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10.祝!卒業

 ハナはリリィに人間として生活するために最低限必要な事を教えていった。

 トイレの使い方の他に、挨拶や小屋の中にある物の名前や使い方などを教えた。

 だが、「いっぺんにいろいろ教えても混乱するかな?」と思い、途中でリリィの髪を洗うことにし、とりあえず身の回りの事を教えるのはいったん終わりにした。


 洗髪を終えて落ち着いたところで、ハナはリリィにこれまでのことを聞くことにした。

 これからどのように生活していくべきか、どんなことに注意すべきかなどを考えるには、これまでのことを聞いておく必要がある。


「リリィ、いろいろと聞きたい事があるんだけど、いい?」

「……う、うん」

「あなたは、どうやってサーカスから逃げてきたの?」

「えっと、人間になって、檻から出て、走って、転んで、飛んで、穴に隠れようと思って、落ちた」

「落ちたの? ケガはないみたいだけど、大丈夫? (説明が下手なのが、ちょっと可愛いかも。仕方ないか、ドラゴンなんだし)」

「だ、大丈夫」


 リリィは人間の言葉が喋れるとはいっても、会話は上手ではない。


「わたし以外の人間と喋ったことはある?」

「な、ないよ」

「じゃあ、リリィが人間になったりドラゴンになったりできるのは、わたししか知らないってことね?」

「う、うん」


 これならヘムルの町へ行っても大丈夫だろうし、人間として生活しても大丈夫かもしれないとハナは思った。

 ドラゴンにさえならなければ、どこから見ても人間にしかみえないのだから。


「ドラゴンになろうと思ってないのにドラゴンになったことはある? たとえば、人間になって寝たのに起きたらドラゴンになっていたとか」

「な、ないよ」

「なら、これからはずっと人間の姿でいれば大丈夫よ。人間の姿でいれば、あなたがドラゴンだとは誰にも分からないから、サーカスに連れていかれたり殺されたりすることはないわ」

「……う、うん」

「だから勝手にドラゴンに戻ったらダメだよ? てゆーか、本当にリリィが何もしていないのに勝手にドラゴンに戻ったりしない?」

「し、しない、かも? ドラゴンになろうって思わないと、ならないと思う」

「それなら大丈夫か……。一緒に寝ていて突然ドラゴンに押しつぶされるなんてことは、なさそうね」

「そ、そんなことしないよ。たぶん……」


 実際にこの先どうなるかは誰にも分からないだろう。

 ドラゴンが人の姿になるなど、おそらく誰も知らないことなので、この先何が起こるかはハナにとってもリリィにとっても正確には予想できないのだ。


「そういえば、人間になるときに『服を作れなかった』って言ってたけど、その前は服を作れていたの?」

「う、うん。人間になるときに、前に見た女の子を考えて人間になりたいって思ったら、その女の子と同じになった」

「なるほどね。人間になるときに服もイメージすれば服も含めた人間の姿になるのか。でも、あのとき服は作れなかったから……」


 ハナは、リリィが服を作れなくなった理由を考えてみた。


(服のイメージはできているんだから、足りないのは服の『材料』ってことだよね?)


 最初は材料があって作れたが、今は材料がなくて作れない。

 つまりその『材料』とはリリィの体内にあるはずの魔力だろう。


 魔物は、周囲に存在する魔素と呼ばれる魔力を体内の魔石に取り込み、その魔力を使って体を大きくしたり強くしたり、魔法のような特殊な攻撃をしたりすると考えられている。

 ドラゴンであるリリィが人間になるというのは、この『魔石の魔力を使った特殊な攻撃』みたいなものではないかと、ハナは予想した。


 そして、リリィが歩けなかったり元気がなかったりするのは、食料だけでなく魔力も不足しているのが原因だろうと考えた。

 ヘムルの町の冒険者ギルドで冒険者が話していたが、魔素が薄いところで魔力不足になって弱体化しているのが、今のリリィの状態だろう。


「さっきリリィは走って逃げたって言っていたけど、その時は走れたの?」

「う、うん。走って、走れなくて、転んで、走った」


(解読すると、走って逃げたけど、弱体化なのか二足歩行は慣れてないからなのか上手く走れなくて、いっぱい転んだ。て、感じかな)


「それで、飛んだんだっけ?」

「……う、うん。空が見えて、鳥を思い出して、飛ぼうとした。竜になって飛んだけど、飛べなくなって、穴に隠れようと思ったら、落ちた」


(解読すると、転んだ時に空が見えて、鳥が飛んでいるのを思い出して、自分も飛んで逃げようと思った。頑張って飛んだけど、弱体化なのか飛びなれていないからなのか思うように飛べず、隠れられそうな洞窟の縦穴を見つけて近づいたら力尽きて落ちた。て、感じかな)


