4.予感
ハナの周囲には『肉』と『焼肉のたれ』が焼ける、いいにおいが漂っている。
竈の上で焼き肉を始めたのだ。
焼き肉と言っても金網があるわけではないので、鉄の串に刺した肉にたれをつけて焼いている。
ヘムルの肉屋で買っておいた肉と、実家にいた時に作っておいた『焼き肉のたれ』だ。
ルーカスの収納に入れると時間が止まるので、腐ったり傷んだりはしない。
焼きあがった肉を一切れ口へ――。
「……うん、最高!」
まだ昼食には少し早いが、味見は大事だ。
出来上がった焼き肉は、丈夫な紙に包んでルーカスに収納しておく。
ウルフを匂いで森から誘い出すのが目的だが、すぐに食べられる食料を補充しておきたいというのもある。
ハナ自身が肉好きというのもあるが、ウルフは犬の仲間だから嗅覚はいいはず、と思ってハナはいつも肉を焼いているのだ。
一人で森の奥に入るのは危険なので、最近はだいたい森の近くの草原にウルフを誘い出して倒している。
とは言え、すぐにウルフが出てくるわけでもないので、もう一度肉の塊を取り出して食べやすい大きさに切って焼き始める。
こうして焼いておけば、いつでも焼きたてが食べられるし、傷まないので無駄にもならない。
でも、ハナは焼き肉に集中しているわけではない。
今はルーカスの『スパイク』を試すために来ているので、スパイクが突き出たルーカスをすぐ脇に置いて警戒は怠っていない。
肉を焼きながら森の方を警戒していたが、しばらくすると二回目も焼き終わってしまった。
「どうしよう……」
世の中、思い通りにはいかないものだ。
とりあえず竈を収納して、水を取り出して薪にかけて消火する。
ルーカスを右手で取って、なんとなく殴るイメージでスパイクが突き出たルーカスを素振りしてみる……。
(あれ? なんか違う気がする)
今度は、スパイクを刺すイメージでルーカスを突き出す。
(うん、こっちだ)
武器屋では殴る感じでいいかとハナは思ったが、実際にスパイクが付いたルーカスを持ってみると突き出す方がしっくりくる。たぶん取っ手のせいだろう。円形盾の内側の中心にある取っ手を掴んでいるので、腕を突き出すと腕の延長線上にスパイクがあるのだ。
ルーカスを持った腕を何度か突き出して、ボクサーのようにスパイクで戦うイメージが出来上がった。が、あいにくウルフが現れない。仕方ないので、町とは反対方向へ少し移動することにした。
しばらく歩いていると、ハナは背後に気配を感じて振り返った。そこには、森から顔を出して草原の様子をうかがう数頭のウルフがいた。ハナに気づいたウルフたちが低い唸り声を出しながら、ゆっくりと森から出てきた。
一頭、二頭、三頭、四頭……。
「え、まだいる?」
五頭、六頭!
「ちょっと、多いよ!」
一頭ずつ倒していくには少し数が多い。
スパイクで攻撃力は上がっているので一頭ずつ倒すのは可能だろうが、倒すのに時間がかかればウルフたちに囲まれてしまうかもしれない。
ハナはソロ冒険者なので、囲まれて四方から同時に攻撃されれば無傷ではいられないだろう。
ウルフたちは森から草原へ出るのに、周囲を警戒しながらゆっくり出てくる。
「どうしよう? こういう時に範囲魔法とか使えたら便利なのに……」
ルーカスに『炎』や『風』といった攻撃魔法を出す『機能』はない。
なら、魔法以外の手段で範囲攻撃をするしかない。
(魔法以外なら……)
倒し方をイメージしなから念じる。
(ルーちゃん、スパイクを五本追加して)
中心にあったスパイクの周囲に五本のスパイクが現れた。
(わたしが「撃て」と合図したらスパイクを伸ばして目の前の六頭のウルフをそれぞれ攻撃して)
ルーカスから返事はないが、伝わっていると信じて続ける。
(狙いはウルフの頭部。いや、やっぱり『脳』を狙って!)
森から出て、じりじりと近づいてくるウルフを見ながら、ハナは深呼吸して――。
「撃てっ!」
瞬時にスパイクが伸び、ウルフたちの頭部に突き刺さった。
六頭それぞれの頭部にスパイクが刺さり、ウルフたちの動きが止まった。
「あ、ルーちゃん。スパイクを戻していいです」
スパイクが縮んで戻ってきた。と同時にウルフたちが倒れた。
「す、すごいよルーちゃん!」
思わず抱きしめようとして、突き出ているスパイクに焦る。
「おっととと。ルーちゃん、スパイクをしまって!」
スパイクがなくなり、改めてルーカスに抱き着く。
頬ずりする。
ナデナデする。
高く持ち上げる。
「あははは。ルーちゃんは本当にすごいね。これならウルフが十頭来ても戦えそうだよ!」
さすがに完全に囲まれてしまったら、全方向を今回のようには攻撃できないだろうが、それでも接近して殴るよりも遥かに安全で効率も良さそうだ。
ウルフに近づき順番に収納していく。
ハナはルーカスの『収納機能』を使っているが、この国では『魔法の収納袋』はけっこう普及している。
冒険者や物流関係など、『魔法の収納袋』の需要は非常に高いので、『収納魔法』の研究も急速に進んだ結果だと言われている。
ハナは容量の少ない安い『魔法の収納袋』を持っていて、人前でルーカスの『収納機能』を使うときは、その袋を使っているように偽装しているのだ。
収納しながら倒したウルフをよく見ると、どのウルフもちゃんと『脳』を突かれているようだった。
咄嗟に狙いを『頭部』から『脳』へ変更したのは、ハナのファインプレーだった。
そして改めてハナが思い知らされたのは、ルーカスをどう活かすかはハナの発想しだいだということ。
(は~。土壇場でいい方法が思いついたからよかったけど、そうじゃなかったら、ちょっと危なかったかな……。宿に戻ったら反省会だ。でも、スパイクは使える!)
