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9.大事なこと

 キルコ村へ向かって、川沿いを歩くハナ。

 太陽はちょうど真上ぐらいだろうか。

 天気も良くて気持ちのいい陽気なのだが、ハナにはまったりしている余裕はない。

 村長に、「この少女はドラゴンです!」とは言えないので、ごまかせるような設定を考えなければならないのだ。

 最初に決めるべき設定は――。


「まず、あなたの名前を考えましょうか。やっぱり『ドラゴン』っていうのは名前とは違うから……。こんな名前にしたいとか、ある?」

「えっと……、分かんない」


(まあ、ドラゴンにどんな名前がいいか聞いても分かんないよね……)


「例えば、わたしが名前を付けてあげるとしたら……、そうねえ『リリィ』なんてどうかしら?」

「リリィ? わたしの名前?」

「そうよ。あなたの名前にどうかな?」

「リリィ……、リリィ。わたしの名前」

「気に入ってくれた? あなたの名前はリリィでいいの?」

「う、うん!」


 少女は『リリィ』という名前がついて喜んだが、ハナは自分が名付け親だと思うと責任を感じてしまうのだった。

 自分がこの少女の『親代わり』なんだと。


「じゃあ、決まりね。あなたの名前はリリィ。あと、わたしの名前はハナ。そうねえ……、わたしのことは『ハナちゃん』って呼んでくれる?」

「わ、わかった」


 ハナはいったん立ち止まり、リリィに最低限必要なことを話してからキルコ村に向かうことにした。


まずは、絶対にドラゴンになってはいけない、ということ。

もしリリィがドラゴンだと知られるとサーカスに連れ戻されてしまうわけだが、それはリリィにも十分理解できているようだ。


それと、ハナ以外の人間とは話さないことだ。

 リリィは人との会話に慣れていないから、喋るとぼろが出る可能性が高い。

 だから、リリィには人間とは話さないでいてもらい、ハナがリリィに代わって、つじつまが合うように説明していくのが最善なのだ。


 ハナは再び歩き出した。やがてキルコ村が見えてきた。


「リリィ。さっきも言ったけど、『ドラゴンにはならない』こと、それから『わたし以外の人間とは話さない』こと、この二つだけは忘れないでね?」

「う、うん」


 ハナは、リリィが自分の言ったことを正しく理解しているのか、不安に感じつつもキルコ村へ戻ることにした。

 村長に怪しまれないような設定はだいたいできた。

 キルコ村に入っても村人のほとんどは畑仕事に出ているようで、村人に会うことはなかったが、ハナは背中に背負ったリリィから、少しの緊張感を感じ取っていた。

 リリィは、「サーカスに連れ戻されたら殺される」と思っているのだろう。


(村長さんを丸め込むためのストーリーは考えたから、あとはわたしの話術しだいかな……。やっぱり、リリィに話をさせるわけにもいかないからね)


 村長の家に着いた。


「村長さん、ただいま戻りました」

「ああ、ご苦労様。……で、その娘は誰ですか?」


 ハナは自分が考えたストーリーを村長に話していく。

 調査を終えて村へ向かう途中の川沿いで少女と出会ったこと。

 名前はリリィだということ。

 空腹で動けない様子だったこと。

 ハナの食料を分け与えたこと。

 少女は両親の記憶はなく、自分がどこの町で生まれ育ったかも分からないこと。

 目隠しをされていて、どうやってこの辺りまで来たのかも分からないこと。

 他人を警戒していて、あまり話してくれないこと。

 破れて汚れていた服は捨てて、自分の服を着せたことなど……。


 村長は、ハナの話を聞きながらリリィの様子を見ていた。


「なるほど……、そんなことがあったんですね。もしかすると奴隷なのかと思いましたが、奴隷であることを示すものは何もないようですね。そうすると考えられるのは、人身売買でしょうかね」

「人身売買?」

「ええ……。それより、そのお嬢さんはとなりの作業小屋で休んでいてもらった方がいいかもしれませんね」

「そうですね。じゃあ、すぐにもどりますね」


 ハナは、リリィを作業小屋で休ませると、すぐに村長の家へ戻った。


「それで、リリィは人身売買の被害にあった可能性があるんですか?」

「そうですね。世の中には、赤子や子供を攫ってきて、子供を欲しがっている人に売る連中がいるのです。あくまで予想ですが、あの娘は……、恐らく売れ残ってしまって、口減らしのために捨てられたのではないでしょうか」