「なるほどね。どうやってサーカスから逃げてきたかは、だいたい分かったわ。でも、人間の言葉はどうやって覚えたの?」

「えっと、サーカスは人間がいるから、だんだん分かった」


 人間が言葉を喋るのは三歳ぐらいだと考えると、少なくとも三年以上はサーカスにいたことになる。


「リリィが捕まってサーカスに来てから、ずいぶん長くサーカスにいたということ?」

「……ん? つかまる? ずっとサーカスにいたよ」

「捕まってない? 生まれた時からサーカスにいたの?」

「……う、うん」


 捕まった記憶がないということは、卵のときか生まれてすぐのときにサーカスに来たということだが、はたしてそれは何年前なのか……。


(リリィに何歳か聞いても分からないだろうな。カレンダーなんて見たことないだろうし。でも、ドラゴンは相当な長寿だったはず)


 この国の北の山には『竜王』と呼ばれている巨大なドラゴンがいて、そのドラゴンが最初に目撃されたのが、たしか数百年前だった。


 ハナは冒険者になった頃、ギルドの書庫で魔物の事を調べていたときにチラッと読んだ記憶がある。

 ドラゴンの生態や寿命については詳細な調査ができないので『千年近く生きる可能性がある』と曖昧に書かれていたのだ。


 もし、ドラゴンの寿命が最長千年だとすると、人間でいえば百歳ぐらいか。

 ドラゴンの寿命が人間の十倍だと仮定すると、人間の十歳はドラゴンの百歳に相当する。

つまり、リリィは人間なら十代前半ぐらいに見えるから、ドラゴンとしては少なく見積もっても数十年、長ければ百年前後生きている可能性もあるということだ。


 それほど長く人間に飼育されていたなら、人間の言葉を理解できるのかもしれないが、話をしたのはハナが最初だと言う。


「じゃあ、ずっとサーカスにいて、それで人間の言葉が分かるようになったのね。でも、サーカスの人間とは話してないんでしょ?」

「えっと、サーカスの人間とは話してない。ドラゴンだと喋れない。人間になったら喋れた」


 人間の姿だと喋れてドラゴンだと喋れないのは、骨格とか声帯の違いみたいなものが関係しているのかもしれない。


(犬や猫もある程度人間の言葉を理解しているけど、人間の言葉を喋ったりはしないのと同じなのかな。うーん、よく分かんないや)


 ハナは、リリィの今日までの事がおおよそ分かってきたことで、人間の姿でいれば大きな問題はなさそうだと思った。

 キルコ村の村長が協力的なのも、ハナにとっては非常にありがたかった。


(まあ、事情聴取はこれぐらいにしておこうかな。今日は予想外の出来事で疲れたし、たぶんリリィも同じだろう)


「……えっと、まだ色々と聞きたいことはあるんだけど、いったん終わりにして明日の事を話すわね」

「……う、うん」


 明日の予定を簡単に説明した後、夕食までリリィをベッドで休ませた。


 この日の夕食は村長が二人分用意してくれたのだが、リリィには足りなくてハナが肉を追加で出していた。

 リリィは追加で出された肉を、すごい勢いで平らげていった。


「リリィはお肉が好きなのね」

「う、うん!」


 リリィは表情が乏しいが、いい返事が返ってきた。

 肉好きどうし、気が合いそうだ。


 ハナは夕食後、村長から受け取った書類を確認した。

 書類には、リリィはキルコ村の孤児で、年齢は十三歳と書かれていた。

 つまりハナは、表向きはキルコ村の孤児の後見人だが、実際はドラゴンの姉代わりというか母親代わりといった感じだろうか。

 だが、責任を感じてはいるものの、嬉しくもあった。

 めでたくボッチを『卒業』するのだから。


 ハナは収納から布団を出して横になり、リリィをベッドに寝かせた。

 リリィはすぐに寝息を立てる。

 そんなリリィを見ていて、ハナはあることに気がついた。


(そういえば、ドラゴンの主食って、たぶん生肉の塊だよね? 今はわたしが出した物を食べているけど、もし生肉の塊をモリモリ食べるようになったら……)


 ハナは慌てて所持金を確認した。


(とうぶんは大丈夫だと思うけど、これからはもっと稼がないと)


 ハナは、もう一度リリィを見た。

 熟睡しているようだ。


(本当に、突然ドラゴンに戻ったりしないよね……)


 ハナは祈りながら眠りについた。





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