初めての本格依頼は、簡単な討伐のはずだった
生活魔法を覚えたことで、気持ちはかなり落ち着いた。
落ち着いたところで、現実はきっちり次の課題を出してくる。
「今日は外での討伐依頼がある」
ギルドマスターのハルドさんが、掲示板の前でそう言った。
「昨日の薬草採取や荷運びは導入だ。本格的に冒険者を名乗るなら、戦闘の実地確認は避けられん」
「はい」
「ただし単独はまだ認めない。ルクト、引き続き監督しろ」
「了解」
ルクトは気だるそうに手を上げた。
依頼内容は、町の北にある用水路近くで目撃された魔物の群れの排除。
本来は下級依頼で、相手は《灰牙犬》が三、四体程度の見込みらしい。
「程度って言い方、不安なんですけど」
「魔物は報告どおりに出ない時もある」とハルドさん。
現場仕事ってそういうものらしい。
同行は私とルクト、それからもう一人。
魔法支援としてフィアがつくことになった。
「え、フィアも?」
「見習い術師でも、回復補助と索敵は優秀なんです」とリディさん。
「それに、あなたは魔法面の常識が薄いですから、横に一人いた方がいいでしょう」
たしかに。
フィアは小さな杖をぎゅっと握って言った。
「がんばります!」
ルクトがぼそっと付け加える。
「無理はするなよ。前に転んで泣いて帰っただろ」
「それは一年前です!」
「昨日のことみたいに言うなあ」
二人のやり取りは、見ていると少し和む。
長い付き合いなのかもしれない。
ギルドを出る前、私は腰の剣を確かめた。
相変わらず不思議な剣だ。
ただ、昨日より少しだけ重さが馴染んでいる気がする。
「加減、できますか?」
ルクトが歩きながら聞いてきた。
「できるよう努力はします」
「できないとは言わないんだな」
「剣道で、試合ごとに力加減を変える感覚はあります。でもこの剣は、たまに私の予想を超えるので」
「それを一般には危ないって言う」
「知ってる」
フィアがくすっと笑った。
「でも、スズカさんはちゃんと危ないって自覚してるから大丈夫だと思います」
「その理屈はどうなんだ」
「ルクトさんよりは優しい言い方です」
「否定できない」
そんなことを話しながら歩くうちに、町の外れの空気が少し変わった。
用水路の先、草むらの揺れ方が不自然だ。
フィアが足を止める。
「います。三……ううん、五?」
「増えたな」
ルクトの目が細くなる。
「おかしいですか?」
私が聞くと、彼は短く頷いた。
「このあたりに五体は多い。群れの濃さが変だ」
その言葉の意味を考えるより先に、草むらが弾けた。
飛び出してきたのは、昨日森で見た《角狼》に似ているが、もっと骨ばっていて毛並みの荒い獣だった。
灰色の毛。黄色い眼。涎を垂らし、明らかに飢えている。
一体、二体、三体――
後ろからさらに二体。
「フィアは後ろ!」
ルクトの声が鋭く飛ぶ。
その瞬間、私はもう動いていた。
一番左から来た一体の軌道を読む。
速い。でも直線的。
踏み込みに合わせて半歩ずれ、剣を最小限だけ振る。
ガッ!
昨日みたいに両断はしない。
その代わり、頭部を打ち払うように軌道を逸らす。
魔物は横に転がった。
「いい!」
ルクトが叫ぶ。
次の瞬間、彼自身が二本の短剣を抜き、中央の一体の喉元を切り裂いた。
無駄がない。
しなやかで、速くて、静かな動きだ。
……この人、やっぱりかなり強い。
そのうえで、どうでもいいことを思ってしまう。
顔立ちが整っている人は、動きまで絵になるんだなと。
別にそういう意味ではない。
ただの客観的事実だ。
本当に。
「右、行きます!」
フィアの声と同時に、小さな光弾が飛んだ。
一体の目の前で弾け、魔物がひるむ。
そこへ私は踏み込む。
剣先を突き込むように前へ。
胴ではなく、前脚の付け根を狙う。
手応え。
魔物の体勢が崩れる。
「ルクト!」
「見えてる!」
ルクトが滑るように入り、倒れた一体を仕留めた。
連携。
これは試合とは違う。
でも、相手の動きと味方の位置を読む感覚は同じだ。
五体のうち三体を倒したところで、残り二体が同時に飛びかかってきた。
一体は私へ。
もう一体は、後方のフィアへ。
「フィア!」
叫びながら振り向いた瞬間、嫌な予感が走った。
間に合わない。
この距離だと、普通の踏み込みでは届かない。
なのに――
右手の剣が、熱を持った。
ぞくりとするほど自然に、体が前へ出る。
一歩のつもりが、二歩分伸びたみたいに景色が滑る。
「っ!」
私は反射で剣を振り抜いた。
青白い線が、空気を裂く。
次の瞬間、フィアに飛びかかろうとしていた魔物が、衝撃ごと横へ吹き飛んでいた。
地面を転がり、二度跳ねて、動かなくなる。
「……今の」
自分で言いかけて、最後の一体が目に入る。
そちらはルクトがもう仕留めていた。
静寂。
荒い息。
血の匂い。
震える草。
その中で、フィアが目を丸くして私を見る。
「スズカさん、今……すごく飛びませんでした?」
「私もそう思う」
ルクトが倒れた魔物を確認しながら、低く言った。
「今のは剣だけじゃない。お前自身の踏み込みも異常だった」
「やっぱり?」
「やっぱりって何だ」
「昨日からそんな感じが少し」
「少しで済ますな」
フィアは青ざめた顔のまま、それでも笑おうとした。
「た、助かりました。ありがとうございます……」
「間に合ってよかった」
そう言うと、フィアは少しだけ驚いた顔をした。
それから、小さく頷く。
「はい」
たぶんこの瞬間、私はようやく本当の意味で戦ったのだと思う。
昨日は生き残るための反射だった。
でも今は違う。
守るために動いた。
その違いは、思ったより大きかった。




