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学園に行くのはほぼ試験のみ、社交の場に出るのは最低限、結果暇を持て余して、邸をこっそり抜け出し市井に遊びに行く――なんて生活が最高で快適すぎて忘れがちだが、クリスティアは貴族の令嬢だ。
年に数度、王家が主催する実質強制参加の夜会がある。それが現在、目前に迫っていた。
「ほんと、行きたくないなあ」
「残念ですが、王家主催だと欠席は難しいですね」
「そうなのよね――って」
返事があったことに、クリスティアは驚く。
ぱちくり、と目をしばたたいて、ドレッサーの鏡に映るメリーへ視線を流した。
「メリーは人の心が読めるようになったの?」
「読めませんよ」
「あれ、じゃあ私が口に出してた?」
「ええ、しっかりと」
嫌すぎて、心の声がこぼれていたらしい。
強制参加の夜会のたびにクリスティアは嘆いているので、取り繕う必要もなかった。
「素敵な方との出逢いがあるかもしれませんよ?」
「ないわよ」
求めてもいない。貴族籍があるがゆえの、義理参加だ。
領地で仕事に忙しくしているアントンでさえ、この日に合わせ王都に戻ってきている。
不参加が許されるのは、分厚いオブラートに包んだ『王家の愚行のせいで呪われて体調が悪いんだよ!』を建前の理由にできるルドヴィグ公爵家くらいだ。
それでも数年に一度は参加するらしい。
タイミングが合わず、クリスティアは見かけたことすらなかった。
現在の当主はクラウス・ルドヴィグ二十歳で、噂によるとかなり女性受けする容姿らしい。
シャーランを助けたのはクラウスの祖父と父だが、当時の記憶はすでに曖昧だ。ただ二人とも目を惹く容貌の持ち主だったのは覚えている。その血を引く子孫ならば、顔面偏差値は高いと容易に想像できた。
客観的に見て優良物件であるにも関わらず、クラウスに伴侶も婚約者もいない。
本人が縁談に乗り気でないうえに、周囲も積極的ではなかった。
ルドヴィグ公爵家が呪われているのは、高位貴族の中では暗黙の了解だ。
シャーランを生け贄とする儀式に参加した者たちでもあり、呪いの由来を知っている。権力に執着する者たちでも、さすがに過去の所業を引け目に感じているのかもしれない。
「お嬢様、軽食をお持ちしました」
「ありがとう」
毎回夜会の準備中に、お腹が空いたとクリスティアが嘆くので、軽くつまめるものが用意される。だからおとなしくしていてね、の意ではあるが、さっそくクリスティアは手を伸ばした。
「お嬢様、動かないでください」
「はあい」
おざなりな返事で、一口大のフィナンシェを口に放り込む。
甘さに癒やされる気がした。
「ねぇ、支度なんて適当でよくない?」
「よくありません」
ダメ元のメリーへの訴えは、丁寧に髪へ櫛を通す手を止めないまま即座に却下された。
「行く前から疲れるんだけど……」
マッサージや肌の手入れなど気持ちはいいが、時間がかかりすぎてすでに飽き飽きしている。貴族の令嬢の当たり前ではあるが、クリスティアは大幅にずれた生活送っていた。
「今夜の夜会では、お嬢様の美しさを存分に見せつけてきてください」
力強い声と、キリッとした表情から、メリーが本気で言っているのがわかる。本人よりも周囲の方が、気合いが入っていた。
見せつけなくていいから、は心の内に留めておく。言っても無駄だ。
クリスティアが公の場に出ずに引きこもっているせいで、主人を美しく仕上げるメリーの手腕を発揮する機会を奪ってもいる。強制参加のときくらい、面倒くささを受け入れるしかない。
ただ行きたくもない夜会のために一日が潰れるのは、どうしても納得がいかない気分になった。
「お嬢様はいつも、ドレスも宝石も控えめなものをお選びになるんですもの」
義理参加の夜会で、着飾る理由がないだけだ。
正直なところ、手持ちのドレスで充分なのだが、伯爵家としての体面があるのか、義母のついでなのか、クリスティアのドレスも依頼する手はずが整えられていた。
押し切られて、宝石も新調している。選ぶ際に、やはりクリスティアよりも周囲の方が熱心だった。
貴族の令嬢は着飾って当然の世界ではあるし、ベラーニ伯爵家は財力もあるのだが、値段を見るとどうしても気が引ける。
前々世は清貧を掲げた教会の広告塔とも言える聖女で、贅沢とは無縁だった――上層部の一部は私利私欲にまみれ、贅沢三昧だったというオチつきだ。
前世では平均的なサラリーマンの家庭で育ち、一人暮らしを始めてからは推し活優先の生活だったので、華やかな暮らしとは縁遠かった。
そんな二度の人生を経ているので、現在クリスティアが送る日々が、一般的な貴族の子女の生活に比べ質素なのかもしれないが気にもならない。
可愛い弟にたくさん使ってくれていいと思っていた。
「でも、このドレス綺麗でしょ?」
身にまとうシャンパンゴールドのドレスは、過度な装飾はなくても、胸元に施された繊細な刺繍が光を受けるとさりげなく煌めく。
幾重にも重なったスカートは歩くと揺れて、柔らかな光沢が波のように流れる美しさがあり、クリスティアは気に入っていた。
「とても素敵なドレスでお似合いですが、私は夜空を思わせる深いネイビーに銀の刺繍が入ったドレスが、お嬢様の髪色が映えていいと思ったんです」
「目立ちすぎるじゃないそれ」
悪役令嬢鉄板のド派手なドレスも似合いそうな容姿ではあるが、伯爵位程度では社交界で目立っていいことはない。陰口程度なら気にせず聞き流すけれど、絡まれたら最悪だ。
ただでさえ引きこもりで知り合いが少なく、クリスティアはどこの派閥にも属していなかった。
「お嬢様はもっと美しく装い目立つべきです」
「嫌よ。目指せ壁の花!」
王家の見栄とも言える豪華な料理を食べつつ、会場内の人間模様を眺める気満々だ。
時々、娯楽小説の展開が実際に繰り広げられる。空気に徹して、巻き込まれない距離を保てば案外退屈しない。
「社交界の華を目指してください」
「無理を言わないで。人には向き不向きがあるの」
聖女であることを隠しているクリスティアとしては、注目を浴びるなどバレる可能性高くなるので避けたい。
最低限、体裁が整っていればそれでいい。
王家に目をつけられるのも困るので、夜会に参加した、この事実が重要だった。
(せめてジェイドのエスコートがあればテンションもあがるのになぁ)
楽しみがあればがんばれるのにと、まだ終わりそうにない支度にクリスティアはうんざりした。




