5.提案
掲示板の前にいたハナに声をかけてきたのは、いつも受付カウンターにいるギルド職員の女性だ。
「ハナさんはウルフ討伐実績が十分あるので、そろそろDランクへの昇級を申請してもいい頃かと思うんです。ただ、これまで討伐か採集しか実績がないので、申請の条件を満たしていません」
「たしかに、そうですね」
「そこで――」
彼女は依頼が貼ってある掲示板から一枚の紙を剥がして持ってきた。
「こちらの依頼を達成すれば申請の条件を満たしますが、興味ありませんか?」
「うーん、そうですねえ……」
(この依頼はすでに見たよ。これ、報酬が少ないんだよね……)
「こちらは調査の依頼になりますが、もし興味があれば詳しく説明しますけど……」
「……分かりました。詳しく教えてください」
「では、カウンターへどうぞ」
カウンターへ移動すると、ギルド職員の女性が資料を開いて説明を始めてくれる。
「では、まず依頼の詳細を説明しますね。場所は、ここから南東にあるキルコ村という所です。調査の内容は『洞窟内における魔物の生息状況の調査』になります。と言っても、内部に危険な魔物がいる可能性はほぼないとのことです」
「え? 魔物はいないって分かっているのに調査するんですか?」
「そうなんです。想定されている魔物はゴブリンなのですが、かつて洞窟内で繁殖して騒ぎになったらしく、掃討後に入口に扉を付けて施錠されていて、今はゴブリンが入り込んでいる可能性はないと書かれています」
「でも、それなら村の人が見に行けばいいんじゃない?」
「確かにそうなのですが、村の取り決めで『二年に一度、冒険者に依頼して調査を行う』となっているそうです。おそらく魔物がいる可能性がゼロではないからでしょう。キルコ村は魔素が非常に薄いのですが、洞窟なのでスライムやネズミ系の魔物などはいる可能性もありますからね」
たしかに、施錠されているとはいえ、二年も放置していたら何かしらいる可能性もあるかもしれない。
「なるほど」
「それと、報酬なのですが……」
「少ないですよね」
「ええ……。危険度が非常に低いこともありまして、報酬が少なくなっています。おそらく三人以上のパーティーだと赤字になるかと思います。なので、なかなか受注してくださる冒険者さんがいなくてですね……」
報酬の話になると途端に歯切れが悪くなる。
三人どころか二人でも赤字になるかもしれない報酬額だ。
(でも、わたしにとっては悪くない依頼かもしれない。赤字にはならないし、Dランクへ上がれる可能性も高そうだ。昇級に興味はないけど、初級のままは嫌だな。なんか、バカにされそうだし)
今のハナはEランクなので『初級冒険者』という位置づけだが、Dランクになれば『一般冒険者』という位置づけになるので、受けられる依頼の幅も広がる。
人気のない依頼を消化してほしいということだろうが、ハナにとってもメリットがある。
「分かりました。この依頼受けます!」
「本当ですか? ありがとうございます!」
(なんだか不人気の依頼を押し付けられた感じもするけど、ギルドに恩を売っておけば昇級もすんなりいくでしょ!)
