めた案件だ。
なら、現場に降りるのも自分の役目だろう。
「行ってきます……」
「待て」とみなちゃん。
「そのスーツで行くつもり?」
えんちゃんは自分のネクタイを見下ろした。
たしかに、異世界に会社員そのままはまずい。
数分後。
現場介入用簡易擬装セットを着込んだえんちゃんは、安っぽい旅商人風の格好になっていた。
麻の外套、つば広帽子、荷袋。
それでもどこかサラリーマン感が消えないのは、たぶん姿勢のせいだ。
みなちゃんが笑いをこらえながら言う。
「似合ってないけど、ギリいける」
「ギリなんだ……」
「あとこれ。緊急弱体化スタンプ」
「文房具みたいに渡さないで」
「ボス級や異常個体が出たら、それ押して。表から見えない位置で」
「わかった」
赤坂部長は最後にひと言だけ告げた。
「残業の続きだと思え」
「思いたくないです」
そうしてえんちゃんは、ついに自分の作った世界へ降り立った。
第一歩でぬかるみに足を取られて転びかけたのは、完全に余計だった。




