7.お名前は?
ハナの目の前には、横たわる一人の少女……。
少女は十歳から十三歳ぐらいに見える。
白いワンピースのような服装に長い髪。
変わった所といえば、髪の色。
銀髪かグレーのようだ。
(生きているんだろうか? いや、寝ているみたいだ)
目を閉じているが、呼吸はしているのが分かる。
(とゆーか、なぜこんな所に少女が? 洞窟の入口は確かに施錠されていたし……)
ハナは、少し先の、外の光が届いている場所を見た。
(まさか、あの縦穴から落ちた? もしかしてキルコ村の子供? 村長さんは何も言ってなかったけど……)
ハナはそっと少女の肩に触れてみるが起きない。
今度は、肩に触れた手で少し揺すってみる。
すると、少女はゆっくりと目を開け、ハナと目が合った。
「ひっ!」
少女は驚いたのか変な声を発すると壁際に後退り、うずくまった。
そして、少し震えながら言った。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。こ、殺さないで。……に、逃げて、ご、ごめんなさい」
「ちょ、ちょっと待って。わたしは、あなたを殺したりしないし、捕まえに来たわけでもないから」
(「逃げた」って言ったけど、この少女はどこから逃げてきたの? キルコ村の子じゃないの?)
「……ほ、本当?」
「本当よ。それより教えて、あなたはキルコ村の子供?」
「キ、キルコ村?」
少女はまるでキルコ村を知らないようだ。
「キルコ村の子供じゃないの? じゃあ、あなたはどこから来たの?」
少女は返事をせずに、ただ縦穴の方を見た。
「やっぱり、あそこから落ちて来たのね。ケガとか、痛い所はない?」
「……な、ない」
(身体は大丈夫みたいだ。それにしても、この娘はどこから来たの? 最も可能性が高いのはキルコ村だと思ったけど、村長さんは何も言っていなかったし、村人たちにも変わった様子はなかったように思う。それに、この娘はキルコ村を知らないみたいだし)
そして、ハナがもう一つ気になるのが……。
「ねえ、あなたはいつからここにいるの?」
少女は、ただ首を傾げるだけだった。
いつからか思い出そうとしているというよりは、何を言われたのかが分からないといった様子だ。
「わからない? じゃあ、あなたは何日ぐらいここにいるの?」
やはり首を傾げている。
質問の意味が分からない様子だ。
「じゃあ、あなたがここに来てから何回ぐらい朝が来たの?」
「……あ、朝? 三回ぐらい?」
(三回ってことは、三日間ぐらい、ここにいるってこと? でも、周囲には荷物らしき物はなにもないし、この洞窟には食料になるような物なんて見当たらない……)
「ねえ。あなたは、ここに来てから何を食べていたの?」
少女は奥の明るい方を指差した。
「向こうに食べ物があるの?」
「く、草? 不味い……」
「草? 草を食べたの?」
「う、うん」
縦穴の方は少し光が届いていて所々草が生えている。
この少女はあの草を食べて飢えを凌いでいたということだ。
「お腹空いているでしょ? 食べ物を出してあげる」
ハナはたいまつとルーカスを、いったん脇に置いた。
そして収納しておいた皿と焼いた肉を取り出して、肉を皿に乗せて少女の前に置いた。
少女は、ハナと皿を交互に見ている。
「た、食べていいの?」
「もちろん、いいわよ」
ハナがフォークを取り出そうとした時、予想外の出来事が起きた。
少女が、目の前に置かれた皿に顔を近づけ、四つん這いになってムシャムシャと肉を食べ始めたのだ。
「ちょ、ちょっと待って! これを使って」
ハナが慌てて取り出したフォークを少女の前に差し出すと、少し考えた後、何かを思い出したようにフォークを受け取り、フォークを使って再び食べ始めた。
だが、その仕草は非常にぎこちない。
まるで、初めてフォークを使うみたいに……。
それでも、あっという間に食べ終わったので、ハナがもう一度お肉を出してあげると、それも、あっという間に食べてしまった。
(やっぱり、そうとうお腹が空いていたんだね。それにしても……)
今度はカップに水を注いで、少女の前に置いた。
「お水も飲んでね」
すると、今度はカップに顔を近づけ、まるで犬か猫のようにピチャピチャと水を飲み始めた。
(なんだ、この娘は? さっきもだけど、食器を使ったことがないみたいというか、まるで動物みたいというか……)
明らかに食事のマナーなど知らない様子の少女。
奴隷か、それ以下のような生活をしてきたかのようだ。
しかし、少女が奴隷であることを示すような物は、何も見当たらない。
(普通に食卓を囲んだこともないほど、ひどい虐待を受けていたのかしら……)
「ねえ、あなたの名前は?」
「……な、名前?」
「名前、分からない?」
「……す、少しわかるけど、名前、ない」
(名前がない? 名前すらないって、どういうことなのかな……)
「じゃあ、あなたは他の人から何て呼ばれていたの?」
「……ド、ドラゴン?」
「ドラゴンって呼ばれていたの?」
「……う、うん」
「女の子をそんなふうに呼ぶなんて、ひどいわね……。それで、あなたはどこから来たの?」
少女は縦穴の方を指差した。
「ああ、そうじゃなくて。ここに来る前は、どこにいたの?」
「……サ、サーカス?」
「サーカス? じゃあ、サーカスから逃げ出してきたの?」
「……う、うん」
(サーカスの使用人か何かだったのかな? でも、サーカスの一団は、確かヘムルの町の西の川沿いを、南に向かったはずだよね。キルコ村とは、かなり離れた場所を通ったはずなんだけど……)
「ねえ、サーカスからここまでは、どうやって来たの?」
「……えっと、走って、飛んだ?」
「え? 飛んで来たの?」
「……う、うん」
(飛んで来たって、どういうこと? 翼はないし、この娘は魔法が使えるってこと?)
「もしかして、魔法で飛んできたの?」
「ま、魔法?」
少女は、まるで魔法という言葉を知らないみたいに首を傾げた。
「魔法じゃないなら、どうやって飛んで来たの? 翼もないのに」
「あ、あるよ?」
「ん? ある?」
少女は立ち上がると、壁際から広い方に向かって、よろよろと歩き始めた。
ハナは、広い方へ向かって歩いていく少女の背中をじっと見ていたが、どう見ても翼は見えない。
(今あるって言ったよね? どう見ても、背中に翼なんて見えないけど。でも、『ドラゴン』て呼ばれていたってことは……)
少女は広くなった所まで行くと、立ち止まって振り向いた。
そして、次の瞬間……。
少女の身体は淡い光に包まれて、朧げな輪郭しか分からなくなった。
そして、少女だった光は急速に膨らみ、見上げるほどの大きさになったところで唐突に光が消えた。
光は消えたが、そこには大きな何かがいる。
ハナは思わず数歩後退した。
地面に置かれて消えかかっているたいまつと、腰にぶら下げてあるランタンの光に照らし出された大きな生き物。
それは、確かに『ドラゴン』だった――。
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