今後の動き方を詳しく聞いたところ、出発は明日の午後になる。
ヘムルの町からキルコ村への馬車の定期便はないが、キルコ村が運航する荷馬車が明日の朝に村を出発して、昼前にヘムルに着くとのこと。
ヘムルの町で村の荷を降ろして、村のための物資を補給して昼過ぎに村へ戻って行くので、その荷馬車へ同乗してキルコ村へ行くということだ。
依頼主は村長になっているので、キルコ村に着いたら村長を訪ねる。
そして、キルコ村へ着いた翌日に調査を行い、その翌朝キルコ村を出発する荷馬車に同乗してヘムルの町へ戻ってくるという、三日間の行程になる予定だ。
依頼の受注が決まり、ギルドを出て肉屋で肉を補充してから宿屋に戻ったハナは、今日はもう、のんびり過ごすことに決めた。
午前中に十分稼いだし、今から魔物を狩りに出かけるには中途半端な時間だから。
ハナはベッドに横になり、天井を見つめる……。
「ヘムルに来て何日経っただろう? まだ四、五日だと思うけど時間が経つのは早いな……」
(思えば、この世界に転生してから六年になるけど、何だかあっという間に六年が経った気がするな……)
天井を見つめながら、これまでのことを思い出していた。
前世が日本人だったハナは、病気が原因で二十三歳の時に、長い闘病生活の末に病院のベッドの上で人生を終えた。
もう回復の見込みがないと知ってからは、ちょうど今のように、よく天井を見つめていた。
今のハナの体は、元々は十歳で病死した『ハナ』という別の人物の身体だ。
この世界のハナが亡くなって魂が抜け出たときに、今のハナの魂と切り替わったのだ。
今のハナには前世の記憶があるが、亡くなったハナの記憶も引き継いでいる。
本来なら病死した人の身体に魂を入れても、けっきょくすぐに死んでしまうはずなのだが、今のハナは健康そのものだ。
なぜなら、転生するにあたって、神が『どんな病気も急速に治る』という能力をハナの魂に与えたからだ。
そのおかげで転生して以来、ハナは一度も病気になっていない。
いや、正確に言うと病気になった瞬間に回復していたのだ。
転生に際しての神の説明によると、ハナは停滞したこの世界に変化をもたらす存在なのだという。
ハナ自身にはそんな自覚はなかったが、神が特殊な能力を与えてまで転生させる価値があったのだろう。
(わたしには世界に影響を与えるような力はないと思うけど、それでも新たな命を与えられたことには感謝だ。そして、今度こそは長生きしたい。十歳で亡くなったハナの分も……)
十歳で亡くなったことは不幸といえるが、記憶や体が引き継がれたことは幸運ともいえるだろう。
すべてが無になったわけではないのだから。
記憶と体を引き継いではいるが、考え方の主体は前世の自分だとハナは思っている。
だから、せっかく異世界に来たのに、ずっと町の中で過ごすなんて納得できなかったし、冒険者として稼げば『肉ざんまい』も夢ではないと思ったのだ。
転生して病気から回復した頃、母親に「わたしは冒険者になりたい」と打ち明けたときは非常に驚かれた。
当然ハナの両親は最初反対したが、それでも、朝のジョギングと筋トレを日課として始め、肉屋である家業の手伝いをしながら父親に動物の解体や食肉用の肉の処理方法などを教わって、冒険者になるための準備をしていった。
本来なら剣術や魔術を習うべきなのだろうが、庶民にはそんなお金はない。
なので、時々、剣に見立てた木の棒を振ったりもして、本人なりに真剣に冒険者を目指して頑張ったのだ。
そして、目標をもって努力したことで、病弱だった体は回復し、体力も付いて元気になっていった。
それを見てきたハナの両親は、ハナから目標を奪ってはいけないと考え、冒険者になることを認めたのだった。
もちろん、冒険者になるというハナの決断を後押したのがルーカスの存在だ。
特に、『身体強化機能』を付けられたことが転機となった。
身体強化を使うと重いルーカスを軽々と扱えるし、転んだりしてもケガをしなくなっていたので、これなら冒険者をやっていけそうだと思えたのだ。
その後、ルーカスに様々な『機能』が付いたことで、本格的にルーカスを常時装備することにしたのだ。
ハナはベッドの上で、あらためてルーカスをまじまじと見た。
(ルーちゃん、本当のあなたはすごく美しくて優秀なのに、安っぽい感じにしちゃってごめん……)
ルーカスに意識があって喋れたなら、間違いなく文句を言われているだろう。
ハナは、ルーカスのスパイクで複数の敵を同時に攻撃できたことで、より安全で効率的に戦うことを意識するようになった。
今までのような殴り倒す戦い方だと、相手に接近するので攻撃を受けてしまう可能性がある。
今までは自動防御のおかげで攻撃を受けることはなかったが、接近せずに倒すのが一番安全なのは間違いない。
だから、何か新しい戦い方とか、新しい機能を追加したいと思っている。
もしくは、スパイクを有効に使えるような機能を追加できないものかと。
ハナはベッドの上をゴロゴロ……。
「うーん。思いつかない……」
自分のポンコツ具合にため息が出るのだった。
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