そんな事を考えながら、ヘムルの町に向かって歩き始めた。
ヘムルの町に戻ってきたのは昼過ぎ。
倒したウルフをギルドの買取り所に納品して冒険者ギルドの中に入ると、今朝と同様にザワザワした感じだ。
だいたい昼頃は冒険者が少ないのだが、今日は比較的多いうえに、何か緊張感のようなものも感じられた。
ハナは何があったのだろうと聞き耳を立てると、どうやらCランク以上の冒険者に緊急依頼が出されたようだ。
緊急依頼とは『対象の冒険者は、他に依頼を受けていない場合は必ず受けなければならない緊急の依頼』だ。
(どんな緊急依頼なのか気になるな……。なんか嫌な予感がするけど、わたしには関係ないはずなので、とりあえず見てみよう)
ハナは受付カウンターで報酬を受け取ると、掲示板へ行きその依頼をみつけた。
やはりCランク以上が対象で、内容は『ヘムル南側街道周辺での魔物の捜索』となっていて、発見した場合や討伐した場合は追加の報酬も出るようだ。
ハナはEランクなので関係ないが、周りの冒険者の多くはDランクで、緊急依頼についていろいろと話し合っている。
ちなみに、Fランクが『初心者』、Eランクは『初級』、Dランクは『一般』、Cランクは『中級』、Bランクは『上級』、Aランクは『最上級』、Sランクは『英雄』という認識になっている。
ハナは近くにいる二人の男性冒険者の会話に聞き耳を立てていた。
一人は、少し口が悪い三十五歳ぐらいの男性で、もう一人は丁寧に話す三十歳前後に見える男性だ。
「この緊急依頼なら俺たちも参加してーよなぁ?」
「捜索依頼なら参加するだけで報酬が出るのに、緊急依頼で割り増しになるから美味いですよね」
「だからDランクの連中が集まって、皆そわそわしながらDランクも対象になるのを待ってるんだろ」
「ですが、依頼に変更はないようですし、追加の情報もないようですね」
「それよりもよ、一番気になるのが捜索対象の魔物が何なのかだ」
「まあCランク以上が対象ですから、そこそこ強い魔物なのは間違いないでしょうね。サーカスから逃げ出した魔物だという噂もありますが……」
ハナがこの町に着いた日の翌日に、町の外に滞在していたサーカスの一団が、朝から南の町に向かって移動を始めたという噂をハナも聞いていた。
護衛の依頼を受けた冒険者もいたらしく、その日もギルドは賑わっていた気がした。
サーカスの一団は、この町では興行はせずに物資の補給だけして南へ移動していったのだ。
「そんなの、ただの噂だろ? 魔物が芸でもするのか?」
「いや、わたしはあり得ると思いますね。何日か前にヘムルを経由して南に向かったサーカスは、見世物として魔物を飼っていたらしいですから」
「そりゃあ本当なのか?」
「ええ。この町では興行していないので直接見てはいませんが、どうやら冒険者でも滅多にお目にかかれないような珍しい魔物も結構いたらしいですよ。まあ、珍しいから見世物になるんでしょうけど」
「珍しいって、例えばどんな魔物なんだ?」
「スノー・タイガーとか、ブラック・ボアとか、あと小型のドラゴンやダブルヘッド・イーグルなんかもいたって話ですね。まあ、どこまで本当かは分かりませんけど」
「すげーな。どれも見たことなんてないぜ」
「わたしだって見たことないですよ」
(わたしも見たことないよ)
「なるほど。だからCランク以上が対象なのか」
「まあ、そういう事でしょうね」
「でもよ、そんな危険な魔物を飼うことなんてできるのか?」
「きっとできるんでしょうね。人間の住む場所は魔素が薄いですから、そんな所でずっと飼われていたら、高ランクの魔物でも魔力が不足して相当弱体化するんじゃないですか?」
「あー、そういうことなら確かにありそうだな。だから、BランクじゃなくCランク以上が対象なのか」
「本来はBランク以上が対象になるんでしょうけど、今回は弱体化した魔物の『捜索』だけのようですからね。まあ、捜索には参加したいですが、対象の魔物との戦闘は勘弁ですね」
「同感だ」
(わたしも同感だ。いくらルーちゃんという素敵な盾があるとしても、わたしは絶対に戦ってはいけない相手だよね。まあ、わたしEランクだしね)
などと考えていたら、不意に声をかけられた。
「ハナさん、ちょっといいですか?」
ギルド職員の女性だ。
(ん? ちょっと、嫌な予感?)
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