 『人身売買』とか『口減らし』とか、そんなことはどこの世界にもあることぐらいハナにも分かっているが、あまりききたい言葉ではなかった。


「売れ残ったから、口減らし……。でも、わざわざ売るために攫ってきたのに売れ残ったりするのかな?」

「あると思いますよ、あの娘なら……。問題は髪の色です」

「髪の色? ですか?」

「ええ、ご存じないですか? グレーや白の髪の子供は不吉だと言われています」

「不吉って……」


 ハナは聞いたことがなかったので、村長が説明を続けた。


「わたしは見たことがないのですが、グレーや白の髪の子供は急に老人のようになって死んでしまうことがあるらしいですね。そのため、得体のしれない病気を持っているとも言われていますので」


 普通なら病気を疑うのだろうが、リリィの髪の色は『ドラゴン』だということが原因なのは間違いないだろうとハナは思った。

 リリィがドラゴンになったときを思い出すと、体色と髪の色が少し似ていると思ったからだ。


「そんな事があるんですね……。でも、わたしは気にしないし、この娘はわたしが面倒を見ていこうと思っているんです」

「あなたが? 本当ですか? それは良かった。このままだと、どこかの孤児院に行くことになるでしょうし、髪の色の事もあるので、あまり恵まれた環境にはならないでしょうからね」


(孤児院には行かせない。もし孤児院でドラゴンになったりしたら、それこそ命はないでしょ)


「ただ、一つ懸念があります。身元不明の子供を連れていたら、ハナさんに人身売買の疑いがかかって取り調べを受けるかもしれませんし、身元が分からない子供は強制的に孤児院に送られてしまう可能性もあります。もしヘムルの町に入るときに調べられたら危険ですね」

「ああ、そうですよね。どうしよう……」


 ……暫しの沈黙の後、村長から一つの案が出された。


「では、こういうのはどうでしょう。あの娘は、この村で生まれ両親を火事で亡くした孤児ということにして、あなたを後見人とする身分証明書を、わたしが発行するのです」


 村長の提案は意外なものだった。

 簡単に言うと、書類を偽造するということになる。


「でも、架空の両親を作っても、けっきょく両親の事を調べられたら……」

「両親については、架空ではない名前を使います」

「架空ではない? でも、実在する人の名前を使って、大丈夫なんですか?」

「実在するといいますか……、十年近く前にこの村で火災により亡くなった夫婦の名前を使おうと思います。彼らに子供はいませんでしたし、南方からの移住者だったので近くに親族などもいませんでしたから」


 つまり、南方からの移住者の子供で、身寄りのないかわいそうなリリィを、ハナが後見人として養育するというストーリーのようだ。


「その夫婦には子供がいなかったのに、あの娘の親ということにして大丈夫なんですか?」

「ええ、たぶん大丈夫でしょう。村民の管理はわたしに任されていますし、ヘムルの町から役人が来ても調べるのは徴税の対象になる大人だけですから」

「なるほど……、それなら大丈夫そうですね」


 住民の管理がいい加減に見えるが、文化レベルを考えればこんなものなのだろう。


「ただ、真実は他人に話さないでくださいね。役人に知られれば、お互いに罰を受けることになりますから」

「罰を受ける……。村長さんは、どうして協力してくれるんですか?」

「わたしにも娘がいましてね。去年、他の村へ嫁いでいったんですが、その娘を思い出したら、なんだかあの娘が可哀想に思えてしまいましてね」

「そうだったんですか。わたしも、あの娘が可哀想で……、協力ありがとうございます」

「では、書類を作成しますね。出来上がった書類は後で夕食と一緒に届けさせますね。ああ、それから本題ですが、洞窟の調査の方はどうでしたか?」


 ハナはこの村に来た目的を忘れるところだった。


「えっと、スライムが数匹いましたが、他に魔物はいませんでした(本当はドラゴンがいたけどね……)。洞窟内や縦穴に崩れたような所もなかったですし、特に異常はありませんでした。」


 報告を終えると、洞窟の鍵を返却した。


「分かりました。では、依頼完了のサインもしますね。では、今日はゆっくり休んでください」

「はい、ありがとうございます」


 ハナは作業小屋へ戻った。

 リリィは落ち着かないのか、立って待っていた。


「リリィ、大丈夫?」

「う、うん……」


 リリィはまだ足元が覚束ないが、原因が空腹によるものなのか、それとも魔素の薄い場所にいたから魔力が不足しているからなのか分からなかった。


(分からないけど、両方の可能性もあるかもしれない。たぶん本人に聞いても分からないだろうし……、とにかく食事だけは十分に与えよう。できれば、それである程度は元気になってくれるといいけど)


 とりあえず、少し遅めの昼食にした。

 そして、リリィはこれから人間として生活するのだから、まず人間としての常識を覚える必要がある。

ハナは、まず一番大事なアレを教えなければならないことを思い出した。


 そう、もちろんトイレだ。





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