生活魔法は地味だが、地味に人生を変える
ギルド裏手の空きスペースで、フィアの生活魔法講座が始まった。
「まず大前提なんですけど、魔法は才能があるかどうかより、どう流すかの理解が大事です」
「流す」
「体の中の力を、外に出して、形を決める感じです」
ふわっとした説明だ。
でも、剣道にも似たところはある。
体の使い方。
意識の向け方。
力をどこから通してどこに出すか。
そう考えると、少しわかる気がした。
フィアは私の手を取って、掌を上に向けさせた。
「最初は《灯り》が定番なんですけど、スズカさんは《洗浄》から行きましょう」
「ありがとう。助かる」
「目が本気ですもんね……」
だって本気だから。
「イメージは、水を集めて、汚れだけを浮かせて離す感じです。量は少なくていいです。勢いをつけると顔にかかります」
それは避けたい。
私は目を閉じて、掌の先に意識を向けた。
剣を握る時と少し似ている。
力を込めるんじゃない。通す。
すると、掌の上にふっと冷たい感覚が生まれた。
「わ、出た!」
フィアが声を上げる。
透明な水の膜みたいなものが、薄く揺れている。
そのまま意識を向けると、水が糸のように伸びて、袖についた汚れをなぞった。
すっと土汚れが浮き、ぽろりと落ちる。
「……すごい」
「初回でここまで形になるの、かなり上手いです!」
それから一時間。
私は《洗浄》《乾燥》《小灯》《微水》の四つを、ほとんど執念で覚えた。
《洗浄》で肌や服の汚れを落とし、
《微水》で少量の水を出し、
《乾燥》で髪と布を整える。
最後に《小灯》まで習得したのは、夜に便利だからだ。
「普通、初日に四つも覚えませんよ……?」
とフィアは若干引き気味に言ったが、私は気にしなかった。
ギルドの洗面所を借りて、さっそく生活魔法を試す。
顔を洗う。
髪を整える。
首筋の汗を落とす。
《乾燥》で前髪を軽く流す。
すると、鏡代わりのガラス板に映った自分が、昨日よりずっと人間らしく見えた。
「生き返った……」
思わず本音が漏れる。
後ろから見ていたフィアが、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「スズカさんって、そんな感じなんですね」
「そんな感じ?」
「えっと……昨日は強そうな人って印象が先だったんですけど、今は普通に、かなり綺麗だなって」
「……え?」
「え?」
私は思わず振り返った。
フィアはきょとんとしている。
綺麗?
いや、そんなこと言われたことはなくはない。ゼロではない。
でも、うちの家では姿勢がいい、目つきが試合前、無駄がないみたいな評価がほとんどで、綺麗とかそういう方向ではあまり扱われない。
そこへ、たまたま通りかかったルクトが足を止めた。
「……何してるんだ」
「生活魔法を覚えてました」
「朝から?」
「朝だからこそ」
フィアが元気に言う。
「スズカさん、覚えるのすごく早いです!」
「へえ」
ルクトは私を見て、一瞬だけ視線を止めた。
でもすぐにいつもの眠そうな顔に戻る。
「まあ、昨日よりは町の人を驚かせない見た目になったな」
「昨日が基準だと何を言われても褒め言葉っぽく聞こえない」
「褒めてるよ、一応」
一応らしい。
でも、その時ギルドの前を通った冒険者が二人、明らかにこっちを見てひそひそ話していた。
「あれ、昨日の森パジャマ?」
「うそだろ、ちゃんとしてると普通に目立つな」
聞こえてます。二回目。
私は軽くため息をついた。
たぶんこの反応は、服と清潔感の問題であって、私自身の問題ではない。
そういうことにしておいた。




