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更新止めていてすみませんでした!
再開しますのでお付き合いよろしくお願いいたします。
本邸で過ごすジェイドは、離れで生活するクリスティアと関わりが少ない。それは物心つく頃からで、離れに来なければ姿を見ることすらまれだった。
ジェイドの記憶に、姉としてクリスティアが最初に刻まれたのは、普段は領地に滞在している父のアントンが帰宅した家族の食事の席だった。
それまでのジェイドの日常は、母と乳母で作られていて、時折優しい空気をまとったアントンが入り込む。
だから食堂で姉だと紹介されたときには驚いて、絵本から飛び出してきたお姫様みたいに綺麗なクリスティアを前にジェイドは何も話せなかった。
明日はしっかり挨拶をして――そんな風に考えていたのに、翌日の朝食の席にクリスティアはいなかった。
領地にアントンが戻ったその日の昼も夜も、その翌日にも、食事の席にいないだけでなく邸内で姿を見かけることもなかった。
会いたい。遊んでほしい。その気持ちでいっぱいになったジェイドは、使用人たちに聞きながら離れまで必死に会いに行った。
それなのにいざクリスティアを前にすると、何を話していいかわからない。
じっと見ていることしかできないでいると、手に持っていた花冠をジェイドの頭に載せてくれた。
まるで絵本で見た祝福を授ける場面にも似ていて、微笑むクリスティアは女神のようだった。
「ねぇ、ジェイド」
「なんですか」
十八になったクリスティアは、弟の目から見てもさらに美しくなっている。
深い赤紫の長い髪は緩やかなウェーブを描き、淡いピンクの瞳は涼やかで気品があった。
わずかにつり上がった目元が、その美貌に凛とした印象を添えている。表情を消していると冷たく見えるらしいが、圧倒的な美にひれ伏しそんな風に感じるだけだと、ジェイドは常々思っていた。
「背が伸びたわね」
「そうですか?」
思いがけない台詞に、ふわっとテンションが上がる。目線が近くなってきているとは感じたが、まだクリスティアよりは低いので悔しく思っていた。
六歳の差は大きい。
「ええ、あっという間に私より高くなりそう」
「ならないと困ります」
剣術を学び、身体も鍛えている。何かあったときにクリスティアを守れる存在になりたいと、ジェイドはひそかに目標を掲げていた。
真剣に言ったのに、ふふ、とクリスティアが吐息をこぼす。
完全に子供扱いだ。
「そうよね。格好良くなって、令嬢たちを虜にしちゃうんだろうな」
「しませんよ」
むしろ公の場に出さえすれば、周囲を虜にするのはクリスティアの方だ。本来なら婚約者がいてもおかしくはない。
伯爵家の次期当主でもあるので、その座を狙いジェイドに探りを入れ、取り入ろうとする者もいた。
無知な子供を演じ、気づかない振りで適当に流している。今のところ従兄のアビゲイルを筆頭に、クリスティアに相応しいと思える人はいなかった。
将来の義兄は、クリスティアを安心して任せられる男でなければいけない。
「次の夜会は王家主催で私も出席しないとだから、ジェイドにエスコートしてもらえたらいいのにね。まだ参加できる年齢じゃないのが残念」
憂鬱さを滲ませ、クリスティアがため息をつく。
ぐ、とジェイドは胸が重くなる。エスコートできない年齢であることが悔しい。自身の価値を正しく理解していないクリスティアは、危うく思えた。
「まあ、エスコートしてもらっても、ジェイドならすぐに令嬢たちに囲まれちゃうか」
囲まれるなど、ジェイドは想像しただけで恐ろしい。
「性質の悪い子に引っかからないでね。あとできれば私に寛容な子だといいなとは思うけど、ジェイドの選んだ子なら応援するから」
「姉様を疎ましく思う人など選びません」
クリスティアを敵視する人を選ぶなどありえなかった。
家のため――クリスティアのためならどこかに婿入りもするが、必要なければ宿舎のある騎士になってもいいと考えている。いずれジェイドは邸を出て行く身なのに、時々こんな風に違和感ある言い方をクリスティアはした。
「嬉しいこと言ってくれるのね」
微笑んだクリスティアは、クッキーをジェイドに口に運ぶ。
素直に口を開き食べ、紅茶で喉を潤した。
「僕に食べさせてばかりいないでください」
甘い物は嫌いではないが、太れば身体は重くなる。騎士になるには致命的でもあり、何よりそんな姿でクリスティアの隣に立ちたくない。
「成長期なんだから、もっと食べていいと思うの。ジェイドの持ってきてくれたこの焼き菓子も食べて。とても美味しいのよ」
「さっきも同じことを言っていました」
「だって、本当に美味しいんですもの」
「姉様が食べてください」
「私は三つ食べたもの。メリーに怒られるわ。だから、半分ずつにしましょう」
「それ、姉様が食べたいだけですね」
「バレたか」
悪びれもせずにクリスティアは笑って、半分に割った焼き菓子をジェイドの皿にのせる。本当に綺麗で可愛らしい人だ。
「そうだ。貴族街に新しくカフェがオープンしたらしいんだけど、ジェイド一緒に行かない?」
「姉様は、離れからほとんど出ないのによく知っていますね」
本邸にもクリスティアの部屋はある。けれどもうずっと使われていない。
主のいない部屋のドアの前でジェイドは寂しさを覚えることもあるが、離れは静謐とも言える空気が流れていて、病弱なクリスティアにはいい療養環境だ。
剣術の授業の後の重怠い身体で訪れたジェイドが、本邸に戻る頃には軽くなったと感じることさえある。ただクリスティアと楽しいお茶の時間を過ごした後で、気持ちの持ちようの可能性が高い。
それでも、クリスティアには快適な環境で過ごしてほしかった。
「情報収集は貴族のたしなみだもの」
純粋にすごいな、とジェイドは尊敬する。情報を得るにしても、貴族の子女が必ず籍を置く学園にさえ、クリスティアはほとんど登校していない。体調面を考慮しているようだった。
貴族の通う学園だけあって、出席日数は重要視されない。定期的にある試験を受けて、そこで優秀な成績を修めていれば通学は必須ではなかった。
早くに爵位を継いだ、などなんらかの事情を持つ者もいるからだ。
「……使用人たちの話を耳にしたの。だから、行ってみたいなって。駄目?」
時々こんな風に、クリスティアは誘ってくれることがある。無理をしてくれているのかもしれないが、一緒に出かけるのは嬉しかった。
「わかりました」
ぱあっと、クリスティアの表情が明るくなる。つられて、ジェイドも表情が緩んだ。
「約束よ」
「姉様の都合に合わせます」
「ありがとう!」
にこにことしていて、クリスティアは本当に嬉しそうだ。
いつでも、どこでも、行きたい場所に付き合いたいが、まだまだ成長途中であるジェイドでは同行者になれても、護衛にはなれないことがもどかしく悔しかった。




