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嘆くレーテを適当にあしらって、森へお帰り、ではないが追い返した。
どこへ行ったかは知らない。平穏を望むクリスティアは、知らなくていいことだった。
ただ、恩人について聞きそびれたことだけが悔やまれる。子どものクリスティアに何ができるわけではないが、まずは正しく知ることからだ。歴史書から学ぶのは諦めた。
「お嬢様、どちらへ?」
「庭にお散歩。ついてこなくていいよ」
メリーに行き先を告げ、クリスティアは一人庭にでる。日差しは優しく降り注ぎ、青く澄んだ空のようにクリスティアの気持ちも晴れやかだ。
今後はクリスティアが張った結界があるので、離れにいる限り身の安全が保てる。ある日突如刺客が襲ってくる、なんてことは絶対にありえない。
悪意のある者は血縁者であっても境界線を越えられないし、結界に触れれば目的を忘れる効果付きだ。
離れの存在自体も認識されにくく、人の意識から希薄になるようにした。信頼の置ける使用人たちには影響を及ぼさないよう、クリスティアが個別に対処済みだ。
(ちょうど良かったかも)
時折屋敷に押しかけてくる親戚に、ふてぶてしくて鬱陶しい存在がいる。父の弟ではあるが、正直なところ性格がいいとはいえない。
その息子である従兄も同類だ。
今後は顔を合わせる機会はぐんと減るはずだと、クリスティアはほくそ笑む。
(あったかいなぁ)
そよそよ吹く風も心地が好くて、昼寝がしたくなってくる。ぱたぱた、と軽やかな羽音がして、肩のあたりに感じた気配にクリスティアは手を伸ばした。
無造作に掴んで、もふ、と柔らかな感触に慌てて力を緩める。うんざりするのに、目に映る愛らしい姿に表情が緩みそうになった。
この姿はずるい。
「まだいた……」
もふっとしたフォルムに絆されそうになりながらも、クリスティアは心を鬼にする。平穏とは無縁の存在がそばにいて、いいことはない。
「ひどいな」
「どっちが? 他の人にバレたらどうしてくれるの」
平穏な日常が間違いなく崩れる。今世は搾取されることなく、のんびり暮らして寿命を全うするのが目下の目標だ。
「大丈夫だ。今は完璧な鳥だからな」
得意げな顔に見える。脳内イメージのせいかもしれない。シマエナガのそんな姿は、愛らしいから性質が悪かった。
緩みそうになる表情を、クリスティアは気合いで引き締める。
「話す鳥はいないでしょ」
「安心するといい。聖力のない者には、女神であるわたくしの声は聞こえない」
そういう問題ではない。
そばにいるだけでリスクがある。
「ある程度の力を取り戻しているし、女神であるわたくしは役に立つぞ」
「役に立つようなできごとを引き寄せそうでいや」
この国の人々を慈しんでいたシャーランはもういない。
特別な報酬もなく、権力者にいいように使われていたなと、過去を思いだし腹立たしくなるクリスティアだ。
「そう邪険にするな。淋しいではないか」
見上げてくるつぶらな瞳に、クリスティアは白旗を揚げる。かわいい物には勝てない。
「……ほんとに、害はない?」
「ない」
絆されているのを察し、喜ぶ仕草は輪をかけて愛らしい。
(くそうっ! 負けた)
これがクリスティア好みでない見た目なら、不敬であってもわしづかみにして遠くに投げていた。
「私の存在を知られないようにしてくれるなら、そばにいてもいいよ」
「承知した」
はあ、とため息で流す。こうなればもう、あきらめが肝心だ。
気晴らしに散歩に出たのに、どっと疲れた気分になる。そよそよと吹く柔らかな風だけが、慰撫してくれるようだった。
視線の先に、懐かしい花を見つける。シロツメクサだ。
こちらの世界にもあるんだと、クリスティアは手を伸ばす。前世の子どもの頃に、公園の草むらに座り必死で冠を作った記憶があった。
「ねぇ、私がこの世界にいなかった間のこと知ってる?」
スマートフォンに呼びかけるではないが、疑問を解消すべくレーテに訊いてみる。調べ物に使えるなら、まあまあ便利だ。
「すべては知らない。あなたを異世界へ送り転生させるのに力をほぼ使い果たし、回復のために神殿の女神像の中で眠っていたのだ」
国民たちが急激に、聖力や魔力を失った要因の一つでもあるらしい。女神が休息を取らなければいけないまでに追い込んだ、この国の自業自得だ。
けれど環境ががらりと変わり、多くの変化があった今も、国民のほとんどは女神レーテを以前より深く信仰しているらしい。当時の反省を踏まえてのことかもしれないが、当事者からしたら今更感が強かった。
「何を知りたいのだ?」
「私の知らない時代を、教えてもらいたかったんだ」
「知っていることには答える」
それならばと、手当たり次第訊いていくことにする。
「王家への祝福を消したって言ってたけど」
「そのままだ。我が友の血筋へ授けた祝福を消した。欲にまみれ、魔と取引しようなどと考える者たちへ、与え続ける謂われはない」
「今の王家は、当時のような力はないってこと?」
国王は火の魔法を得意とした、威圧感のある男だった。
子供が多く、同じ火の魔法が得意な長男を王太子と定めてはいたがその地位は盤石ではなく、当時は継承権争いが激化していて、教会もそれに振り回されていた。
「そうだ」
「まったくない?」
「ないな。心から悔い改めるどころか、唯一シャーランを守った家が以前と変わらず強大な力を維持していることで、今では敵対視している」
「うわ」
救いようのないクズだ。当時と何も変わっていないらしい。
ざまぁされろ! と心から願うが、だからといって自ら動く気などクリスティアになかった。
復讐など面倒くさい。
「その、私を助けようとしてくれた人、どうなったの?」
わずかにためらい、えいっと疑問を口にする。鼓動が跳ねるのをクリスティアは感じた。
「あの者には悪いことをした」
「え」
まさか、と最悪の結末が脳裏をよぎる。庇ったせいで、代わりに亡くなったのだとしたら胸が痛い。
クリスティアの表情から心情を読み取ったレーテは、死という結末を迎えていないと否定した。そのことに、ほっと息をついた。
「魔の瘴気に触れ、呪いを受けてしまった」
「呪い?」
「わたくしの与える祝福と同じものだ。血筋に受け継がれていく。本来は身体を徐々に蝕み、死に至らせるものであったが、王家から奪った力を与えたことで進行は止まっている」
説明を受け、クリスティアは喉の奥が詰まったような感覚を覚える。
「当時はわたくしの力も弱まり、あなたを逃がした後では完全には浄化できなかった」
「今ならできるのでは?」
ゆるり、とシマエナガが頭を振る。
「残念なことに、わたくしが休んでいる間に定着してしまった。それにわたくしの力と魔の力は正反対、反発し合うものだ。純粋な力で強引に取り除こうとすれば、反動がどうでるかわからない」
磁石のようなものかと、クリスティアは納得した。
「今は教皇自ら定期的に浄化を試みているが、結果は芳しくない」
「今代の教皇が信頼できるのなら、祝福を直接与えたらいいのでは?」
「それはできない。友との約束だ。わたくしはもう信徒であっても、女神の力を授けることはない」
そうか、と納得しかけて、クリスティアは引っかかりを覚えた。
(私に与えたよね?)
突っ込むより先に、ガサリ、と生け垣の方から音がする。反射で、クリスティアは視線を向けた。
大きな音を立てるほどの、野生動物が屋敷内にいるはずはない。
誰かいる、と警戒すると姿が見えた。




